『絶滅した日本のオオカミ』より
「シートン著『オオカミ王 ロボ』の読後感のほろ苦さ」にも書いたように、ひょんなことから、とても懐かしい物語、シートン著の『オオカミ王 ロボ』を読む機会を得た。
そして絶滅寸前に追いやられた北米でのオオカミの歴史と先住民の悲劇の歴史を重ね合わせたりしていたら、数日もしないうちに、新聞の書評欄でブレット・L.ウォ-カ-著の『絶滅した日本のオオカミ』(浜健二訳 北海道大学出版会)なる本の存在を知った。
→ 前日の天気予報で雪マークが出ていたが、どうせ山間部のことだろうと高を括っていたら、平野部もしっかり降雪、積雪。とうとう雪掻きをする羽目に。これでも気象庁は今冬は暖冬だと言い張るのだろうか。
あまりにタイムリーな本の登場!
本書については、紹介したい記述があまりに多く、簡単な感想文を綴るだけでは済まないという気になってしまった。
テレビで坂本龍馬が脚光を浴びている。小生も司馬遼太郎の原作は若い頃、胸をときめかせて読んだものだった。
しかし、日本が近代化を進める半面で、いかに多くのものを切り捨ててきたか、決して裏面史ということではなく、正面切って考える時期に来ていると思う。
本書がその好機になるし、実際、必読の書だと痛感している。
そこで、下手な紹介記事を書くより、本書の「エピローグ」から断片的にでも著者の肉声を転記することで、著者の本書を通じてのメッセージを紹介したい。
以下、数回に分けて筆者による「エピローグ」の文章を掲載する。
本書の粗筋的なものになるが、それでも一読に値すると思う(その前に本書を読んでもらいたいが)。
(転記文中の()内のイタリック体の文字は小生による注釈であり、それ以外の()内の文は筆者によるものである。)
こんな機械仕掛けの愛玩物(ソニーのイヌのロボット・アイボ)に接して、私は皮肉な気持ちで、そのうちすぐに自分たちの周りに本当の生き物はいらなくなるのだろうと思った。日本でオオカミ縁(ゆかり)の場所への旅は、まだ頭のなかにまざまざと残っていた。血と肉を持った日本のオオカミの悲しい運命をもう一度思い返し始めた。機が上昇するにつれて(著者は、日本でのオオカミ関連の調査旅行を終えて飛行機で帰国の途についているという想定)私は想念の世界に沈んで行った。そこは、オオカミに似たアイボのような生き物が、ぎごちなく不自然な動きで這いまわり、また、その生き物たち全てが人間の主人に絶対的に従うという日本の風景であった。アイボは反オオカミ、私たちの科学技術的想像力を集約した悪夢のような産物であり、人が創り出した三峯の大口の真神、加賀藩の「大犬」「山犬」を超える巨大な一歩であると私は見る。ついに、すっかり皮肉な気持になって、一部の日本人は、大多数の世界の人類の夢を悟って、それに従って自然を破壊し、機械化し、このうえなく従順な風に模倣し、人に似せた感情世界まで与えて(科学技術で命を吹き込み)、究極的に自然を支配したと言い張るのかと思った。実際に、人類の歴史は、多くの環境歴史家から見ると、多かれ少なかれ、自然世界を解明し、支配し、膨張し続ける栄養とエネルギーの需要を満たすために、自然の改造・改装を企ててきた物語である。私たちは、一生物種として、私たちのあらゆる要求に屈しようとしない自然に対して、もはや我慢ができないところまで来てしまったのだ。六〇億余の生存がそこにかかっている。← ブレット・L.ウォ-カ-著『絶滅した日本のオオカミ ― その歴史と生態学』(浜健二訳 北海道大学出版会 (2009/12 出版))
絶滅した日本のオオカミの歴史はおそらくアイボに繋がっている。日本人のオオカミとの闘いや、この動物の絶滅の主な構成要素は自然の解明と征服に関係するものであった。オオカミに対して、私たちの意向に歯向かうのではなく屈服することを強要したのだ。日本人がオオカミを「現世」「他界」の形而下、形而上どちらの世界においたかどうかはともかく、三峯のような聖山で祀り、新年の祝いの時期に自然の風景を清めるための儀式めかした行事で狩り、殺し、全滅を企図した賞金制度で生存権を奪い、日本人はオオカミを文化が期待する場所、儀式、法統治の枠内に閉じ込めて支配した。アイボは人間が作った(それぞれの文化独自の方法で認識し「創り上げた」としても)一機械だが、オオカミはそうではない。だからオオカミは自身の行動原理を信奉し、彼らを支配しようとする私たちの試みを、ときどき、あからさまに、これみよがしに、自信たっぷりに拒否した。このオオカミの運命が教える一つの教訓は、人類はときどきある生物を滅ぼして博物館に安置するか、アイボのように作り変えることによってのみ、支配することができるとういことだ(モンタナでは一九~二〇世紀の初めにオオカミを手当たり次第大量に殺すことによって制圧し、その後イエローストーン国立公園に、発信機付首輪をはめて管理できる状況下に置いて再導入した。公園の管理者は発信音を追跡し、「管理区域外」に飛び出したり悪い行ないをしたら、ヘリコプターから射殺する)。日本では、川はセメントで固められダムでせき止められ、森は切り払われて金になるスギの人工林にされる。そしてイヌは冷たく無味乾燥なロボットに作り変えられる。しかし、もっとも野性的で優れた生き物であるオオカミは、私たちの命令に屈服することを拒んだ。オオカミは全速で獲物を追い、驚くべき敏捷さで危険な障害物を乗り越え、驚異的な力強さでエルク(鹿にに似た森の動物)その他の大きな獲物を引き倒す。仔のもとに肉を持ち帰り、うらやましいほどの愛情で家族を世話する。だが、そんなすばらしい性質を持っていたのに、私たち人類の欲求に直面したとき、彼らは常にたいへんもろかった。ヒツジ・ウマ・ウシなど私たちの「たいそうお気に入りの生き物たち」を飼うために草原を安全にしようとして、彼らにその縄張りから立ち退けと告げたとき、彼らはワンと鳴いて、お座りをしようとしなかっただけなのである。
(以上、10/03/09 作)
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