« 木版画家・鈴木敦子展へ | トップページ | 我がタクシードライバー時代の事件簿(7) »

2009/12/01

雨の闇夜にタヌキと出遭ったよ

 真夜中過ぎに、暗闇の中、バイクでのアルバイトをしている。
 北陸は富山という土地柄もあり、多寡はあっても、ほぼ毎日、天には雲が居座っている。
 快晴の、それも満月にでも恵まれるか、街灯や軒灯などがない限り、とにかく暗い。
 それが雨でも降ろうものなら、気分まで真暗、憂鬱である。

2009_1129071003tonai0016

← 我が家のミカンが収穫の時期を迎えつつある。昨日、早速、一枝分、収穫してみた。除草剤もだが肥料も何も与えていない。だからか、甘くはない…しかし、酸っぱくもなく、結構、美味しかった。ザルにたっぷりの収穫が期待できそう。

 バイクで丑三時過ぎの郊外の町を走っていると、いろんなものを見かけるし、いろんなものに出会う。
 車や他のバイク、自転車などは別にして、生き物というと、ネコが遭遇する動物の最たるものだろう。
 闇の中、道端や軒先の陰や側溝や電信柱の陰など、あるいは想像を超える場所からひょっこり姿を現す。

 ネコと認識するまでのほんの一瞬が恐怖である。
 最初に視線の隅を過(よ)ぎるのは、あくまで影である。
 黒い塊がその片鱗を示す。
 動く…ような、止まっている…ような、それとも、ただの得体の知れない塊に過ぎない…のか。

 が、暗闇の中であっても、動きで直ちにネコと判明する。
 それで安堵する…かというと、さにあらず、やはり闇の中を蠢く物体というのは、ネコと分かっても、不気味である。

 闇の中の黒い猫。
 暗闇の中なのだから、よほど体毛が白か明るい色でない限りは、黒っぽく見える。
 闇夜では、みんな黒猫か、黒猫もどきなのである。
 そんな黒い影が、ヘッドライトに照射される光の帯の端っこに一瞬、浮かび上がり、即座に消え去っていく。

 猫だって、慌てている。
 いや、むしろ、猫のほうこそが慌てて、焦っているのかもしれない。
 ドキドキし、こちらを警戒しているのは、猫のほうだと断言していいのかもしれない(人間と猫のどちらがドキドキしているのか、比較しようがあるのかどうか、小生には分からない)。


 さて、俗説で、疑問としてよく言われる(ような気がする)のは、何故、ネコは、車(やバイク)の直前を過ぎるのか、である。
 確かに、そんな経験をしばしば持つ。
 車の直前を横切って、側溝へ、物陰へ急ぐネコの影。

 が、これはある程度までは当然なような気がする。
 ネコに限らず、車の後を横切る動物など、バックミラーを凝視しない限りは見えないし、気付かない。
 では、車の前方、一キロ…と言わずとも、百メートル先を横切ったネコに気付くか。
 まあ、最近のヘッドライトは(上向き照射を推奨されていることもあり)明るいから、ヘッドライトに姿が点として照らし出される可能性は十分にありえる。
 しかし、かりにそんな動物の動きに気付いても、ドキドキなどしないだろう。
 やはり、下手すると自分の運転する車で轢いちゃうかもしれない、という事態に見舞われて初めて、ドキッとするのが普通だろう。
 ってことは、つまりは、ネコ(に限らないが)は車の直前を横切る…のではなく、直前を横切ったネコ(などの動物)の影が印象深いから、ネコは変な奴だ、不思議な奴だと思ってしまう、のかもしれない。
 しかし、実際には分からない。
 ネコが急激に近づく巨大な物体に驚き、慄き、パニック状態に陥って、切羽詰って、人間の常識では考えられない行動に出てしまう、とも考えられなくはないからである。


 さて、数日前のこと、小生はタヌキを見た。
 その日は本降りの雨の日で、情けない思いをしながら、それでも責任感とプライドを胸に、健気にバイクを走らせていた。
 すると、ある大きな団地の一角で、ヘッドライトの光の帯の一角に動くものが。
 ネコ?
 ネコにしては、ややメタボ過ぎる気がするが、しっかり確認する暇もなく、その生き物は側溝へ姿を没した。

 それだけで終われば、また、ネコを見かけたというだけで、記憶の海の底にあっさり沈み込んでしまって、特段の印象も残らなかったはずである。
 が、その生き物は、カーブするバイクのヘッドライトに驚いたのか、あるいは、自分ではちゃんと隠れたはずなのに、光のほうが追いかけてきてパニックに陥ったのか、側溝から再度、姿を現した。
 そいつは、今度は、足元は見えなかったが、半身以上の姿を光に晒してしまった。


 ネコにしてはずんぐりむっくり。
 タヌキ?
 体型はタヌキ。
 でも、タヌキ体型のネコだってありえるだろう。
 が、顔がまさしくタヌキ。
 タヌキの顔のネコってのも、ありえないではないが、小生の目は誤魔化せない。 
 間違いなく、タヌキである。
タヌキは自動車のヘッドライトにすくんでしまう習性があ」るというから、やはり、臆病なタヌキが竦んでいたのだろうか。

 ほんの一瞬だが、目と目が合った!
 
 まあ、富山市にタヌキがいたって不思議はない(多分)。
 もしかして、地元の方は、しばしば見かけているのかもしれない。
 しかし、小生は富山では、しかも、郊外とはいえ、住宅街の一角でタヌキを見かけたのは、昨年の二月末に帰郷して以来、どころではなく、多分、生まれて初めて、である。
 
 と、ここまで書いて、(愚かにも)たった今、思い出した!
 昨年の夏だったか、小生が見かけた場所より、もう少し市街地に近い住宅街で、夜半過ぎだったかに、車で走行中、タヌキを見かけたことがあったのだ!

Shigarakiyaki

→ 「信楽焼きのタヌキ」 生憎、雨だったこともあり、カメラは持参しておらず、撮影できなかった。仮に持っていても、雨夜の中では撮れなかっただろうが。 (画像は、「タヌキ - Wikipedia」より)

 ところで、タヌキって、どうしてタヌキという名称なのだろう。
 ネコについては、寝子なんて俗称(別称)があったりして、名前の由来があれこれ言われるが、タヌキについても、名前の由来があるのだろうか?
狸をタヌキと読ませる最も古い文献は、九三〇年頃成立の『倭名類聚抄』である」というが、小生が知りたいのは、何ゆえ、「タヌキ」という呼称なのか、である。
 少々、メタボっぽい体型が、やや緩みを感じさせ、喰っちゃ寝の手抜きの生活を連想させ、その手抜きがいつしか転訛してタヌキに変わったのではなかろうか、なんて説は、一頃の小生自身の自堕落な生活を思い出しての思いつきである。

 
タヌキは金の精霊であ」るという。
 ってことは、小生にも金運がやってくるということか。
 一方、「ネコと同様、死のシンボルとしての側面も持っていた」というから、それだったら桑原桑原である。

 タヌキについては、語るべきことがあまりに多い。
 ブログでちょっと片手間に触れる程度では済まない動物(象徴)なのだ。
 これ以上、書くと騙りになりそうだし、この辺りで、切り上げておく。

                                (09/11/30 作)

|

« 木版画家・鈴木敦子展へ | トップページ | 我がタクシードライバー時代の事件簿(7) »

オートバイエッセイ・レポート」カテゴリの記事

写真日記」カテゴリの記事

富山散歩」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

駄洒落・戯文・駄文」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/52847/46900201

この記事へのトラックバック一覧です: 雨の闇夜にタヌキと出遭ったよ:

« 木版画家・鈴木敦子展へ | トップページ | 我がタクシードライバー時代の事件簿(7) »