「スキー靴の思い出」は何処へ?
今日は、ピアニスト・アルトゥール・ルービンシュタインの命日だという。
なので、ルービンシュタインを巡って弱冠のメモを綴ろうと思ったが、昨日今日と続いた雪掻きに体は芯から疲れていて、何も書く気になれない。
まあ、ちょっとしたエピソード話は昨年、書いたので、今日はやめておく。
→ これは茶の間から窓越しに裏庭を眺め撮った昨日(18日)の光景。今日はこの上さらに雪がどっさり降った。もうこちら側は雪掻きを放棄。
それより、雪掻きで大変だ、という悲鳴めいた日記を昨日、書いたら、ある人から私はスキーが出来るので(申し訳なくも)とても嬉しい、なんてコメントを戴いた。
なるほど、それもまた、実感だし、正直な話だろう。
実際、今日夕方のテレビでスキー場のオープンの日にまとまった雪が降って、タイミングを合わせてくれたようで、大変、嬉しい、助かる、なんて話題も見聞きした。
雪掻きにうんざりしている小生には、ちょっと小憎らしく妬ましいが、羨ましくもある。
しかーし、スキーへ行った思い出が自分にだってないわけじゃない。
まずは、それこそただの平地(田畑)でのスキーと呼ぶのも気恥ずかしい、ガキの頃の思い出話:
「真冬の明け初めの小さな旅」
しかし、スキー場でのスキーを巡っての思い出話となると、何と言っても「スキー靴の思い出」だ。
なんたって、小生が初めて本格的なスキー場(越後湯沢か塩尻・石打だったか忘れた)でスキーに挑戦したドキュメントタッチの話なのだ。
が、悲しいかな、続篇(の一部)が見つかったが、前篇が見当たらない。
しかも、続篇にしても、中途半端で終わっている。続篇の続篇というか完結篇が見つからないのだ。
あるいは、書かないままに放置してしまったのか。
「スキー靴の思い出(続編)」(02/02/08)
女子社員など同僚ばかり数人でのスキー列車旅行だ。気分は高まっている。少々、面倒臭がり屋の小生も、滑れるのかなという不安と、でも雪原を思いっきり滑り回る自分の姿を思い浮かべて、気持ちは先走るばかりだった。
トンネルを抜けると、まさに雪国になっている。しかも、快晴というこれ以上ないコンディションにも恵まれた。いよいよだ。
他の皆は、もう、何度となくスキーは経験している。中の一人は、初心者だというが、それでも、数回は滑っているという。聞くところによると、最初はゲレンデで一人、取り残されて泣きべそをかいたという話だ。自分がそうならない保証はどこにもない。
さて、ロッジの目の前にスキー場が迫っている。小生は、他の皆が早々とスキーの装備を固め、颯爽とスキー場のリフトへと向かっていく中、グズグズするばかり。そう、元々、小生は無器用で初めてのものに慣れるには、人より時間が掛かるのだ。
しかも、実はスキー靴が小さい、小さすぎるという現実を今、ひしひしと感じざるを得なくなっている。足の爪を折り曲げるようにして、やっと足を靴に押し込んでいるという感じ。「これは、先がやられるな…」そんな不安を誰に打ち明けることもできない。今更、後に引けないという妙な男のプライドもある。やるっきゃないのだ。
さて、とりあえず、オートバイ用のウエアを羽織って、やや珍妙ではあるが、しかし、ガキの頃の恰好に比べれば、格段に近代的な装備で身を固めているのだ、これで滑れないわけがない…。
ところが、もう、問題が生じている。ロッジの目の前にリフトの乗り口があるのだが、何故か、ロッジを一旦、緩やかだが坂を滑り降り、更に登って初めてリフト口に辿り着ける段取りとなっている。その最初の下って登る十数メートルの「谷」をスキー板を履いては越えられないのだ。
なにしろ、こんな急な坂(経験者には坂と呼ぶのも気恥ずかしいものだろう)は、生まれて初めてのことだ。田舎のスキー山なんて、目じゃない。まして、屋根からの雪と雪掻きされて堆積した雪の小山から滑り降りるのとは、わけが違う。
見渡すと、何人か小生と同じく、立ち竦んでいる連中がいる。但し、みんな女だ。男は、悲しいかな小生一人。こうなっては、負けてなるものかと、目を瞑るつもりで、坂を下ったが、案の定、底に辿り着く前に、もう、怖くなって尻餅を着いてしまった。人工のコブを幾つか作って、さて、なんとか、底までやってくると、今度は登りである。それは当然だ。
が、下りは引力が協力してくれるので、黙っていても、転げまわれば、落ちるところまでは、只で小生の体を運んでくれる。その点、登りは、ひたすら自力に頼るしかない。
スキー板を脱げばいい。脱いで、スキー板を肩に担いで登れば、それで済む話だ。きっと、みんな誰しもそう思うに違いない。実は、小生も何度、そう思ったことか。けれど、周りを見ても少なくとも男は誰一人、そんな気の利いた野郎はいないのだ。小生の苦渋を察して、一緒に、スキー板を恰好よく担いで登る奴が、一人ぐらい、いたっていいものなのに。
世間体を何より重んじる小生は、だから、とにかく意地である。男の意地が、こんなところにも顔を出す。みると、さっきは小生と同様、ロッジの前でイジイジして躊躇っていた女性たちも、とっくに坂を上りきってリフト口で順番待ちの列に加わっているじゃないか。
俺だけか! 俺だけが置いてきぼりなのか。俺の仲間はどうしたんだ。すると、連中は、順番待ちの列のほとんど先頭付近にいて、談笑したり、ゲレンデを眺め上げたりで、小生の胸中を察するものなど、一人もいない。
そりゃそうだ、みんな、もう、滑りたくてならなくて、ウズウズしているんだ。考えても見るがいい。みんな、今、スキー場という御馳走を前にしている。もう、涎が零れそうなんだ。今すぐにも齧りつきたいんだ。それなのに全くの初心者と一緒に滑るということは、つまりは一口ごとに箸をスプーンをその手を食べかけの口を止めなければならないのだ。そんなわけに行くかってんだ。それが味を知り尽くした者たちの心情なのだ。誰にも、無情な奴等だと、非難など出来ないのである。
ウジウジクズクズの小生とは雲泥の差の境を彷徨っているのである。ただ、それにしても、初心者には連中が恨めしいのである。ああ、俺もいつかは、あの境を楽しげに漂う日が来るのだろうか。
そう、もう、小生はスキー靴のことなど、とっくに忘れている。そんな問題は極限にまでしぼんでいる。今は、とにかく、リフト口のある岡の上まで辿り着くことが先決問題なのだ。
空は真っ青である。日差しは強烈にゲレンデを煌かせている。眩しいくらいだ。しかも、雪はたっぷり降り積もっている。夏の日差しが一日、降り注いでも、びくともしないだろう。小生は、そんな中で、まだ、坂の途中だ。夢の途中なんて、歌があったけど、我輩は一言、夢中だ!
でも、安心して欲しい。汗だくになりながらも、小生は何とかリフト口に辿り着いたのだ。汗びっしょりになっている。正直言って疲労困憊である。多分、ベテランが一日たっぷり滑った以上の運動量を既にこなしているはずである。
なのに、リフトの順番待ちの列の最後尾に着いただけとは。トホホである。まだ、一日は始まったばかり。しかも、言い忘れていたが、このスキー合宿は一泊して翌日もしっかり滑ろうという算段になっているのだ。なんてこったい。
もう、小生は腹一杯、胸一杯になっている。日頃は優しくしてくれる女子社員どもが憎たらしいような冷たいような、女の本性を見たような気分だ。ああ、裏飯屋、もとい、恨めしや。
さて、でも、とにもかくにも小生の番がやってきた。
いよいよだ! 負けないぞ!
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