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2010/03/07

春の憂鬱の正体は?

 昨年11月だったかに出された気象庁の長期予報によると、今冬は暖冬の見込みだという話だった。
 が、実際は、あにはからんや数回にわたる寒波の襲来で、例年にない積雪を何度も記録したし、九州は大分などでも降雪の日があった。
 当然、予報は外れでした、今冬は本格的な寒さに苦しんだ年でしたと訂正というか、お詫び(?)の一言があるものと思っていたら、とんでもなくて、それこそ、あにはからんやで、今冬はやはり暖冬だったと気象庁は昨日、言い張っていた。

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30年に1度以下の異常気象=「北極振動」で北半球に猛寒波-気象庁検討会(時事通信) - goo ニュース」といったニュースもあり、世界的には、猛烈な寒波に襲われた年であり、日本にも何度か寒波の襲来があったのは事実だが、一方、日本については、エルニーニョ現象の影響で、比較的暖かな日が多かった、というのである。

 うーむ。
 理屈はそうなのかも知れないが、なんとなく、平熱より体温の異常に低い日が何度もあったが、全般的には平熱より高い日が多かった、ならしてみると、平熱よりやや高めでしたと、言いくるめられているような気がする。
 体感的には、寒暖の差が激しく、且つ、寒波の襲来に悩まされた年、なのである。

 それでも、徐々にだが春の兆しは訪れつつある。
 庭の草木も芽吹いたり花が咲いたりしている。

 今日6日は「啓蟄」たと、今朝、ラジオでその話題を聴いて、初めて気がついた。

 春の陽気の到来…(尤も、富山は明朝は氷雨が雪混じりになる恐れもあるというのだが)。
 寒さにめっきり弱くなった自分としては、嬉しいようでもあるが、単純には喜べない。
 鬱勃たる春の陽気の温みに反って体が拒否反応のような妙な反応を示している。

 いつ頃からそんな捉えどころのない感覚を抱くようになったか、分からないのだが、数年前、その辺りの微妙な体感を書いた日記があるので、少なくともその頃には、陽気の変化にスムーズには追随できない自分の体に気付いていたものらしい。

                            (以上、10/03/06 記)


秋が芸術の秋ならば…

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 秋が芸術の秋ならば、春は今、啓蟄の春だ。
 啓蟄は、冬ごもりしていた虫が這い出るという意味らしいことは無学な小生も知っている。辞書によると、太陽暦の3月6日頃だという。
 とっくにその時節は過ぎているのに、今年はやたらと寒く感じるのは何故だろう。昨年が暖かすぎた、その反動なのだろうか。
(中略)
 秋は芸術の秋、食欲の秋、読書の秋、などと比較的前向きというか、どこか秋の風情に深く沈潜するような高尚な感じが漂うのに比べて、春は啓蟄の春だ。

 それにしても、生命の芽吹き、緑の葉っぱの輝く時、数々の花々の開く時、梅からやがて桜の開花する頃となり、卒業と入学の季節を迎え、心、浮き立ち、あるいは色、華やぐのに、どこか陰鬱な、それとも憂愁の感が漂うのは、何故だろうか。
 敢えて言うなら、秋は夏の盛りを過ぎて、火照った体も徐々に色褪せ始め、やがて来る冬を前に、身構えるような、身も心も閉じざるを得ないような、命の終わりへの傾きの予感めいたものを覚えるからなのかもしれない。

 だから、自然、心も深く沈湎する。

 しかも夏の湿気も吹き払われて、憂愁を胸に抱えているのだけど、カラッとしているので、何処か透明感めいた印象を人に与えるのかもしれない。
 春は、一方、湿気を次第に帯び始める。木には樹液が濃密に満ち始め、鬱蒼と生い茂る草には鼻にムンと来る草いきれが溢れ出す。そう、透明なる憂愁というより陰に篭った憂鬱という言葉が相応しい。

 では、その春の憂鬱の正体とは一体、何なのか。
 やはりそれは、横溢する命であり、しかも若い人に時ににきびが噴き出すように、生命の賛歌が晴れやかに生気として発散するに止まらず、樹液のように生命が濃縮され、胸のうちになど到底、抱えきれないほどに充満し、やがて爆発してしまうのだと思う。
 それが春なのだ。

 ある程度、年齢を経てくれば、渇いた肌、枯れた心にほどよい潤いを与えるかもしれないが、若いとなると辺り構わず生命のエキスを撒き散らしてしまう。
 陰陰滅滅たる憂鬱な気分は若さの証明でもある…などと、取り澄ましておれないほどに、炸裂する生命力は大地を駆け巡る。溢れる命を喚き立てる。
 さりながら、小生自身はというと、そんな時節は過ぎたような、過ぎていないような中途半端な年代にいる。人生五十年のほとんど壁際に来ていて、一昔前なら余生をどう生きるかの算段をしなければならない頃合いのはずである。

 なれど、青春の息吹とは程遠いにも関わらず、未だに陰陰滅滅悶々鬱々と悶絶の日々を送っている。涸れるなど、遥かに遠い状態である。
 だから、年甲斐もなく、秋が芸術の秋ならば、春は啓蟄の春などと語呂合わせにもならない言葉遊びなど、恥ずかしげもなく(いや、少々恥ずかしげに)人前で繰り広げてしまう。

 きっと、人は生きている限り途上にあるのだと思う。若いから前途有望で、年老いたからあとは余生を、などというのは、そんなことを考えるゆとりも含めて、今や時代錯誤になったのかもしれない。
 明日のことは分からない。板一枚下は地獄か極楽か。一寸先は闇か曙か。

 昔、誰かが春は曙、云々と表現してくれた。夜が明け染める頃を「春は曙 やうやう著(しる)くなりゆく山際 少し明かりて 紫だちたる雲の 細く棚引きたる。」などと素敵に表現してくれていた。
 秋は人肌が恋しくなる(小生はいつも恋しいが)。涼しげな夕べに人待ち顔の人がいる。夏とは違う、厚めの布団が恋しくなる。
 が、春はつい、布団が暑苦しくなる。跳ね除けたくなる。夜明けを待って目覚めるなどという悠長な気分ではいられない。
 そう、かの古(いにしえ)の方にとっても、啓蟄の春だったのだ。

 ただ、小生は野暮天だから啓蟄の春と思い、かの方は春は曙と表現する。
 意味合いは似たり寄ったりのはずだ。なれど、心に感じる深みに彼我の差があるのは、致し方ないのだろう。

                                (03/03/23作)

「啓蟄」がテーマ(?)の短編: 
春の夢だよ、の猫

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