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2009/12/19

雪掻きの一日

 今日は、雪掻きの一日になった。
 朝、父母がデイサービスにお世話になる、その迎えの車や人たちのため、庭の雪掻き。
 汗ビッショリ。

 午後、夕食などの材料を買うため、車で外出。
 午前中は、そこそこの雪だったのが、午後にはさらに激しい雪に。
 車も雪に埋もれている。
 車の上の雪も含めて雪掻き。 
 吹雪くような降雪と積雪の中、買物を終え、やれやれと思う間もなく、父母らの帰宅の時間が近づいている。

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← 午後3時過ぎ、雪掻きを終えての光景。

 午後の3時から一時間弱、雪掻き。
 それまでの雪掻きなど、雪の中にあっさり埋もれて見えない。
 また、汗ビッショリ。
 母を出迎え、父を迎え、二人にコーヒーを出してもてなす。

 夕方、食事の世話や片付けが済んでから、テレビで束の間の休憩と行きたかったが、夜にはヘルパーさんが来てくれるので、車が止められるよう、庭の雪掻き。
 そう、3時から4時までの雪掻きの甲斐もなく、既に庭の車止めスペースは雪に埋もれているのだ。
 またまた意地になって雪掻き。
 汗ビッショリ。
 今季初の本気の雪掻きで、鈍った体はもうヘトヘト。
 これでも、木々や屋根に降り積もった雪の雪下ろし作業は省いている。
 松も杉も何もかもが雪にうなだれている。
 無論、小生が一番、うなだれている。
 情けないけど、疲れきって何もできないし書けない。

 昨日も紹介したけど、ふと、昔、帰省して雪の正月を迎え、雪掻きしつつあれこれ思ったことを綴った小文を思い出したので、それを再掲しておく。
 ちょっとした感懐、感傷。

                          (以上、09/12/18 作)

雪掻きあれこれ

(前略)4日の午後までは市街地には全くといっていいほど雪はなかった。年末に二度ほど30センチほど積もったらしいが、その名残が日中でも日の当たらない、屋根から落ちた雪が溜まったままの場所に、少々垣間見られるだけなのだった。
 降り出したのは、昨日の昼ごろからである。が、積もりだしたのは、午後の3時過ぎからだった。積もりだすと、あっという間である。夜には10センチほどになった。しかし、それも夜半には一旦、雪も止み、予報が言うほどには降らなかったなと思いつつ夜半過ぎに寝入った。
(中略)
 起きると、外が明るい。あれ? 予報の大雪とは話が違う、晴れてるじゃないかと窓を開けると、びっくりである。一面の銀世界、しかも、積雪が50センチ近くになっている。
 ほんの一晩で、こんなにも世界が変わるなんて。
 こんな経験は、田舎に暮らしていた頃は当たり前のように経験していた。そう、昭和の40年代の後半くらいまではピーク時には最低でも1メートルは積もるのが当たり前だった。
 それも毎日、少しずつというのではなく、日を置いてドカッという感じで降るのだ。降るときは容赦なくなのだ。午前中に一度、雪掻きをし、日中のまだ明るいうちにやり、どっぷりと暮れた頃にやり、寝る前にもう一度、念のためにとやる。

 それでも、雪は降り続く。昼行灯の自分だが、何故か雪掻きだけは好きだった。屋根の雪(といっても、屋根の上に登っての雪掻きは、父の手伝いの形でしか許してくれなかった。だから庇から食み出る部分を竹竿で叩き落すのみ)、杉や椰子などの木立に積もった雪、生垣に巨大な綿帽子のようにしてスッポリ被さっている雪、無論、庭の表の道へ通じるための道や裏の納屋へ玄関口から向かうルートの確保など、最低の課題である。
 帰京する日が一日ずれたばっかりに、昔の豪雪の日の記憶が蘇るような体験をすることができたのだ。蘇らないのは父母の積み重ねた年齢であり、怠けきった自分の体と心だ。あの、豪雪が当たり前だった日々、遠い将来の自分がこんな情けない人間になるとは、到底思わなかった。いくらなんでも、これじゃひどすぎると思う。
 が、これが現実なのだ。歳月の堆積にただ安易に流された当然の結果なのである。

 一日、上京がずれることが、このような体験となったのなら、きっと天の配剤、報いなのだろうと思ったり。
 昨年の正月も幾度か雪掻きをしたが、その翌日、晴れてしまって、雪が呆気ないほどにペシャッと溶けてしまったものだった。前日の汗びっしょりの苦労は何だったのかと思わせられるのだ。でも、これが雪国に住むものの定めなのだ。
 一日、待てば、もしかして晴れ上がり、屋根の雪も、道路の雪も一気に溶かし去ってくれるかもしれない。でも、そうでないかもしれないのだし、仮に明日、予報で晴れるのだと分かっていても、今、とりあえず人が通るための道を確保する必要がある限りは、せっせと雪を掻き、汗を掻き、湯気を吹いて、黙々と労苦を重ねる以外にないのだ。
 晴れれば消え去る意味のない労苦。なんとか頑張っても、降り止むことのない空。

 好きな小説の一つに川端康成の『雪国』がある。若い頃、幾度、読み直したかしれない。あの夢のような、象徴の海の底の真珠のような小説。
 今、読み直したならどんな感想を持つだろうか。あの遠い日の自分は雪をものともしない若さがあった。東京への憧れがあった。田舎を去りたいと願っていた。そして都会へ出るという最初の志だけは果たした。あの頃は、自分には『雪国』は、主人公の島村に共感しつつ読めていた。
 たまさかに雪国に赴き、その地の芸者に出会う。それは『伊豆の踊り子』と同じ設定だ。あくまで主人公は(語り手は)旅人なのだ。当時の自分も旅人として芸者や芸人を想い、一抹の夢を追うことが出来た。

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→ 午後の四時ごろ、茶の間から窓ガラス越しに、裏の作業小屋や畑の方角を見遣る。雪はこのあと、さらに夕方までに十数センチ、積もった。明日朝までにはどれほどの積雪になることやら。

 雪は美しい。遠くで眺めている限りは。芸者も芸人も、たまに遊ぶには楽しい。遊び相手として恥の掻き捨てをするだけなら。
 でも、根雪の中で暮らす人は違う感覚を持っている。雪が嫌だからと、芸者であることが辛いからと逃げ去るわけにはいかない。旅人が去ったガランとした部屋。人気のない部屋のなんと寂しく冷たいことか。芯まで冷える。そして雪は降り続くのだ。
 こんな感懐を抱く自分も明日は上京する。都会では名の知れない片隅で人知れず日々を送り、田舎では馴染む人もいなくなって根無し草。もう、旅人でさえない。共に歩く人も、ただの一人も居ない。明日は茫漠たる闇である。深い雪の山の道なき道を歩く。
 闇の道は、雪の道より始末に終えない。そもそも道も雪もないのだ。掻こうにも掻きようがないのだ。空無の細い筋を辿るがごとく、しかし辿りようもなく歩き続けるのである。
 さて、こんな感懐を抱くことが出来るというのも、雪のお蔭だし、正月のお蔭なのである。その意味では雪に感謝しないといけないのかもしれない。

                            (03/01/05 作)

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