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2009/01/24

「ロバート・フック ミクログラフィア以前」アップ…雪が

 昨日の日中までは暖かだった。このまま一気に春を迎えるのか、なんて思っていたら、夕刻から冷たい風と雨が降り始め、夜半には雨が雪に変わっていた。

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← 夜半、茶の間の食器類の片付け、ゴミ集め、お湯差し、火の元の確認…などなどを終え、歯も磨いて、自室でようやくのんびり。拙稿(「ロバート・フック ミクログラフィア以前」)に取り掛かろう、と思っていたら、外が妙に静か。雨が止んだ…? 雪か? そうだった。天気予報がズバリ的中したのだ。大雪の予報も当たるのか…? というわけで、降る雪の日の夜特有の静けさの中、せっせと小文を書いていたのだった

 そして未明には銀世界。朝には十数センチも降り積もっていて、朝食後、早速、雪掻き、雪下ろし、除雪で一時間以上も。
 汗ビッショリ。

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→ 寒さのせいか、トイレに起きた未明には、数センチの銀世界に一変。それが朝には十数センチの積雪。さすがに鳥たちの影はまるで見当たらない。こんな日は杉の木などの枝葉の陰で休んでる? でも、食事はどうしてるの?

 明日の日曜日は、東京で我がサンバチームのニューイヤーパーティがある(「2009年リベルダージ New Year Party」参照)。行きたかった。
 でも、こんな惨状じゃ、論外。
 
 ああ、東京は雪の彼方だ。

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← 朝食後、ちょっと雪掻き、のつもりが、つい剥きになってやってしまって、気が付いたら一時間あまりも雪と格闘。下着も取り替える。これが最後の寒波ならいいけど。積雪は、小生の手の平の幅以上はありそう!


 さて、気を取り直して…、拙稿へ

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2009/01/23

脇目もふらず腋毛のこと(後篇)

 小生、微力ながら、刈り込まれ削られていく体毛の意を汲んで(?)、これまで幾つか体毛(髪の毛)について語ってきた。
 その中で、下記は最も真正面から(?)語っている:
髪は長~~い友達
ヒトはいかにして人となったか』(蛇足篇)

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→ 久しくお姿を拝見できなかった近所の白猫殿(雌なら君だが)、一昨日、見かけたと思ったら昨日も拝顔の栄を賜ることができた。近所の猫で他にも、白と黒のブチ(まだら)模様の猫もいるのだが、そのブチ猫殿も見かけた(こちらは生憎、撮ることができなかった)。やはり、暖かくなって、外を徘徊する機会も増えたのかな。

 是非、一読願いたい。
(言うまでもないが、両者とも…特に後者は駄文である! ちなみに、本稿の題名、当初は「腋毛も剃らずに腋毛のこと」にしようと思ったが、最後に良識が働いて表題のようになったものである(←意味のない注釈)。)

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2009/01/22

脇目もふらず腋毛のこと(前篇)

[本稿は多分、駄文です ? !]

 何年か前、というより時折、思い出したようにぶり返す疑問がある。
 それは体毛のこと。
 何故に人は体毛(のほとんど)を失ったのか(以前、駄文の形で論じたことがある)。

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← 20日の朝、いつもの柿の木にスズメより一回り体の大きな鳥が。

 頭髪(髪の毛)や眉毛、睫毛、脛毛、腋毛、産毛(うぶげ)などを残してほとんど体毛は失われている。
 一昔前は、(例えば加山雄三とか)胸毛などが持て囃された(?)こともあったが(少なくとも小生は彼がブレイクした頃は憧れていた)、今は、あまり一般的には好まれていないようである。

 男性の脛(すね)毛だって濃いのは嫌われていて、若い男性など女性の目を意識してか、せっせと毛抜きに精を出しているとも仄聞する(剃っているところは見たことがない。…見たくない!)。

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2009/01/21

味噌汁だけは…

 小生は料理が好きではない。

 が、郷里にあって老いた父母と暮らす以上はやるしかない。
 でも、苦手なものが得手になるとも思えない。

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→ 17日の朝焼け。

 それでもなんとかやっている… ? !
 小生が一番、料理に挑戦したのは学生時代だった。炒飯だって作ったし、失敗に終わったけれどハンバーグだって作ったっけ。
 まあ、借りたアパートの台所が広かったし、時間があったってこともある。

 郷里に舞い戻って今月中には11ヶ月になる。
 この間、朝・昼・晩の三食はほぼ全て小生が誂えたとは言える。

 誂えた…。やや微妙な言い方だが、食卓に料理を並べたのは、多分、記憶する限りほぼ全て小生だったと思う。
 並べた、というのもややっこしい、煮え切らない言い方だが、要は、かなりな頻度でスーパーなどで買ってきた惣菜などを食卓に並べたという場合が多いわけである。

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2009/01/20

福岡の菅笠、国の重要無形民族文化財へ答申

 15日付の拙稿「母さんのあの菅の笠、どうしたでせうね!」にて、「富山は菅笠作り生産量が全国で一番」だとか、「高岡市福岡地域の菅笠を後世に 技術保存会が発足」といった話題を綴ってみた。

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← 17日の午前、電線に止まっていた鳥。やがて飛び去って畑へ。冬の最中も雪の積もった畑で餌探し。カラスじゃなくて、多分、インコだと思うのだが、さて。

 すると、その翌16日、テレビで後を追うように、続報が。
菅笠作り、国無形民俗文化財」へ、というのだ!
 といっても、決まったわけではなく、「福岡の菅笠」が、「国の重要無形民族文化財へ答申」されたのである。

 決まったも同然か!

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2009/01/19

アンドリュー・ワイエス氏が死去

 今朝(18日)の新聞の片隅に小さく、「米画家、アンドリュー・ワイエス氏が死去 91歳」という記事が載っていた(以下、例によって畏敬の念を篭め、敬称は略させてもらう)。
 なので、急遽、昨夜、この記事を書きおろした。
 いつも以上に取り留めのない日記だが、哀悼の意を篭め、訃報の記事を載せさせてもらう。

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← 「アンドリュー・ワイエス展」(1995/4/15~6/4) 小生が初めて、アンドリュー・ワイエスの画に対面したのはこの展覧会。あまり好きではない渋谷へのこのこ出向いたものだった。複製画など買ったりして(今も所蔵)。(画像は、「弐代目・青い日記帳  「アンドリュー・ワイエス」展」より。)

 また一つ、天の星が消えてしまった。
 世界が寂しくなる時でもある。

 A・ワイエスの訃報に小生は驚いた。
 恥ずかしながら、同氏は既に歴史上の人物と勝手に思い込んでいたのである。

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2009/01/18

フランケンシュタインショック!

 二ヶ月ほど前、「フランケンシュタインと出産の神話(前篇)」や「フランケンシュタインと出産の神話(後篇)」なる記事を書いた。

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← メアリー・シェリー『フランケンシュタイン』(山本 政喜訳 角川文庫) (画像は、「松岡正剛の千夜千冊『フランケンシュタイン』メアリー・シェリー」より。シェリーの小説『フランケンシュタイン』理解については、この書評が相当程度、参考になる。文学夜話的な面白みに満ちているのだが、文学史に詳しくなくとも、ジョージ・ゴードン・バイロン卿を巡る男女四人物語、そして「1816年のジュネーブ郊外のディオダディ荘が世界文学史を変えてしまった」話は是非に知っていたほうがいい。単に好奇心であっても。)

 エレン・モアズ著の『女性と文学』(青山誠子/訳 研究社)などをネタ元に、横山泰子が、小説『フランケンシュタイン』で作者のメアリー・シェリーという女性が描きたかったのは、通常考えられているようなことではなく、実は、「母性不安と結びついた「出産の神話」である」という説を紹介していたので、小生には目新しい説なので、ちょっと採り上げてみたのである。

 小説『フランケンシュタイン』についての基本的な疑問についても(素朴すぎて誰も触れていない?)、上掲の記事の中で書いている。

 が、こんな小文を綴っておきながら、内心忸怩たる思いがあった。

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