枯れ枝に止まるカラス(前篇)
寝床に横たわって『ヘルマン・ヘッセエッセイ全集 3 省察 3 自作を語る・友らに宛てて』(ヘルマン・ヘッセ 著 日本ヘルマン・ヘッセ友の会・研究会 編訳 臨川書店 版)を捲っていたら、今の小生の気分にピッタリといった詩に出合った。
ヘッセの小説『荒野の狼』に関連する文書のようである。
← ヘルマン・ヘッセ 著『ヘルマン・ヘッセエッセイ全集 3 省察 3 自作を語る・友らに宛てて』(日本ヘルマン・ヘッセ友の会・研究会 編訳 臨川書店 版)
この小説を書いている間、あるいは書いて公表しあれこれ反響を貰っていた頃の日記の断片。
正当な(?)理解を得られることは稀で(少なくとも作家の気持ちにおいては)、さまざまな誤解に胸を痛めていたりする。
そうじゃないんだ、そんな理解は全く見当違いだ! そう作家としては叫びたい心境。
一定の評価を得ても、作家の心中は複雑でもある。
それはそれとして、そうした文脈やヘッセの作家としての心境を離れ、一人の老いを強く自覚している人間として、孤独の淵に面している人間として、以下に紹介する詩が小生の今の心境を表わしているように感じられた。
老いぼれること壁からは漆喰が剥がれ落ち、
白髪からはフケがぼろぼろ落ちる、
昔はとても陽気で快活だった、
今やもう昔の面影はない。
ああ、星々は天空にとどまり、
やさしい光を輝かせているようだ。
しかし星々はとどまることなく、
電光石火の勢いで走りまわり、
絶えず互いに巡り合い、互いに追いかける。
同じく私も急いで走っている、
コニャックを片手に悠然と座っていても、
墓場への道のりをいやが上にも急ぐのだ。
壁から漆喰がさらさらと剥がれ落ち
青い稲光が床を照らし出す。
窓からは雨が吹き込み
私の膝や手を濡らす。
さあ、こっちに来て、やさしくしてくれ!
私は座って紙に書きつける、
雨に濡れて腰をおろし、
来るあてのないものを待っている。
枯れ枝に止まるカラスのように。
Altwerden
かなりしみったれた、憂鬱な詩で一般受けは到底、しないだろう。
それに、今の小生の気分を表していると言った矢先だが、人間の質や才能の次元の違いは別にしても、全く違う面もある。
例えば、同じく『荒野の狼』に関連する文書である、一連の日記の断片の中に以下のような詩もある:
<鹿亭>での夜のあとでみな少し酔って、酒場で眠りこんでいた。
私はおまえの白い首筋に頬を寄せる、
おまえの柔らかな肌も豊かな黒髪も香っていたが、
不意に私はおまえの若さに不安を覚えた。
一度も幸福など味わったことのない老人の私が、
この美しい腕で、この胸で、この若い膝で、
いったい何を望むというのだ?
おまえは私に若すぎ、美しすぎ、暖かすぎる。
シェリーが注がれ、ダイスカップが置かれた
この大理石のテーブルで私は何を望むのだ?
水瓶座や魚座の星々のもとへ戻り、
そして馴染みの惨めさに帰っていこう。
道化よ、この陽気な集いから消え失せろ、
軽薄さに溢れ、若き美人が笑うこの場から立ち去れ、
帽子を手に取れ、とっくに真夜中の鐘は鳴ったぞ、
家路を急げ、老いた阿呆よ、そして死んじまえ!
立ち上がってその場を去ったが、誰も気づかない。
外の運河に星がぼんやりと映っていた。
疲れ果て、すべてが苦痛だった。
私の家の前に、見知らぬ犬が座っていたが、
私の匂いを嗅ぐと、この見慣れぬ男から逃げていった。
階段を上がると、一歩ごとに百ポンドも重さがあった。
鏡の中から赤いまぶたがじっと見つめ、
白くなった髪は生気をなくして見る影もない。
ああ、見知らぬ犬よ、私に噛みついてむさぼるがいい!
人生下り坂だ、青春は二度と戻って来やしない。Nach dem Abend im Hirschen
(長くなったので、2回に分けます。)
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