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2009/11/14

ブリから「ひいわし」の話へ

 秋も深まってきて、少々気が早いが冬の到来もそう遠くはない。
 冬…雪掻き(雪下ろし)、といった連想はこの際、脳裏から消し去っておいて、富山の冬というとブリ! という話題に移ろうか。
 小生、なんたって、ブリの照り焼きが好きである。

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← 近所のある施設の壁面に飾ってあった絵。誰もいなかったので、こっそり鑑賞、ちゃっかり撮影。

 が、ブリの話もさることながら、ふと、過日、家人が話題にしていた、「ひいわし」のことが脳裏に浮かんだ(かなり、安直な連想だが)。
 それなりに食い気もある小生、「ひいわし」についての雑文も当然ながら(!)、認(したた)めている。

 その雑文は、下に掲げておくが、その小文の中で、疑問のまま、残した事項があった。
 それは、「例によって小生らしく、勝手ながら、言葉から氷見鰯と干鰯とが関連しているのだと思った。氷見=ひみ→ひ→干→干鰯、というわけである。無理はない連想だと思うが、今のところ根拠は全くない」と付記しているくだりである。

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→ この絵も同じ施設にて撮影。光の具合で、小生の影が写っている! せっかくの絵が台無し。


 実は、ひょんなことから(ブリのことを調べていて)、この連想は的を射ていたことが分かった!
氷見ブリと氷見イワシ」によると、「ニシン科のマイワシとウルメイワシ、そしてカタクチイワシ科のカタクチイワシの3種類の総称がイワシ。辞書の『言海』(明治37年第一版刊)や『広辞苑』(昭和30年第一版刊)に記載されている氷見鰯は、乾燥させた「干鰯(ひいわし)」を指しており、主にマイワシを使って製造されます」だとか(太字は小生の手になる)。
 
 ただ、疑問を付した、もう一つの、「ひいわし」という歌の成り立ちや背景を知りたい、という点については、今も分からないままである(調べていない!)。
 近所のガキ連中が集まって、この歌(童謡? 童歌?)を歌いながら、遊戯したのが思い出される。

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← 紅葉も凄いが、我が家の生垣の惨状もひどい。


ひいわしって

 今日は、いい天気だったけれど、昨日、寝不足のままに出かけた疲れが出て、一日、グッタリしていた。そんな時は、大概、ロッキングチェアーに身を屈めるようにして休んでいる。ベッドに潜り込んで、しっかり寝るほどではないのだ。
 で、うつらうつらしていると、ふと、昔、聞いた童謡なのか、それとも童歌(わらべうた)なのか分からない歌が脳裏に浮かんできた。歌詞は、はっきり覚えていない。確か、以下のような歌詞だったと思うけれど。

 ひいわし食べたしお金はないし
 お金を溜めなきゃダメじゃないか

 メロディも覚えていて、歌となって浮かんだので、軽く口ずさんでみたりした。
「ひいわし」という言葉をネット検索して調べてみたら、数件しか掛からない。どうやら、「干鰯(ひいわし)」を指すらしい。
 このサイトの一部を引用すると、「『広辞苑』にも記載されている氷見鰯は、乾燥させた「干鰯(ひいわし)」を指しており、主にマイワシを使う。水揚げ直後の鮮度満点のイワシを加工した干鰯は身のしまりがよく、風味や色・艶も抜群で、古くから名高い一品として全国に知られている」とか。
 ついでながら、ネットで読める古典作品の中で、泉鏡花の「寸情風土記」に 「干鰯(ひいわし)」が出てくるのが分かった。
 いずれにしても、氷見鰯=干鰯(ひいわし)は、古来より全国的に有名な逸品だったようだ。当然ながら、値段もそこそこにしただろうと(今も高いのか?)予測される。
[例によって小生らしく、勝手ながら、言葉から氷見鰯と干鰯とが関連しているのだと思った。氷見=ひみ→ひ→干→干鰯、というわけである。無理はない連想だと思うが、今のところ根拠は全くない。(03/10/09 追記)]
 それで、高いものの代名詞として「ひいわし」が童歌(わらべうた)の中でも歌われたのだったろうか。
 富山は、今でこそ、米もそこそこに取れるし、山は近く海にも近く(ということは良質の山の水(雪解け水)がドンドン海に注ぎ込むということ)、富山湾は汽水の海で魚に恵まれる、そんな環境条件に恵まれているが、一昔前は、かなり貧乏な土地柄だったのだ。
 特に県の呉東(富山県の中央を呉羽山という小高い山並みが走って県を二分している)は貧困や洪水などに苦しんだもので(実際には、もっと細分化されるが、ここでは略す)、農家の長男は家に残るが、次男以下は成人したら家を出て行くのが当たり前だった。
 ひいわしを食べたいなら、とにかく働け、お金を稼げ、という実利的で勤勉な風土が養われた所以である。
 さて、上掲の歌については、ネットで調べても何も情報を得られなかった。不意に思い出したこの歌の、もっと詳しい背景を知りたいものである。

                               (03/09/14 作)

Book

→ 泉鏡花の随想「寸情風土記」が掲載された雑誌「山水巡礼」(大正9年)。「鏡花が、47歳の時に発表し」たという(画像や情報は、「金沢三文豪の世界」より) 

関連拙稿:
鰤(ぶり)起こし
ノーベル街道をちょっとローカルに見る
「秋霖」追記と冬の雷のこと

                    (再掲文を除いて、他は、09/11/13 作)

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