我がタクシードライバー時代の事件簿(5…後篇)
事故があった祝田橋交差点は、桜田門にある警視庁から徒歩でも数分の場所。
しかし、管轄は丸の内警察署ということで、事故の処理も丸の内警察署だった。
生まれて初めて警視庁の館内に入れるかも、なんて期待は呆気なく萎んでしまった。
← 久々に仕事や買物以外で外出。といっても、図書館へ本やCDの返却に行っただけ。時間がなくて、借りるCDも、モーツァルトにバッハにショパンのもの。聴いたことのない作曲家や演奏家のCDを物色したいが、そんな余裕もない。路肩の落葉を撮ろうとしたら、小生の影が。
さて、本稿は、「我がタクシードライバー時代の事件簿(5) 小生、事故の当事者となるの巻」の続篇(後篇)である。
事故は、事故そのものも大変だが、後始末もなかなか面倒。
小生は事故に巻き込まれた立場、つまりは被害者なのだが、それでも、誰にもぶつけようのない不満や愚痴もある。
事故の始末での売り上げの減少など、すでに不況下にあったタクシー稼業にあっては、涙するしかない痛みなのだった。
会社に帰ってから報告するために、車内で必要な事項をいろいろ記入していた。相手方の名前や住所(免許証の確認)、勤め先。車の持ち主。保険の有無。
そのうちに、事故現場の住所を記入する必要が生じた。
お巡りさんに聞いたら、分からない、という。
でも、そのお巡りさん、後でさり気なく、パトカーの無線でどこかに聞いている。
で、小生もあとで、さり気なく住所を聞く。
すると、「千代田区皇居外苑一番」なのだという。
こんな住所のあることを小生は初めて知った。で、改めて周囲を見回して、そういえば皇居のお堀の巡りだよなー、と感心。
→ イチョウだろうか、真っ黄色の葉っぱが青空に映えて爽やか。上手く撮れない! 中学生とか高校生の頃、授業中に窓外のイチョウ並木の葉っぱが陽光を千々に乱す光景を眺めていたっけ。自宅では、茶の間の窓から庭の隅っこにあった柿の木にぶら下る、カラスにも見放されたのか、ほんの数個、残っている朱色の柿を眺めるのが好きだった。
そのうちに、応援のメンバーも来て、現場検証が始まった。小生は、まだ、事態を飲み込めていない。警察官も何も説明してくれない。あれだけの事故なのに、あんなでっかい交差点で現場検証だなんて、大袈裟だな、なんて、思っていた。先方だって悪いと認めているんだし、そんな必要があるのかな、なんて、呑気に思っていた。
粛々と検証が行われている。せっかくなので、持参していたデジカメで写真撮影(写っているかどうか未だ確認していない)。
相手方の男はライトに反射するベストを着て立ち会っている。
小生は、所在無く立ち尽くす。無数の車が、怪訝そうな顔をして通り過ぎていく。二台の車は交差点で止まっているのだから、迷惑この上ないのだが、止めた途端、先方の車は動かなくなったのだから仕方ない。
小生は撮影もしたし、お堀を眺めたり、半月の月を眺め上げたり、あーあ、これで今月の売り上げは足切りを下回ってしまうなと嘆いたり、吹き渡る風の冷たさに情なく感じたり。
やがて、現場検証も終わり、お巡りさんが、パトカーが先導するからついてきてくださいという。ええ、どうして小生がと思ったが、断るわけにもいかない。
まだ、小生は事態が飲み込めていない。
トロトロと走って、丸の内警察署へ。警察署の建物の入り口脇にタクシーを止め、警察署内へ。すでに男は先導するパトカーから署内へ連行されているらしい。
男は取調室にいるらしいが、小生は警察官か刑事たちの大部屋へ。そこで年輩のお巡りさんに、いろいろ聴かれ始めた。それも何だかやたらと細かく尋ねてくる。もしかしたら、オレのこと、疑っている? 何か落ち度があると疑っている? と不信の念を抱いたが、そこはそれ素直な小生は、唯々諾々と答えていく。
ああ、煙草、吸いたかったらどうぞ、という。僕はいいです、と答えると、じゃ、私は失礼して、と吸い始める。
なんだ、オタクが吸いたかったのね。
← 川面には水鳥が。今日は昨日とは打って変わって暖かだけど、でも、水、冷たくないのかな。
それから席を立って、隣室へ。
出てきたと思ったら、コーヒーを持ってきてくれた。砂糖と粉ミルクのポットも併せて。この待遇でやっと小生は、こちらの落ち度に関しては何ら疑っていないのだと悟った次第だった。
そのうちに、男が事情聴取されている部屋から別の警察官がやってきて、男を留置しますが、何か、と、小生に事情を尋ねている警察官に聞いてくる。
もしかして、留置って、男は逮捕されたんですか? と聞いた。
すると、小生の相手をする警察官は、事も無げに「そうですよ」と答えた。
「だって、酒酔い運転ですもの、当然でしょ、今、酒にこんなに厳しいのに、そんなことはドライバーなら、分かっているはずなのに、呑んで、そして信号無視でしょ。当然でしょ」
小生、この時点でやっと事態が飲み込めたのである。
パトカーの中で男は事情を聞かれただけではなく、アルコールの検知もされたのだということ、警察官達が結構、ものものしい表情で現場検証をやっていたこと、男はシュンとしていたこと、取調室で何人かに囲まれて聞かれていること、そして、小生が警察官に仔細に事情を聞かれている理由。
覗き込むと、警察官が書いている用紙の上には、供述調書とある。
そうか、小生は供述を取られていたのだ!
この小生の勘の悪さには、我ながら感動するばかりだった。
供述をとられる中で、最後には、小生の月収までが聞かれた。
逮捕した男との関連で細かく調べるのは仕方ないとして、どうして月収まで聞かれるの、今の小生には、何よりも月収を聞かれるのが一番、つらいのに。
それでも正直に答えたけど。同年輩の警察官たちの半分くらいじゃなかろうか、ね。
供述書に署名、捺印。しかし、判子がないので拇印。これで小生も指紋を取られたので、悪いことはできなくなったね。
現場検証が終わったのは、真夜中の一時を回っていたかどうか、供述書の作成が終わったのが、2時を十分ほど、回っていたかどうか。
最後に、写真撮影をするという。
別に記念なので、みんなで集合写真を撮ろうというのではない。小生のタクシーを撮影するのだ。
まさか、小生まで撮らないよね、それじゃ、ホントに悪さができなくなるじゃない、と思ったら、さすがに小生の写真は撮らなかった。
全てが終わったのが、2時半。車を回送にして、一路、会社へ。
→ 白鷺だろうか。どこか哲人の風情が漂う。
全てが終わったといっても、警察との関係だけであって、まだ、会社での報告が残っている。これが厄介なのだ。警察のほうは、書くのは警察官で、小生が書くのは署名だけだったが、会社では基本的に当事者である小生が事故状況の報告書を書かないといけない。
決まった書式はあるといっても、書くべき事項はやたらと多い。
事故を起こして(巻き込まれて)分かるが、調べておく事項のやたらと多いこと。
事故の際に、冷静に必要事項をメモしておくというのは、至難だと感じた。とにかく、分からないこと、知りたいこと、気が付いたことは、億劫がらずに警察官に、事故の相手に、尋ねることだ。
でも、会社に着いた3時過ぎには、責任者がおらず、窓口の人は、6時になったら所長が来るから、それまで仮眠室で寝てたら、と事も無げにいう。
営業所では、顔見知りの人たちと何人とも擦れ違い、あれ、どうしてこんな時間にいるの、と驚く。
事故の顛末を語る。みんなそれぞれに苦労している。
こういう苦労がわかるのは、やはり同業者たちなのだ。一を語れば十を分かってくれる。言うにいえない苦労も、タクシー稼業をやっていると散々、味わってしまう。
聞かれるままに顛末を語り、無事でよかったね。最悪の事態でなくてよかった、と喜んでくれる。窓口の人も、小生が無事なこと、第一原因の事故(つまり当方に過失があり責任のある事故)ではないことに安堵している。
これが、小生が第一原因の事故の当事者だったら、どんな冷たい視線が浴びせられることか。
同業者とはいえ、誰かが起こした不始末は、全員でかぶる羽目になる法的環境に、今、タクシー業界はあるのだからしかたないのだけれど。
4時前から寝て、6時過ぎまで仮眠。
休憩室は寒かった。
やがて所長がやってきた。既に一定の報告が所長には伝えられているらしい。
小生からの一応の話を聞く。
その上で、所長は電話に手を伸ばす。
ちょっと、息を整える。
やはり、警察に電話するとなると、居住まいを正さないとならないし、言葉遣いも普段のような横柄とも誤解されかねない、ぶっきらぼうなモノの言いようでは拙い。
「丸の内警察署さんですか? 昨夜の事故の件なのですが…」
そのうち、警察側の対応(受け答え)に得心が言ったのか、表情も緊張の度が和らぐ。
どうやら、運転手の態度がよかったと、警察側の心証のよさに満足もしているようである!
それから一時間余り、所長の立会いの下、事故の報告書の作成。これが、やはり第一原因の当事者だったら、かなり厳しい扱いを受けるのだが、事情を飲み込み、警察署に電話して、こちらに過失はないこと、やるべきことをやっていることが分かると、大体のことを書くと、後はこっちで書いておくよ、と普段にない優しさを見せたりする。
それだけ、事故の際の苦労が身に染みているのし、警察側の電話での応対がよかったのだろうと察する。
とにかく、お客さんについては分からないのだが、小生については、今のところ後遺症の類いは何もない。
衝突のショックで昔の鞭打ち症がぶり返すのではと心配したが、今のところ、そうした様子もない。
← 延命地蔵尊。何度もこの前を通りかかるが、初めて存在に気がついた。今日は、親戚筋の者が家に居てくれたので、外出が出来た。今度は、いつかな…。
が、しばらく事態を見守る必要があるだろうとは思っている。
肝心の事故の際に乗っていた、恐らくは私服姿のお坊さんからは、特段の連絡もない。
今回はこちらに過失はない。
しかし、過失がないということは、何かが起きた際に、相手に文句を言う権利が大きいというだけであって、事故が生じない、怪我をしないという保証ではない。
用心と安全第一。
それでも避けきらないこともありえるのだと思い知らされた今回の事故だった。
(03/10/16)
(09/11/23 ブログへのアップに際し、一部編集加筆。なお、画像は全て本日(23日)のもの。)
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