我が『若い芸術家の肖像』余談
[本稿を目にする頃には、年が明けている…はず。明けましておめでとうございます。旧年中はお世話になりました。本年も凝りもせず書いていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。]
信仰について語る。
といっても、信仰とは何ぞやなんてことを考えるのは小生には任が重過ぎる。
← ジェイムズ・ジョイス/著『若い芸術家の肖像』(丸谷才一訳 集英社)
学生時代のある時期、キリスト教(プロテスタント)に入信するまさに瀬戸際まで行ったことがある、その辺りの思い出を弱冠、メモしておきたいだけである。
こんな殊勝(?)なことを書こうと思ったのは、丸谷才一が新たに訳したという、ジェイムズ・ジョイス/著の『若い芸術家の肖像』(集英社)を今日、読了したからである。
この作品を読むのは、今回で通算すると(多分)4回目。
一番最近、読んだとき(しかも、昨年の夏)の感想は、「ジョイス…架空のイメージとの遭遇(承前)」にて簡単にだが書いている。
本書『若い芸術家の肖像』では、主人公がカトリックの司祭への道を選ぶべく、神父に勧められ、その道を選ぶかどうか、思い迷う場面がある。
予想されるように、彼はその道を選ばないのだが、その際の信仰へ全身全霊を捧げること、あるいはむしろ、そんな信仰の道を選ばないことの罪深さ、哀れさをとことん表現し尽くす場面がある。
決して安易に単純に表現者たることを選んだわけではなく、信仰と迷える子羊たちに道を示す手助けをするその営為の崇高さを深く痛切に理解し感じ取りつつも、敢えて違う道を選ぶ、その真率さも、本書を読む本筋ではないにしろ、読みどころ、それなりのクライマックスの場面でもあると思う。
あるいは、そう感じてしまうのは、小生自身の体験が為さしめることなのか。
そう、その体験(未満)をこそ、ちょっとメモっておきたいのだ。
まあ、客観的には大した経験ではないのだが、自分には、当時は、文字通りギリギリの瀬戸際にまで、信仰の道の淵にまで手が届きかけていた、忘れ難い体験なのである。
細かく書くと長くなるので、粗筋的に書いていく。
仙台で学生生活を始めた小生は、住まいは下宿だった。
その下宿の主は、やや信仰からは離れつつあったが、カトリックの信者さんだった。
確か、その家の娘さんたちも入信者だったような。
しかも、下宿生は四人、居たのだが、その内の一人はカトリック、一人はプロテスタントの信者。残りの、富山から同じ高校の卒業生として入居した二人は、まあ、決して熱心というわけではないが、真宗王国だけあって、少なくとも家は浄土真宗のお寺の檀家(の端くれ)である。
そのプロテスタントの方は、大学は違うが同じく新入生で、福祉活動も含め、何事にも熱心な方。
その彼が小生をプロテスタントの教会へ説教を聴きに来いと誘ってくれた。
どんな宗教でも、とりあえずは虚心坦懐にがモットー(?)の小生(単に初心なだけ?)、誘われるままに何回となく、教会に足を運んだ。
そのうち、小生を誘う彼が興奮気味に言う。
教会に偉い方が来る。説教の上手い方で、その方の説教で入信した人がたくさん、いる。
そんな人の説教を聞き逃す手はない…。
小生は単に好奇心で、というより、誘われたら基本的には断らない方針(?)の伝で、偉い方の説教を聴きに行った。
いや、確かに説教は上手かった。顔を紅潮させ、唾を飛ばしつつ、実に熱心に信心の素晴らしさを語る。あるいは信心しない不幸、罪深さを説く。
その説教の素晴らしさは、到底、小生には再現できない。
実は、ジョイスの『若い芸術家の肖像』での、(小生にとっての)クライマックスの場面の一つ、信心・信仰の素晴らしさを諄々とあるいは切々と、いやある意味、信仰に初心なものを脅しつけるほどにリアルに信仰の道を選ばない不幸や罪深さ、哀れさを語る、その場面を読んで、小生が感動した、その偉い方の説教を、あるいは説教と説諭に応じて、一歩、足を踏み出す寸前まで行ったことをリアルに思い起こさせられたのである。
通算して四度ほど(あるいはそれ以上)読んだ、その度に。
説教壇の上で偉い先生が、今こそ、キリストを信じなさい、と、壇上へと招く。
小生に限らず、説教を聴いた堂内の多くの方も(多分、教会にその日、招かれた多くは先生の話を初めて聴く、未信仰の方たちばかりだったはず)説教に感動し、席を立ち、先生に誘われるがままに、壇上へ行くかどうかの瀬戸際に居た。
それほど、会場内は感動と昂奮に熱くなっていた。
名うての牧師さんならではの出来事で、実際、何人もの人が壇上へ向かっていった。
一人、また一人。
さあ、自分はどうする!
これほどの信仰の篤さを何故に抑えつける?
一歩、前へ進むべきではないのか。
脳裏には、小説にもあるが、家族の顔やら、これまでの瑣末な日常やら、あれこれ浮かんでくる。
決して大袈裟ではなく、プロテスタントの信者になる寸前で、身心がブルブル震えていた。
足を踏み出さないのは勇気がないからではないか!
数歩先の壇上には神々しい信仰の世界が待っているではないか。
何故、踏みとどまる?
自分を自制させたものは何だろう。
クリスチャンとなった自分を見る、親兄弟の怪訝な顔だろうか。
怠惰な伝統と惰性に満ちた土壌に過ぎないとはいえ、浄土真宗の教えの故か?
高校時代、親鸞の書(といっても、主に「」だが)を読んで、「善人なをもて云々」の教義に感動していて、凡愚なる自分には、透明なる信仰の世界など、ありえないと感じたからか。
この辺りは、もっと丁寧に書かないと、誤解の余地が随分とある。
教会で感動して、壇上へ上がった人を見て、ああ、あの人たちなら上がるんだろうな、というのがあまりにすんなり理解できて、辟易していた、あるいは辟易している自分にうんざりしていた、などなど、理由(の要点)を列挙するだけでも、長くなる。
しかし、結果として、自分は、一人の道を選んだのである。
小中高と、クラブ活動は、ほんの一時期だけで、その僅か半年余りのクラブも、退部の際、もう今生、どんな会にも加わらないと決心した、高校三年の夏、哲学を志した際も、宗教のギリギリ一歩手前に踏みとどまるのが哲学の最低限の倫理だろうと思い込んでいた…。
好きな子を(結果的に、自覚せずに)振ってしまった、その苦い悔恨の思いは、自分が幸せになることを決して許せない、なんて感傷的な思いもあった(ようだ)。
とはいっても、ジョイスの『若い芸術家の肖像』ほどの深い、透徹した反省が、学生時代の自分にあったわけでは、毛頭ない。
ただ、自分なりに自分の道を一人、トボトボ歩いていくんだろうな、と思ったし、予感した。
実際、そうなった!
尤も、一人の道と言いながら、実のところは、迷える子羊になって、闇の荒野を彷徨しているだけなのだが。
(09/12/31 作)
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コメント
あけましておめでとうございます。わたしも迷える子羊1匹(笑)
やいっちさんのブログを今年もこっそり拝読にまいります
でも、時にはコメしちゃうかもよ
よろしくお願いしますね
投稿: 三日月 | 2010/01/01 00:36
三日月さん!
ようこそ!
明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いします。
お喋りに飢えてます!(ひきつった笑い?)
迷える子羊同士、何処か地球の片隅で交錯するかもしれないですね。
お互いに気付くかどうか、分からないけれど。
「時にはコメしちゃうかもよ」なんて言わないで、文章がつまらなくても、折々の写真についても、感想をもらえたらとても嬉しいんです(そのために、不精な小生が画像を載せている…のかも)。
投稿: やいっち | 2010/01/01 13:54
あけましておめでとうございます!!
本年もよろしくお願いします!!m(__)m
投稿: Kimball | 2010/01/02 23:04
Kimballさん
明けましておめでとうございます。
こちらこそ、本年も宜しくお願いいたします。
投稿: やいっち | 2010/01/03 20:50