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2010/01/02

年末年始は世間並みに!

 新年である。
 今日は(この日記を書いている時点ではまだ)元旦である。

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→ 大晦日の昼過ぎ、雪が降り出した(既に積もっている雪は、前回の寒波の際の雪が溶けきらなかったもの)

 本来なら、今日、公表する日記で新年に当たっての抱負など書くはずだが、この数年の習慣で、前日の夜に日記を書いて、翌日の日付に切り替わって間もなく公表するというパターンになっている。
 なので、元旦に載せた記事(日記)も前日の大晦日に書いたもの。
 どうやっても、元旦の気分にはなれない(今日になってもなれないでいるが)。

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2010/01/01

我が『若い芸術家の肖像』余談

[本稿を目にする頃には、年が明けている…はず。明けましておめでとうございます。旧年中はお世話になりました。本年も凝りもせず書いていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。]

 信仰について語る
 といっても、信仰とは何ぞやなんてことを考えるのは小生には任が重過ぎる


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← ジェイムズ・ジョイス/著『若い芸術家の肖像』(丸谷才一訳 集英社)

 学生時代のある時期、キリスト教(プロテスタント)に入信するまさに瀬戸際まで行ったことがある、その辺りの思い出を弱冠、メモしておきたいだけである。

 こんな殊勝(?)なことを書こうと思ったのは、丸谷才一が新たに訳したという、ジェイムズ・ジョイス/著の『若い芸術家の肖像』(集英社)を今日、読了したからである。

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2009/12/31

矢でも雪でも持って来い!

 道端には過日の寒波で降り積もった雪の名残りの山が方々に残っている。
 道を空けるため、どかされ避けられた雪が堆積した山である。
 その表面は、ススなのか埃なのか、薄汚れていて、雪とは呼びたくない、無残なだけの冷たい塊である。

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→ 裏庭に育つミカンの木。積もっていた雪がかなり溶けたので、ようやく近づくことが出来た。多くを鳥たちに啄ばまれてしまって、収穫は僅かに籠一つ分だけ。まあ、枝付きのミカンの実を玄関に飾れるだけでも良しとしよう(但し、正月にはちゃんと食べる。奥のチューリップは、母への見舞いに近所の方にもらったもの)

 一旦、こういった雪の山(塊)ができてしまうと、ただただ厄介である。なかなか溶けない。
 表面は、上記したように、僅かながらも黒っぽいのだから、日中、束の間の晴れ間に少しは溶けそうなのだが、気温の低さもあるのだろうか、頑固なまでに形を死守する。

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2009/12/30

走れないメロス

 今日はちょっとだけ感傷的な、少し虚構も交えたモノローグを書きおろしてみる。
 小生の作品の中では、妄想エッセイのジャンルに当たるかもしれない。

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← 真暗な中、街灯が並ぶ道に出ると、ホッとする。多くは、僅かに軒明かりだけが頼りだったりするから。ちょっとだけ、「窓辺の影」など、覗いてみる?

 闇の中を夜毎、這い回っている。
 日によっては同業の者と擦れ違うことも間々あるのだが、逆に全くといっていいほど、人の影と遭遇しないこともある。
 そんな夜は、不思議なもので、ネコの姿さえ、滅多に見かけない。
 まさに孤独な所業である。

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2009/12/29

南天の実も微笑ます日差しかな

 過日、自転車で銭湯へ向かっていたら、お巡りさんに職質された。
 というか、直前の踏み切りを止まらずに通過したので、「おいおい」というわけで、停止を求められたわけである。
 
 うむ! この巡査には悪い予感が。
 なんたって、<前科>がある。

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→ 寒そう。束の間の日差しを浴びても凍えそうな南天。まだまだ冬は本番がこれから。

 南天の実も微笑ます日差しかな

 数ヶ月前、雨降りの日、ビニール傘を差して自転車を駆っていた。
 目的地は生憎、道路を挟んで反対側だが、交番の前を通過するしかない。
 交番の前に立っていた巡査は、我輩を見咎めて、道路越しに、「こら、傘、差して自転車、運転したら、ダメだろう」と、今にも掴まえそうな勢いで言う。

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2009/12/28

自分の居場所

 自分の居場所を考える。
 求める、と書きたいのだけど、現実には求めようもありえなさそうなので、とにかく今は考えるだけ。
 …考える余裕すらないけど、でも、無理にも考えないと自分が溺れ死んじゃいそうなのだ。

 なんて、ちょっと大袈裟?

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← 「マタ・ハリ」 「ベリーダンサーさんサイト情報(続篇)」をアップしました。 (画像は、「マタ・ハリ - Wikipedia」より) 

 まあ、日記だし、呟きに過ぎないのだから、少々の仰々しさも大目に見てもらえるだろう。
 寒い部屋の連なり。
 奥の離れには父母の部屋。
 二人のヒソヒソ話やら咳(つわぶ)く声、息子への愚痴と非難、溜息。
 そして多くは沈黙と闇が襖の向こうに充満している。
 不器用な自分だから、何をやっても寸足らずというか、中途半端に終わってしまう。

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2009/12/27

ちっぽけな胡蝶の夢

 H・P・ラヴクラフト著の『文学における超自然の恐怖』(大瀧 啓裕【訳】 学習研究社)を読んだ。

 怪奇なる世界が、超自然現象などありえるのかどうか。
 せめて、人間の想像力で表現できるのか。

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→ H・P・ラヴクラフト著『文学における超自然の恐怖』(原書名:Supernatural Horror in Literature 大瀧 啓裕【訳】 学習研究社 (2009/09/18 出版))

 …でも、その前に、人の心だって、際限がないと感じる。
 畏怖すべき宇宙。

 以下は、数年前に書いた胡蝶の夢と呼ぶにはちょっと僭越な、ある心の状態のモノクロ印画紙的モノローグ。
 心の貧しさと、貧しさの豊饒さと。

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