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2010/02/20

我が歌心は何処へ

 師走の半ば頃まではバイクで仕事していたが、雪には敵わず、仲間のひそみに倣って(?)車で仕事している。
 降雪もだが、凍結の心配がなくなるまでは、車を使うつもりでいる。

20100217

← オオカミ王ロボ (多分、白土三平画による漫画の一場面を小学校卒業前後の頃に模写したもの。) 「シートン著の『オオカミ王 ロボ』を読み直す(後篇)」をアップしました。

 車で仕事するデメリットは数々ある(燃料代は自己負担だし、何より時間が余計に掛かる)。
 でも、メリットもある。
 せっかく車で仕事しているのだから途切れ途切れの聴取になるけれど、ラジオ放送を楽しんでいる。
 ふと、タクシー稼業をしていた頃をちょっと思い出したりして。

 DJらのお喋りもいいが、やはり音楽である。
 日々、今時の歌、懐メロ、内外の曲と、楽しめるのがいい。どうにも、趣味に合わない時間帯は、図書館で借りてきたCDを楽しむ。
 そんなことは、バイクではちょっと難しい。

 今朝未明までの仕事の最中、偶然だろうか、作曲を仕事とする人の話題が重なった。
 曲を作る、メロディが浮かぶ…、そんな人が居る!

 そんな人たちのことを畏敬の念で思っていたら、今更ながら、歌心とか、もっと言うと、曲を作る心をつい、思わずに居られなかった。
 自分には一番、縁遠い世界と思いつつ。

 ふと、数年前にそんなやや苦い思いを綴った小文があったことを思い出した。
 一部、編集の上、ブログに載せる。


歌うことと歌われるもの

 いつの頃からか分からないけれど、いつも何かを口ずさんでいた。といって、和歌や詩の類いではない。大概がラジオから聞こえてくる、あるいはテレビの歌番組で見ることのできる歌だった。
 幼い頃で覚えているのは茶の間の棚の上だったかに鎮座している旧式のラジオ。ラジオだけが室内での情報源で、そのラジオでニュースや演芸モノ、あるいは歌なども聞いていたのだろう。
 けれど、そのラジオで辛うじて覚えているのは、その古臭い、でも、今となっては懐かしいラジオの姿だけである。

 我が家にテレビがやってきたのはいつのことか覚えていない。
 小学校に上がってすぐの頃、ケネディ大統領が暗殺された頃だったか、いずれにしても東京オリンピックが開催される頃までにはあった。
 我が家にラジオに代わって鎮座するようになったテレビ。小生は一気にテレビっ子になった。小さな頃は、誘われるままに外で遊ぶことは大好きだったけれど、小学校の三年とか四年になると、近所の遊びの中心だったお兄さんたちは中学に上がるとか、それぞれの道や関心事に忙しくなってしまって、小生も遊びの輪に加わる機会も減ってしまった。

 いつの頃からだったか分からないけど、漫画の本をお小遣いで買える範囲は買い、友達と交換し、それでも足りないから貸し本屋さんで毎日のように借りていた。
 そう、外で遊ぶ機会が減った分、漫画の本とテレビに関心が映っていったのである。漫画に関わることは、以前、書いたのでここでは触れないことにする。 テレビ。小生のテレビで一番、遠い記憶、あるいは印象深い映像は、ケネディのこともあるし、東京オリンピックで日本勢の大活躍に胸躍らせたこともあるし、宇宙ロケットが引力圏を脱し、地球を外から眺めた青い地球の美しさもあるが、長く見つづけたこととなると、歌番組であり、特にシャボン玉ホリデーということになる。
 小生はシャボン玉ホリデーを、子供の頃、欠かさず見ていたことは覚えているが、(番組終了の)72年に至るまで見ていたか記憶に明確ではない。とにかく白黒画面のシャボン玉ホリデーを子供の頃に見ていたという記憶が鮮やかなのである。

 歌がとくかく好きだった。歌うことも好きだった。テレビで歌われる歌は、その気がなくても自然に覚え、何時でも何処でも歌った。授業中でもさすがに歌いはしないが、不意に口ずさむ自分がいた。心の中に歌があった。というか、空っぽな心を歌だけが満たしてくれた。
 その頃、歌っていた歌は、つまりは流行歌手の歌であり、その範囲を越えることはなかった。その必要も感じなかった。洋楽が視野に入ったのはビートルズが人気者になりテレビに登場するようになってから、つまり、テレビでの扱いの範囲に入る限りの洋楽が、日本以外の音楽の全てだったのだ。レコードを買うという発想法はまるでなかった。ステレオなんて縁遠いものだった。やがて高校に入り、友人宅を邪魔した際、ステレオなるものがあることを知り、友人宅で時間を潰す限りはステレオからクラシックを聞いていた。

 が、我が家では自分に限らず、音楽にテレビで見る以上に夢中になる者は誰もいなかった。
 芸術の香りの乏しい家だったから、音楽に限らず、美術もありとあらゆる芸術・芸能からは縁遠かったのである。

 歌というと、つまりはプロの歌手が歌うものであり、歌は、プロの作曲家と作詞家が作るものだった。それは、文学に限らず、本を書く人間というのは、文学に造詣が深いか学問に携わっている人間であって、そんな人間は我が家の近所には到底いないし、それどころか我が県内にもいない、そんな仰々しい、遠い存在だった。
 音楽も美術も漫画も学問も、全ては富山を囲繞するアルプス連峰の彼方にあるものだった。何処か遠い都会に才能ある特別な人々がいて、そういう専門家が作る特別なものだった。
 だから、歌はあくまでテレビから聞こえてくるものだった。漫画に限らず、小説に限らず、創作などは何か特別な範疇の存在が山の彼方、つまりは天の上の何処かで行われているもので、その恩恵のほんの一部をテレビを通して、(漫画の)本を通じて、押し頂くだけだった。

 そもそも、歌が作られる、それも誰かの手によってということ自体が、自分には驚異だった。
 どうしてこんなものが人間の手によって生み出されるのか、想像だに出来ないことだった。特に歌詞はともかく(当時は、詩作の凄さ・素晴らしさなど分かるはずもなかった)、曲、特にメロディを生み出すってどういうことなのか、想像どころか、人間業とは到底思えなかったのだった。
 歌はあくまでテレビの画面の彼方から流れてくるもの、出来上がったものを戴くものだったのである。

 ただ、戴くだけではなく歌った。所構わず歌った。
(中略)
 音痴とまでは言われなかったにしても、下手糞と言われつつも、歌を口ずさむこと、これは止めるわけにはいかなかった。

 歌は、心貧しい自分にとっての命のようなものだった。
 何処からか、テレビで、あるいは町中の何かの店から歌謡曲などが流れてくると、もう、その世界が全てだった。思春期などとっくに過ぎた大学や社会人になってからも、車などに乗っていて、好きな曲が流れてくると、会話など掻き消えてしまい、歌の世界が全てとなった。

 絶えず絶えず歌を歌うこと、口ずさむこと、脳裏に歌が歌われていること、そのことが辛うじて自分を救っている部分があった。
 自分の何を、あるいは自分を何から救ってくれ守ってくれたのかは分からないが、ともかく歌の世界があるかぎりは、世界は満たされていた。世界は空虚そのものではなかった。歌謡曲や演歌。ポップス。洋楽、クラシック、ジャズと、音楽の世界は広がっていった。自分という人間の生活や関心の広まりと相俟ってのようにして、世界はそれなりに豊かになった。広くなった。多様にもなった。

 歌を歌ったからといって、心が豊かになったわけではなかった。
 なぜなら、歌が、曲が、メロディが、リズムが途絶えると途端に、世界は、自分の心の世界は廃墟に戻るのだったから。
 歌が途絶えた瞬間、そこには死より冷たい沈黙があるだけだった。
 小学校に上がる前に閉ざされてしまった心。心のほんの萌しのうちに、眩しい世界に圧倒され、踏みつけにされたようで、勝手に独り善がりに心を閉ざしてしまった。大地の中に閉じ篭ってしまった。以来、頭は大地に突っ込まれたままとなった。尻までは隠せなかったけれど。

 歌を歌う、あるいは歌を聞いている間だけ、そう、漕いでいる間だけ自転車が動いているように、歌っている間だけ、メロディが流れている間だけ、心は世界に開かれているようだった。
 アヒルの水掻き風に、歌を口ずさんでいる限りは、自分にも感情があり、世界と共感する心があり、人と共感する心がある、かのようだった。

 その、決して口ずさむことを止めなかった歌も、ついに完全に心に鳴らなくなる日がやってきた。その間の事情は、前に書いたので、その詳細は省略する
 ただ、その日から、80年の末から、口ずさむことさえなくなってしまった。偶然なのかどうか、その翌年の春、フリーター生活にピリオドを打ち、サラリーマンになったのだった。

 それでも、歌がテレビでラジオでラジカセで車で流れ来る限りは、その歌の世界に溶け込めなくもない。情の豊かさを感じないこともない。
 けれど、決して口ずさむに至ることはなかった。歌は、自分の心の外界に、山の彼方に退いてしまったのだ。
 誰に強いられたわけでなく、退いたのは、自分の心自身のゆえなのだけれど。

                             (03/12/11作

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