浮かび上がらせてやりたい
← 一人きりの茶の間。言葉を交し合う相手は、窓外に放置された甕に止まるハトだけ。…でも、今日は雨。誰も来やしない。
雨の音が夜の町を孤独の海に沈めていく。
家々を雨音のカーテンが区分けしていく。
窓の明かりも降り行く雨に揺らいでしまって、夜陰に紛れ溶け去っていきそうだ。
もう、こちらには届かない。部屋の灯りだって雨のカーテンに遮られ、草臥れ果ててしまう。
きっと、雨に煙る時空の彼方には、人の息吹が、溜息が、喘ぎが、吐息があるはず。
決して魂の残骸なんかじゃなく、心からの手紙のような息が。
届かない?
受け止めきれない?
→ 一昨日の日曜日、野暮用があって、神通川を渡った。川沿いの桜並木を眺めにドライブする車で渋滞していた。
おやっ、人?
傘を叩く雨音…。
人の気持ちを穿つ雨。
家路を急ぐ人。
通り過ぎていく、通り過ぎていくだけ。
誰も足を止めない。
止める理由もないし。
← 一昨日の未明、仕事の途中、一人ぼっちで夜桜見物。眺めるのは、あとは、街灯だけ。
熱いはずの心は、出口を見出せず、交し合う相手も見出せず、胸の中で乱反射し、あちこちの肉壁に傷をつけ、穴を空け、血潮に溶け込み、体の末端で渋滞し、鬱血し、凝固し、瘡蓋に成り果てる。
一枚、また一枚と剥がしていく。
その下には鮮血が流れていると期待して。
血潮が溢れ出すと祈るような気持ちで剥ぎ取っている。
なのに、瘡蓋の下は壊疽した心がケタケタ嗤っているだけ。
→ 仕事を終え、明けていく東の空を横目に、家路を急ぐ。誰が待つわけじゃない、ただ帰るために急ぐのだ。
沈んでいく心。
雨水より重たい心。
潜って浮かび上がらせてやりたい。
今の願いは、ただ、それだけだ。
(10/04/12 作)
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