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2010/04/30

韓国ドラマのアテレコから感じたこと

 今回のツイッター発言(投稿)集の中で、アジア系(中国や主に韓国)のアテレコでのテレビ(映画)ドラマについてのツイート(発言)が目立つ(太字にて表記した関連発言を参照)。

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→ 千秋楽を迎えた歌舞伎座。60年の歴史。古くを辿ると120年の歴史だとか。歌舞伎関連拙稿に、「歌舞妓人探しあぐねて木阿弥さ」や「歌舞伎の日阿国の踊りベリーに見ん」などがある。

 十年近く前から突如といってほど、韓国ドラマブームが始まった。ヨンさまフィーバーは今も多くの方の記憶に新しいのでは。
 恐らくは、背景として、日韓の宥和政策があるのだろう。日韓共催のワールドカップも結果的にはその一環となったのかもしれない。

 韓国で制作されたドラマが次々と日本で封切られヒットした。
 韓国の俳優がドンドンと日本においてもスターとなっていった。

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2010/04/29

物干し竿を新しく…

 ホンの少しずつだが、家の中のあれこれを変えてきている。

 昨年は、家の玄関に続く入口を広げる作業。コンクリートで鋭角になっていて、車が出入りし辛かったのを改良したのだ。
 一昨年は、冷蔵庫が壊れたのを機に、新しい冷蔵庫を家人と共に物色し導入。

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 今月は、ケーブルテレビのアナログからデジタルへという工事があった。
 さすがにデジタルは画面が綺麗…と感動するところだが、何か既視感がある、何だろうと思っていたら、なんのことはない、パソコンの画面は液晶で、粒子の細かな画像に慣れ親しんでいた、それがテレビでも液晶化となっただけで、綺麗な画面を見ての感動も中くらいといったところ。

 細かなところは、包丁を新しく、フライパンも前のは鍋の底が包丁か何かで悪戦苦闘した跡がまざまざと刻まれていて、それはそれで感動的だが、洗っても綺麗にならないので、新規のものを入手。
 一昨年、家人が調理の際、鍋を焦がしたので、一個、買い替え(古いのは、庭の水撒き用に温存)。

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2010/04/28

ツィンタレラ・ディ・ルナ♪(3)

 我が富山市で過日、凶悪事件が発生した。
「会社役員の福田三郎さん(79)と妻の信子さん(75)が殺され、住居に放火された事件」だが、「福田さん方は20日昼ごろ出火。2人を殺害後、室内に火を付け逃走したとみられる」という。
(ニュースは、「富山の放火殺人、情報求めチラシ千枚配る - MSN産経ニュース」参照。)

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→ 27日、庭先から夕暮れの光景を撮る。妖しい雲行き。一旦は上がった雨も、夜半ごろには再び雨に。

 田舎(といっても、富山市なのだが)のこととて、こんな凶悪な事件は滅多に発生しない。
 犯行の痕(証拠)を消すためにか、灯油をまいて火を付け逃走するなんて。
 まだ犯人は捕まっていない。

 過日、その近辺を通りかかった時、お巡りさん達が通り沿いでネズミ捕りをやっているので、やだなーと思っていたのだが、どうやらネズミ捕りじゃなく、通りかかる車を止めて、情報を求めていたらしい。

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2010/04/27

ツィンタレラ・ディ・ルナ再び♪

 今日の日記も前日同様、昨日の午後から今日の午前にかけてのツイッター(Twitter)でのツイート(呟き・メモ・投稿……)を抜粋して収録。

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← アイステ・バリューニテのデビュー盤『ハープ・レボリューション』(たまゆら*cl* ) 「バルト海の国リトアニアから現れた美少女ハープ奏者アイステ・バリューニテ。まだ15歳ながら、すでに完成された技術と音楽性を備えた天才」だとか(一昨年の発売)。

 まとまった時間をネットに費やすことの叶わない小生には、こういった手法でのブログ作成は便利で、日記の一つの形になりそう。
 短文を書く練習にもなるだろう ? !

 詳しい事情は、昨日の日記に書いた
 

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2010/04/26

ツイッターしてます

 昨夜から今日(25日)のお昼前までにツイッター(Twitter)で呟いた記録(呟き・愚痴・独り言・メモ・日記)から一部を抜粋してみる。

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← 今朝未明、仕事の最中、明け始めた光景が素晴らしく、ちょっと一服。確か四時半ごろ。もう、こんなに明るい。

 日に10回ほど、ツイッターで書き込んでいる。
 ネットのために限らず、まとまった自由時間を取れない小生には、ツイッター(Twitter)という場(表現の手段の機会)の存在は、とてもありがたい。

 いずれのツイート(呟き)も舌足らずな表現なのは、一度にツイッターでツイートできる(呟ける)字数には、140字以内という制約があるから、という事情があるし、そもそも、これは小生の不精なのかもしれないが、基本的に書き直しや推敲はしないから、でもある。

 それに、ツイッターでは肩の力を抜いており、気楽な発言ということで思いつくままに書いているのだ。
 …なんて言い訳は通用しないか。

 追々、せっかくツイッターで呟くのだし、短文を綴る貴重な機会(場)でもあるのだから、ブログとの連携をも視野に、内容や表現に工夫を重ねていきたい。
(上のほうが新しいツイートで、下に行くに従い、時間が遡ります。)

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2010/04/25

甘酸っぱい匂いの思い出

 遠い遠い日、我輩が未だ学生だった頃のことである。
 我輩も御多分に洩れず下宿では万年床であった。
 ある日、田舎から梨を送ってきてくれた。一箱たっぷりの地元産の梨である。

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→ 謎の館。敢えて画像は小さめに…。

 が、生来の無精者の我輩は箱を開けずに万年床の足元に置いておいた。いつかは箱を開けるつもりではいたのだ。梨は好物である。食べないわけがない。剥いてさえあれば幾らでも食べるに違いない。

 けれど、一向に手が梨の箱に向かうきらいがない。そのうちに段々、梨の箱が鬱陶しくなってきた。で、無視することにした。
 かといって、気の小さい我輩のこと、箱を捨て去る決断力があるわけではなかった。それに、まだ、食べられるかもしれない…。

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2010/04/24

B29に我が富山が空襲されるという夢

 小生は以前、一部屋のアパートに住んでいたことがある。
 嬉しいことに、ユニットバスが付いている。ただ、ワンルームである。

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← 内庭の紅葉(カエデ)も、冷たい雨に震えていた。

 格別、トイレを汚すわけではないが、その部屋が新しかったこともあり、真新しい洋式トイレの汚れ防止のため、ある固形状の薬剤(曖昧な記憶だが、小林製薬のブルーレットだったと思う)を給水タンクに忍ばせた。

 ところで、小生、トイレに限らず少々の匂いだと、漂っていても自分は気づかない。
 部屋の中の自分の出す匂いへの馴れもあるが、嗅覚の鈍感さもある。
 自分で気づかない匂いが漂っているのではないかという懸念というか危惧の念が常にある。

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2010/04/23

草刈民代写真集『バレリーヌ』新聞広告写真を巡って

[2010年04月21日]
昨日、朝日新聞朝刊をパラパラ捲っていたら、一瞬、目を疑うような写真が。
何頁目かの一面を使って、草刈民代さんの全身ヌード写真が載っていたのだ。

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→ 20日付け朝日新聞朝刊に載っていた21日発売の写真集「バレリーヌ」(幻冬舎)の広告 (画像は、当該の広告を小生がデジカメで撮ったもの。綺麗な写り具合でなくて申し訳ない。同時に思うのは、新聞という性格柄、写真の真ん中で折込の痕があること。写真に対し、モデルの草刈さんに対し、ちょっと惜しまれる気がする。)


「昨年4月にバレリーナを引退し、女優に転身した草刈民代(44)が21日発売の写真集「バレリーヌ」(幻冬舎)で一糸まとわぬ裸身を披露」だとか。
(「草刈民代 集大成として全身ヌードを披露 - Ameba News [アメーバニュース]」参照)


フルヌードで、乳房も写されている。
公共性の高い新聞で、こんな広告が載るのかと妙な懸念。

でも、鍛え上げられた見事な肢体。
まさにアスリートのような無駄のない体。
抜群のプロポーションといった表現で形容できるレベルを遥かに超えている。

トップダンサーとは、かくも過酷なものなのかを痛感させる。

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2010/04/22

遠くて近いは男女の仲

 広辞苑によると、「遠くて近いは男女の仲」とは、「男女の仲の意外に結ばれやすいことにいう」とある。
 浅学なる小生は、この諺(?)が『枕草子』に見出されることを知らなかった。

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← 我が家の庭。画質を落としているので分かりづらいだろうが、手入れのされていない(していない)庭は荒れ放題である。奥に写る瀟洒な家は近所の邸宅。我が家は風が吹くと隙間風であちこちガタピシする茅屋なのだ。

 おそらく、高校時代とかに、授業で嫌々ながらでも「枕草子」は読んでいた筈なのに、この事実に気が付かないなんて、ちょっと恥ずかしいような気がする。

 …知らなかった、というより、すっかり忘れてしまった、それとも右の耳から左の耳へ、だったのだろう。

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2010/04/21

エノコロ草は有用な植物でした

 ある本を読んでいたら、思いがけないくだりで、別名、「猫じゃらし」とも呼ばれる植物「エノコロ」について、おやっというような知見を得た。


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→ 「キンエノコロ」 by kei (「野原のことなど」参照のこと)

 植物に詳しい方なら常識に属するような類いかもしれないが、小生には意外な事実。

 というのも、植物に付いても疎い、しかし好奇心だけは人並みにある小生のこと、「エノコロ」についても、本ブログでも何度か採り上げたことがある。
 大よそのことは調べてしまった…つもりでいたのだ。

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2010/04/20

オースター『ティンブクトゥ』の周辺

 夏目漱石は、『吾輩は猫である』といった小説を書いた。
 何度か読み返したが、読むたび面白く感じる。

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← ポール・オースター著『ティンブクトゥ』(柴田 元幸【訳】 新潮社) 奇妙な題名の「ティンブクトゥ」。それは、飼い主が信じるところの、来世であり、「人が死んだら行く場所」の名。飼い犬が「理解する限りどこかの砂漠の真ん中にあって、ニューヨークからもボルチモアからも遠い、ポーランドからも、一緒に旅を続けるなかで訪れたどの町からも遠いところにある」。

 さて、「我輩は犬である」といった類いの小説を書いた人がいるのかどうか、小生は知らない(多分、いるだろう)。
 猫の感性や感覚も、恐らくは人間(常人)の想像を超えるものがあるのだろう。
 それでも、身近な愛玩動物として、小説的空想を逞しくしてみたくなるのは分かる。

 一方、犬だって猫に負けず劣らず我々人間に身近な愛玩動物である。

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2010/04/19

ル・クレジオ 空を飛ぶ少年

 昨日の日記「空を飛ぶ夢を叶えるには」では、飛行機や気球などの機械や大袈裟な道具を使わず空を飛びたいという人類の夢について呟いてみた。
 その際、日記ではアメリカの大統領が昨日発表した、人類を火星にという構想に触発されて書いたかのような形になっている。

 が、実際は違う。

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→ 例によって今朝も、明けゆく東の空を横目に家路を急いだ。

 それだけだったら、ちょっと興味深いニュースということでスルーしていただろう。

 実は、今読んでいるJ・M・G・ル・クレジオ著の『地上の見知らぬ少年』 (鈴木 雅生 訳 河出書房新社)の中の一節に接して、やや大袈裟な表現を使うと共感・同感し快哉を叫ぶという心境に突き動かされて書いたのである。

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2010/04/18

空を飛ぶ夢を叶えるには

 アメリカの「オバマ米大統領は15日、(中略)、2030年代半ばまでに宇宙飛行士を火星の軌道に送り込む目標を掲げた新宇宙政策を公表した。人類初となる火星への着陸も目指すという」!

 久々の痛快な夢、だろうか。
 さすがに故ケネディ大統領が人類を月に、といった往年の時代のようには手放しで快哉を叫ぶというわけにはいかないだろう。

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← 軒先のスズメたち。番(つがい)なの? いつの日か、君たちのように空を飛べるだろうか…。

 ガキだった小生は、人類が月に立つなんてことが可能だとは当時、信じられなかった。
 実を言うと、未だに信じられない。

 夜空に浮かぶ月を眺めあげるたび、人類があの月に足跡を残したなんて夢のようだ、本当なのかなーなんて思ってしまう始末。
 まして、いつか、月より遥かに遠い星の世界へ人類が到達することがあるなんて、いやその前に、そんなことを企てるなんてありえないことのように思えてならない。

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2010/04/17

雨の表現あれこれ

 今日も氷雨のような冷たい雨が降っている。山間のほうでは、雪模様だとも聞く。
 ずっと降り続いて明朝になってようやく雨も上がるというが、小生の仕事は未明。
 明け方までには終わる。その頃には雨も上がる見込みで、なんだか詮無い雨に映る。

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 せっかくなので(?)、今日は雨にちなむ何かを書いてみたい。
 といっても、雨に関連しては、これまで何十回となく書いてきた。
 なので、ちょっと変わった趣向として、今回は雨模様の表現あれこれを綴ってみたい。

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2010/04/16

取り戻すんだ ! !

 何か分からないものが目の前にある。
 それとも真後ろにある。すぐそこにあることは分かっている。なのにそれが何かが分からない。

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 いやそうじゃなくて、あるものは何かは分かっているけれど、それが一体何処にあるかが分からないのだろうか。
 靄が懸かっている。そう靄なのかもしれない。ただ、その靄がこの世界一帯に漂っているのか、それともオレの脳裏に巣食っているのかが確然としないだけなのかもしれない。

 網が見える。透明な紫の地色の水晶体を縦横に真っ赤な血の網が駆け巡っている。
 管は方々で瘤になったり、壁が痩せ細っていたり、中には裂けてしまって、水晶の湖に赤紫のゼリーが溶け出してしまっている処もある。

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2010/04/15

散った花びらは夢の…

 それは、路上などを枯れ葉が這って行く、カサコソ、という乾いた擦過音。路面に擦り付けられ、磨り減り、あるいはぶつかる無数の音があちこちから聞えてくる。枯れ葉の悲鳴? タイヤに踏み潰され、路上に轢死体となってへばりついてしまう直前の断末魔の喘ぎの叫び?

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(前略)桜の花びらは、ただ敢え無く散るばかりである。
 路肩に、玄関先に、庭先に、電柱の根元に、歩道の柵に、自転車やバイク、車のボディや車輪の周りに、花びらたちが吹き溜まっている。花びらは散るまでが命ということなのだろうか。散ってしまった花びらは、ただのゴミなのだろうか。見ていると、歩道の花びらを踏まないようにと、殊更、足元に気をつける人もいない。
 やはり、地に落ちた花びらは、美しさもその命もその役目さえも地に落ちてしまったというわけだ。

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2010/04/14

パノプティコンってわけじゃなく

 野暮用で冨山港近辺のとあるビルに立ち寄った。
 その際、せっかくなので、前から気になっていた灯台を見学してみようと思い立った。

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← 「富山港展望台」 最大高が24.85m。「展望台から南西へ500mのところにある金刀比羅社境内の常夜燈(高さ約6mで北前船時代のもの)をモデルにしたもの」だとか。決して、パノプティコンのための施設じゃありません!

 車で傍は何度となく通りかかる。
 灯台といっても、観光用、それとも冨山港の開発の歴史などを案内する啓蒙のための、言うなれば広告塔である。

 車で見る分には大して高くもないし、それこそ高を括っていた。
 その塔には24メートルと表示してある。ふむ。

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2010/04/13

浮かび上がらせてやりたい

 今日は昨夜来の冷たい雨が終日、続いた。
 今、夕餉のときを終えたけれど、雨はまだまだ降り続きそう。

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→ 山茶花だろうか、花びらは役目を終えて、ただ無惨に散り果てるのみ。舞い散った花びらを一体、誰が看取るだろう。

 雨が庇を、木立の葉っぱを叩く音。
 時折通り過ぎる車が水を撥ねていく。
 踏み潰された水は、一瞬、グシャッとかバシャッとか音を立てる。
 悲鳴のようにも、喚きのようにも聞こえる。
 心弾む日には、子供たちの歓声にだって聞こえるけれど、今日はそうはいかないようだ。

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2010/04/12

村上春樹訳チャンドラー『ロング・グッドバイ』を読む

 レイモンド・チャンドラー作『ロング・グッドバイ』(村上春樹訳 早川書房)をとうとう読了した。

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← 帰郷して2年余り。ようやく自前の椅子を入手。読書用…というより、オットマンもあるし、居眠り用になりそう!

 とうとう、というのは、読書に割く時間がなく、情けなくもちびりちびりと、まるでブランデーでも嗜むようjに読む羽目になったこと、冒頭の一節を読み始めた瞬間からその文章に惹かれ、読み終えるのが惜しくてたまらなくなったこと、(最後は思いっきり情けない個人的事情だが)滅多に本を買えない小生、買った本を読む貴重な機会と時間が過ぎ去ったことなどの理由の故である。

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2010/04/11

馬酔木のこと少々

馬酔木」について、誰しもが気になったり疑問に思うのは、まずは、表記であり、読みだろう。
 何ゆえに、「馬酔木」なのか。
 いかにも当て字という感が強く漂っている。

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→ 「アシビ(アセビ)」の花の連なり。芽吹き始めた葉っぱも見える。

アセビ:広島工業大学」によると、「万葉表記には、馬酔、馬酔木、安志妣、安之婢が用いられてい」るとある。
アセビの枝葉には、アンドロメドトキシン、アセボチン、アセボプルプリンなどの有毒成分がふくまれており、馬が食べると酔っぱらったように麻痺することから漢字として“馬酔木”が使われるようになったそう」というのが、正しいかどうかは別にして、定説に近い。
 というか、それ以外の説明を試みるサイトは見つからなかった。

 馬が食べると酔っ払ったように麻痺する…。

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2010/04/10

「馬酔木(あしび)」のことを調べる前に

 我が家の庭先に育つアセビにも三月の下旬頃から花が咲き始め、今も咲いていて、貧相な我が庭に小さな灯りを灯してくれているようである。

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← 3月27日、庭にて撮影した「アセビ」。

 花だけ見ると、鈴蘭 (すずらん)のような花がアセビの木の枝葉の先に数知れず連なるように咲いている。

 小さな鈴のような、実に可憐な花である。

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2010/04/09

死に損なっている何か

 今朝未明は、やや春霞がかってはいたが、三日月の月影。
 月の高さは低くて、住宅街だと姿を見失いがち。

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→ ムスカリ、だろうか。昨年、裏の畑に種から植えて立派に育ってくれたもの。その種が母屋を挟んだ道路沿いの花壇にどうやって飛来したのか。謎だ。拙稿「ムスカリの花」参照。

 家と家の間とか、住宅街を縫う道路の延長上に位置したら月影を望める。
 仕事の最中なのに、つい月影を夜空に探してしまう。

 挙動不審者と誤解されそう。

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2010/04/08

ジョージ・ワシントンの桜の木の逸話

 昨日のラジオでアメリカ合衆国大統領ジョージ・ワシントンの桜の木の逸話が話題に上っていた。
 その逸話というのは、「アメリカ合衆国の初代大統領、ジョージ・ワシントン(1732~1799)は少年時代、父親が大事にしていた桜の木を斧で切ってしまったのですが、正直に「僕がやりました」と告白。逆にその正直さに父親も「お前の正直な答えは千本の桜の木より値打ちがある」とほめたというあのお話」である。

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 素直な小生は、ガキの頃、こんな話を多分、小学校の授業の中で聞いて、「そうか、正直って大切なんだ、でも、自分にはできないな」と、こっそり思っていた。

 この話にはいろいろ考えさせるところがある。
 そもそも正直に話したからといって、みんながみんな出世できるとは限らない。父親によっては、お前はなんて碌でもない奴だと罵倒された挙げ句、宮本武蔵ではないが、それこそ桜の木にぶら下げられる、なんていう罰を食らうかもしれない。

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2010/04/07

花から化粧を連想したので

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→ 庭掃除をしていたら、ラッパ水仙の傍に小花が。いずれ雑草だろうけど、つい撮ってみたくなった。いつもながら疑問に思うのは、いわゆる花と雑草の違い。花の有無じゃなさそうだし。

 女性が初めて化粧する時、どんな気持ちを抱くのだろうか。自分が女であることを、化粧することを通じて自覚するのだろうか。ただの好奇心で、母親など家族のいない間に化粧台に向かって密かに化粧してみたり、祭りや七五三などの儀式の際に、親など保護者の手によって化粧が施されることもあるのだろう。
 薄紅を引き、頬紅を差し、鼻筋を通らせ、眉毛の形や濃さ・長さそして曲線を按配する。項(うなじ)にもおしろいを塗ることで、後ろから眺められる自分を意識する。髪型や衣服、靴、アクセサリー、さらには化粧品などで多彩な可能性を探る。

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2010/04/06

衣擦れの音も妖しき白木蓮

 この数日、白木蓮の花が目立つ。
 白い花なので、あるいは明るい日中だと見過ごしてしまうかもしれない。
 それが、夜、それも小生のように丑三つ時も過ぎた真夜中から未明にかけて市の郊外を車で徘徊(?)するものには、夜陰に立ち現れる白木蓮の白い花に目を奪われてしまう。

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← 「スペースシャトル:打ち上げ成功 山崎さんら7人乗せ (画像は、夕方七時のNHKニュースより)

 曲がり角の先に現れたりすると、一瞬、その白さにドキッとしてしまうのだ。

 白木蓮は、「木蓮の一種で白い大きな蕾を立て大形の花を開」き、春の季語の一つである。
 純白の大きな蕾は春の陽気にとても映えて、春真っ盛りの花とも感じる。

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2010/04/05

庭は今、水仙の花盛り

 我が家の庭は今、水仙の花の盛り。
 我が家だけじゃない、近所を回ると、あちこちで庭の隅っこなどに水仙が咲いている。
 ちゃんと花壇にきちんと植えられ育てられているものもあるが、多くは、沿道の片隅に雑草に混じって咲いている。
 我が家がまさにそうだ。

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 もしかしたら家人がいつか植えたのかもしれないが、でも、今の場所を選ばない咲き方を見ると、いずれにしろ大概の水仙の群れは野生化し、勝手に群れ分けしていったものと思われる(あくまで推測の域を出ないが)。

 いずれにしろ、梅の木の花はとっくに終わったし、桜の木は我が家にはないし、他の花は植えていないし、我が家で咲く花というと、最近、花屋さんなどで買ってきたものばかり。
 それらは、表の車に面する道沿いの花壇に植え替えてあり、家の中からは見えない。

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2010/04/04

栗田勇著『花を旅する』から花の宇宙へ

 過日より栗田勇著の『花を旅する』(岩波新書)を読んできた。
一年十二カ月の「花」を一章ごとにとりあげ、花の名所への旅、そして文学、芸能、伝承にわけいり、時空を超えた花との出逢いから、花に託された日本人の心をさぐる」といった本。

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← 庭の「アセビ」。

 今日にも読了となる。

 今、読んでいる本がややハード(素粒子物理学)なので、息抜きというと著者に失礼に当たるかもしれないが、気分転換に寝床でも読める本を図書館で物色してきたのだ。

 まあ、我が富山でも、寒く且つ積雪・降雪に苦しめられた冬もようやく終わりつつあるので(…といっても、今朝も明朝も最低気温は一度か二度で、とても春を満喫できる陽気ではないのだが)、近隣の庭や畑などに春を感じさせる草花が目立ってきたから、思わず知らず本書を選んでしまったような気もする。

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2010/04/03

本は買って読みたいもの

 久しぶりに、実に久しぶりに図書館から借り出した本ではなく、買った本を読んでいる。
 自前の本を読む!
 何年か前までは、それが当たり前だったのだが、不況の直撃を喰らい、それまでは月に十冊前後、年に百冊以上は買っていたのが、数年前からは年に数冊となり、一冊も買わない年もあったり。

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→ 今日(2日)の午後、雨上がりの外をふと眺めと、近所の家の庭に咲く「白木蓮 (はくもくれん)」(?)の枝に鳥たちが。…でも、何か振る舞いが変。

 別に高価な本を買うわけじゃないし、けちな性分で、積読などはせず、買った本は、ほぼ全て読了する。
 といっても、読む速度は遅いほうなので、読む本は、つまり、買う本の数は、百冊を越える程度。
 図書館を利用することで、図書費を節約している?
 そんな感覚も自覚もない。
 節約するために買わないのではなく、買えないから買わないわけで、買えたら買う!


 図書館の本を利用するメリットは確かにある。

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2010/04/02

写真は嘘を吐きません!

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← ある化粧品メーカーによるテレビCMの一場面。  影女? 違う、影女は、「物の怪のいる家で、月影に照らされた女の姿の影が家の障子に映るもの」のはず。…そうか! 砂の女だ! 男を穴に置き去りにして逃げ出してきたんだ!

 今日は、さすがに、「万愚節(ばんぐせつ)」へのアクセスが多かった。「万愚節」とは、エイプリル・フールの別称。

 ということで、今日は何を書いても嘘っぽくなりがちなので、写真日記風な記事に仕立てました。

 写真は嘘を吐(つ)かないからね…、ってのも、嘘っぽいが。


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2010/04/01

沈黙の宇宙で音の欠片を掻き削る

 この世界に目覚める。
 自分がとにかく、一個の広い世界にあることに気づく。
 木々と大地と山と空と川と空気と、そして人間だけではない多様な生き物の世界。雨の雫が葉裏を伝う、その雫を通してさえ、豊穣な世界を感じることができる。

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→ 3月30日の夕刻の空。久しぶりに穏やかな気候。

 しかし、中には、物心付いた時に、心が枯れていることに愕然とする奴もいる。
 風にも心が騒がないし、大地を裸足で走り回る悦びを感じない奴もいる。
 理由は親の虐待だったり、仲間からの虐めだったり、あるいは心を醸成する肉体的環境そのものが劣悪だったり、理由は様々なのだろう。

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