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2009/12/28

自分の居場所

 自分の居場所を考える。
 求める、と書きたいのだけど、現実には求めようもありえなさそうなので、とにかく今は考えるだけ。
 …考える余裕すらないけど、でも、無理にも考えないと自分が溺れ死んじゃいそうなのだ。

 なんて、ちょっと大袈裟?

Matahari_2

← 「マタ・ハリ」 「ベリーダンサーさんサイト情報(続篇)」をアップしました。 (画像は、「マタ・ハリ - Wikipedia」より) 

 まあ、日記だし、呟きに過ぎないのだから、少々の仰々しさも大目に見てもらえるだろう。
 寒い部屋の連なり。
 奥の離れには父母の部屋。
 二人のヒソヒソ話やら咳(つわぶ)く声、息子への愚痴と非難、溜息。
 そして多くは沈黙と闇が襖の向こうに充満している。
 不器用な自分だから、何をやっても寸足らずというか、中途半端に終わってしまう。

 会話が成り立たない。
 自分の発声が父や特に母の耳には聞こえないか、聞こえても言葉になっていないらしい。
 それでいて、息子は親と会話しないと愚痴を言う。
 来る人、来る人に愚痴を言う。
 非難めいた愚痴。
 とうとう自分は悪者…でなければ、冷たい息子。


 父母の寝所と隣りの部屋を隔てる廊下は凍て付いた不可視の壁となっている。
 洗濯に料理に買物に、薬の手配に、雪掻きに、灯油の買出しに、町内会の雑用にと、追いまくられるような日々を送っている。
 それでも、父母の部屋に行くと、あんた、おらんかったがかと思っとった、などと皮肉を言う。
 せっせとお粥(かゆ)やら味噌汁を作っていたんだ!
 オカズは大概、残してしまうから、お粥や味噌汁に具材をいろいろ入れて、オカズを食べなくても、栄養が満ちるように。
 あるいは看護師さんに勧められた栄養たっぷりのドリンク剤を温めて、それだけでも栄養が足りるようにする。
 そんな労苦も、母の皮肉で水の泡。

 冷たい氷の廊下は溶けそうにない。
 愚痴は非難に変わっていくだけ。
 もう悪者で怠惰である息子という定評は固まってしまったみたい。

 自分には言葉がない、足りない。
 そもそも通常の発音ができない。
 健常なときの父母でさえ、自分を碌に会話の相手にしなかった…。
 自分を気遣って?

 事なかれ主義でその場を糊塗しただけじゃないの、このオレを会話の場から追い出した、置き去りにしたんじゃないのって、言いたいけど、そこは我慢。
 誤解という氷山は溶けそうにない。
 地球温暖化とは真っ向から逆を行く我が家…というより自分の周辺。
 言葉が形を成さない時、どうしたらいい?

 今まで何十年も、父母が会話の外に置いてきた自分なのに、この期に及んで、父母と会話しない息子なんて非難されても、それはあんまりじゃないの?
 母と二人きりの時、オレが何か喋っても、母は聞き取れないと、普通の人なら聞き直すのが、決して、もう一度、聞いて、何を言ったかを確かめようとはしなかった。
 母特有の曖昧な笑みを浮かべ、窓外の景色を眺め、聞かなかったことにして、他の話題に移るか、何か用事を探す。
 オレがガキの頃、オレが喋ったことが分かってもらえなくて、泣き喚いたりした、そんな遠い昔のことが母にはトラウマになっている?
 でも、それって十歳にもならない昔のことじゃない。
 なのに、その後もずっと、ずっと、オレのことを腫れ物に触るような扱いって、それは親として、あまりに事なかれ主義過ぎるんじゃなかったの。

 オレは置き去り!
 オレが喋ったことが分からなかったら、せめて一度くらいは、聞いてくれたらいいのに!

 その場さえ、穏便なら、それでいいの?
 置いてけ堀のオレは、どうなるの?

 そんな生活を何十年も続けてきた。

 でも、今では、碌に会話の相手にならない冷たい息子という評価が一層、固まっていく現実があるだけ。
 できることをする。
 自分なりに!

 夕方ともなると、真暗な家。
 自分が明かりを灯さない限り、真暗なのは当然だけど。

 茶の間の窓から外を見ると、宵闇の中、家々の窓には明かりが灯っている。
 食事時。
 冷え切った茶の間を少しでも暖めようと、ファンヒーターのスイッチを入れる。
 明かりを灯す。
 少しは世間並み?
 
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 真暗な中、父母の部屋は、午後の仮眠から目覚めて、もう、明かりが灯っている。
 今は、父母がとにもかくにも健在。
 父母が居てこその自分。
 愚痴を口にしながらも、苦労しているなどと悲鳴を上げつつも、それでも、頑張れるのは父母が居るから、でもある。
 真暗なはずの宵の家に僅かでも明かりが灯っているのは、父母が居るから、なのだ。

 父母という明かりが灯っている。
 辛うじての灯明。

 その遥か彼方の灯台へ言葉で架橋することができない以上は、行為で仮の橋を架設し続けるしかない。
 誰からも冷たい、出来の悪い息子と看做されようと、自分にできることをやるしかない。

 他にどうしようがある?

 …ただ、自分の居場所は見つかりそうにない。
 想像の中でさえも。

                                  (09/12/27 作)

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コメント

こんにちは。
ほとんどコメント等残せませんが、時々お邪魔しています。

一番、分かってもらいたい人に分かってもらえないのは辛いですよね・・・
でも、やいっちさんは精一杯頑張っていると思いますよ。
なんて、見ず知らずのwebで少々やり取りしただけの者が書いても、まったく意味はないのかもしれませんが。

自分は数年前に母を亡くしましたが、しばらくの間は子供の頃に母から受けた傷が疼いて疼いて、どうしようもなく辛かったです。なんで生きているうちにその事の真意を尋ねておかなかったんだろうって。

やいっちさんの苦しい気持ちは、どうするのが一番良いのか私には分かりませんが、日記を読ませていただいてそんなことをふっと思い出しました。

大変な時期とは思いますが、どうぞ良い年が迎えられますよう。

投稿: 縷紅 | 2009/12/28 15:25

縷紅さん

父母、お医者さんの話によると、御陰さまで内臓の機能が丈夫にできているとかで、あと十年は、寿命が期待できるとか。

それは目出度いことだけど、小生が持つかどうか、自信がない。
適当に息抜きなどしたいけど、要領が悪くてダメ。

>自分は数年前に母を亡くしましたが、しばらくの間は子供の頃に母から受けた傷が疼いて疼いて、どうしようもなく辛かったです。

子供の頃のトラウマって、親も子も、ずっとあとまで尾を引きますね。
あるいは一生?

それもまた、親と子の絆、なのでしょうが。


小生は、読書と音楽と、今はたまの銭湯が楽しみ(ホントは、お喋りが好きなんだけど、相手がいない)。
明日は、その銭湯に絡む小文を書きます。

投稿: やいっち | 2009/12/28 20:45

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