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2010/02/03

今日は愚痴っぽく

 東奔西走っていうほど大袈裟な話じゃないが、母が入院していることもあり、ほぼ毎日、病院へ。
 見舞いやら必要な品物を届けに行くし、今日などは母が治療で気が弱っていることもあり、昼の食事の介添えというのか、介助に行ってきた。

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← 北陸には珍しい、快晴。立山連峰も堂々たる雄姿を見せてくれた。

 病院だから、看護師さんたちが居るが、自力で食べることの出来ない患者さんが多く、昼の時間帯では個々の患者には対応しきれない状態。
 家族が食事の世話ができるなら、できるだけ手伝ってほしいなんて、言われてしまう。
 なんのための入院なのか分からないが、親戚筋の者にも手伝ってもらったりして、あれこれするしかない。
 家族が付き添って食事の世話をすると、親身ということもあるのか、時間をかければ、だが、母は出されたメニューを全部、食べてくれる。
 看護師さんたち(?)には、個々の患者にそんなに時間を使うわけには行かないのだろう(…か)。


 

 母の食事が終わり、入れ歯や前掛けなどを洗い、お茶を一服、喫し、薬を飲んでもらったのを見届けたところで、スーパーに立ち寄り、買物、車にガソリンを給油して、帰宅。
 父は、テーブルに用意しておいた食事には手を付けないで、寝室でテレビを見ているだけ。
 小生が食事を温めたり、お茶を用意したり、ミカンなどのデザートを用意しないと、梃子でも動かない雰囲気を漂わせている。

 母の入院前は、父母が共に同じ部屋(寝室)に居住していたから、その部屋へ食事を運べばよかったし、片付けも自分の分も含めまとめてできたのが、今は、場所も含め、みんなバラバラ。

 親戚筋のものも、一人は家族に骨折する者が出て、今までのようには手伝えなくなっているし、他の一人も、やはり家族に病人が出て、仕事を抱えている身でもあり、思うようには動けないようになっている。

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→ あと二日ほどで満月になろうという月影も未明の空に望めた。

 小生自身、睡眠障害の身で、寝起きが辛いのだが、そんな愚痴など言える相手は誰一人、居ない。
 普通に暮すだけでも億劫で、別に怠慢を決め込むというわけではなく、できるなら一日中、休んでいたい…養生したいという意味で!
 茶の間でボーとしていると、だらしなくしている、何もしないで楽していると思われるだけ。
 身動きするのも億劫とか面倒、というのではなく、ただただ憂いのだが、我が身の辛さなど誰も知らない、理解できない。
 父母に対して冷たいとか、家の内外のことを面倒がるとか、そんな風に思われてしまうのがオチ、というより、もう、そういった評価が下って固まってしまっている。

 体が言うことを利かないんだよ! って言えたらどんなに気が楽になるだろう。

 まあ、今のうちだと、頑張るしかないのだ。
 頑張れる今を大切にするだけ。

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← 快晴の空に月影。

 日に数回の仮眠。
 睡魔が来るから眠るのだが、睡眠は小生には、休息でも安息の時でも全くなく、逆に疲労を倍化させる受難の時に他ならず、寝て起きた瞬間の体の重さは、慣れているとはいえ、石…岩のようだ。
 岩石を意志の力で噛み砕いて、とにかく起きる。
 起きる営為で自分の意思も体力も気力も、持てるものの大半を費やしてしまう。
 起きて日々の活動をし始めるときには、小生はもう、生ける屍と化している。
 ベッドから離れた自分は、魂の抜け殻のようだ。
 力ない、腑抜けのような曖昧な笑みで、ただ体を引きずって動くだけ。
 鉛の体、エネルギーの枯渇した心。

 高校時代、まるでミイラだ! と喝破した奴がいたが、彼の直感は正しかったのだとつくづく思う。

 15歳から書き始めた日記に、石の心、化石の心、涸れた心、といった言葉をどれほど書き殴ったことか。
 理由(原因)が分からなかっただけに、恐怖のタネでもあった。
 何か得体の知れない病魔に蝕まれている。
 長生きなんて到底、望めない…。
 そう思うしかなかった。
 高校三年になって志望に哲学(科)を選ぶのも、切羽詰った境涯の必然だったと、今にして改めて思う。

 十歳の頃からの、誰にも理解されない(自分でもわけの分からなかった)業苦は、まあ、持病でもあるし、足枷を、というより体枷、心枷をした身を引きずるのにも慣れているはずだが、何のために馴れる必要があるのか、まるで分からないままである。

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→ 雪がすっかり溶けて、樹木もホッとしている。…が、今夜からまた数日間、雪の予想。

 今日はいつも以上に愚痴っぽくなってしまった。
 明日にはもっと楽しいことを書けたらいいなーと思うのだが、さて。

                                 (10/02/02記)
 

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コメント

自分の為だけにしか生きることができないのは、虚しい人生です。

毎日、執筆なさりながらも、ご両親の為になさっておられること、とっても尊い時間です。
今は辛さもお有りでしょうけど、きっときっと、良いことがありますよ!

お身体にはご自愛され、時にはご気分転換して、お世話差し上げてくださいね。

応援しています。

投稿: | 2010/02/03 13:50

名無しさん

>自分の為だけにしか生きることができないのは、虚しい人生です。

実質、悲しいかな、小生の場合、そうなっている…気がします。

父や特に母は、幸い、容態は快方に向かっているようです。
今日も母の食事(お昼)の介助に行ってきました。
今日は、母は家に帰るんだと意地になって、自分で頑張って食べようとしていた!
自分で食べれないと家に帰れないよ、という脅し( ? !)が効いたのかな。

でも、看護師さんも、母も、小生が介助に行ったことは誰にも伝えないので、昼食は、碌に食べなかったという、看護師さんの間の申し送りになっていたとかで、がっかりです。

ま、どうでもいいようなものだけど、母は記憶が曖昧になっているから仕方ないとして、看護師さんたちには、事実をちゃんと伝えてほしいと思うのですが、難しいのでしょうか。


長期戦になりそうな予感。
小生は長い介護や介助の生活をどう生きるか、それが課題になっています。
自分の為にだけに生きているわけじゃないけど、自分が倒れないようにとは考えてます。
知恵のない人間で、考えるだけで終わりそうですが。

気分転換。これが不器用な人間には一番、不得手なこと。
好きなベリーダンスのショーを見たいなーと思っても、富山じゃ実現は難しいみたい、なんて冗談を言う相手も居ないのが悲しい。

こんな小生を応援してくれるなんて、嬉しい限りです。
ありがとう!

投稿: やいっち | 2010/02/04 14:45

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