ドストエフスキーの<命日>にちなんで
いろんな小説家の作品を読んできたし、読み浸った作品もあるが、何と言ってもドストエフスキーの存在が小生には一番、重い。
ドストエフスキーの小説は、長短に関わらず、どの作品も最低、3回は読み通している。
全文を読みきれなかったのは、『作家の日記』で、どうにも退屈でとうとう途中で投げ出してしまった(所収となっている小説だけ、拾い読みしたが)。
全集は二種類、揃えたし、数年前も、『罪と罰』を読了している。
関心を抱く作家(書き手)については、伝記本や評論の類いも読み漁って作家の人となりを少しでも深く知ろうとしたり、あるいは作品の理解を深めようとするものだが、唯一、ドストエフスキーについてだけは、(伝記本で彼の生涯の何がしかを知ることはあっても)、どんな評論を読んでもほんの少しでも理解を深めてもらったという記憶はない。
生意気なようだが、自分がドストエフスキーの作品を読んで受ける感銘の幾許をでも、解きほぐしてくれたとは全く思えなかったのである。
私事で忙しく、今は改めてドストエフスキーについて書く余裕がない。
ドストエフスキーを初めて読んだ時の昂奮を綴ったエッセイもあるが、ここでは、数年前に書いた雑文『ペチカ…サモワール…ドストエフスキー』から一部を抜粋させてもらう。
この日記を書いた際には、小生は『罪と罰』の(少なくとも)六度目の読了と相成ったものだった。
(前略) 今度が少なくとも六度目の挑戦となる小生にとっても(この前、読了してから十年以上が経過しているせいもあろうけれど)、読む文章が新鮮であり、冒頭からその文章力に圧倒され引き込まれていく。若い頃のように体力も気力もないし仕事が控えていることもあって、合間合間に読み進めるしかない現状が情けないけれど、それでも、読んでいる最中はドストエフスキーワールドに耽溺できてしまう。
美は細部に宿る、ではないけれど、主人公のラスコーリニコフが殺人を犯すに至る心理的経緯にしてもじっくり描きこんである(殺人を犯して以降はもっと徹底して描かれてあるのは言うまでもない)。
(中略)
時代。そう、殺人事件が頻繁にマスコミを賑わす。意味があるのか、精神的分析に堪えるのか、愉快犯なのか、実は深い背景があるが、そこまで捜査が及ばないままに有り触れた殺人事件で処理されていくのか、いずれにしても、本来、人の命が奪われる深甚な事件であるはずなのに、隔靴掻痒のままに次から次へと新しい事件が起きて、どの事件も有耶無耶のうちに忘却の彼方へ消え去っていく。
恐らくは誰もがもどかしい思いをしている違いない。
でも、分からない以上は、とにかく犯罪者が捕まればとりあえず一件落着であり当面は安心する。あまりに事件が多いから、逐一の事件に拘泥など論外。
だけど、じっくりと人が人に向き合いたいという思いも誰しもの胸にもあるのではなかろうか。
それを可能にするのは、やはり本格的な文学(作品)にしかないようだ。心理学の本、脳科学の本、物理の本、人類学の本と少しは読み漁っても、科学を銘打っている限りは、まさに科学の俎上からは肝心の何かが漏れ零れる。
科学が科学である限りは、興味深い情報をドンドン提供してくれるし、宇宙論にしても、過去のどんな哲学者や宗教家のビジョンよりも遥かに凄まじい奇想天外のビジョンが示される。
が、ここにいるのは一人の人間に過ぎない。宇宙の広大無辺さと向き合いつつも、同時にその広大無辺さは実は心の中にこそさらに遥かに茫漠とそして混沌として伸び広がっているのだということを痛感させられる。
しかも、その広大さの中には認知症や介護や死の病やといった、徹底して個が向き合うしかない極小の中の底なしの泥沼があったりする。
一人の人間が一人の人間に徹底して向き合うこと。その覚悟のほどが文学作品では歴然と立ち現れてくる。表現せんとする気迫のようなものが一番、明白となるのは、ストーリー展開や文学手法や登場人物のキャラクター云々より何より、個々の叙述にあるのだ。
つまり、小説の紹介では、あるいはストーリーの紹介では端折られる部分だ。美は細部にあり。神は細部に宿る。細部とは瑣末のことではなく、今、ここ、であり、現に向き合っている表現のその都度の本気度だ。
(以上、転記終わり)
なお、小生には、ドストエフスキーに関連する拙稿として、「ドストエフスキーを初めて読んだ頃」や「「蜘蛛の巣」という永遠」がある。
(10/01/27 作)
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