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2009/10/26

解剖図の歴史を垣間見る(上)

 ベンジャミン・A.リフキン/マイケル・J.アッカーマン/ジュディス・フォルケンバーグ著 『人体解剖図―人体の謎を探る500年史』(松井 貴子【訳】 二見書房 (2007/11 出版)) を読んだ。
 …というより、ルネサンス以降、ヨーロッパで制作された様々な解剖図を眺めた、といったほうが当たっているかもしれない。

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← 「Rock painting, ca. 6000 B.C.E.」 (画像は、「Dream Anatomy Gallery Aboriginal Rock Painting」より) バスキアよりファンキー、でも何処かユーモラスな雰囲気も漂っている。

 今年の春だったか、親族の者がバランス感覚の揺らぎを覚え、痰(咳)が止まらないという症状もあったので、MRI撮影に望んだ。
 小生はその診断の立会い人として傍にいた。

 親族の者の断層撮影図。
 脳味噌から内臓に至るまで、眼球も含め、これ以上にないくらい、白黒画像で鮮明に露わになっている。
 ある意味、裸以上に赤裸々な肉体のありよう。
 頭蓋骨をノコギリで、あるいはお腹をメスで切り裂いて、脳味噌が臓腑が露わになるよりもっとえげつないとも思える。

 一瞬だが、吐き気さえ催した。

 さすがにお医者さんや親族の者の手前、堪えたけれど、テレビや雑誌・本、ネットなどで見るより、やはり、診断の場に望んでの、背面の蛍光灯で照らし出される断層撮影図の生々しさは想像以上の迫力があった。

 だからというわけではないが、久しぶりに医学(解剖学)関係の本を手にした。

 別に医学の書架を物色したわけではないのだが、題名に惹かれてしまった。
 元々、この手の本には眼がない。
 可能なら医学専門の書店で、図録(写真)の多い本を心ゆくまで物色したいものである。
(もともと個人的事情があって、医学(解剖図)には惹かれてならないのだ。)

 本書は、著者の一人マイケル・J.アッカーマンが「バイオメディカル(生体医学)の研究者」なのは当然として、著者の一人ベンジャミン・A.リフキンは、「美術史家。美術商でもあり、とくに図像学、社会的文脈の点で埋もれた美術の文献・資料に関心をもつ。北欧美術に造詣が深」い、といった人物なのが特色である。
 このことはまた、解剖図(学)の歴史の特殊性をも示唆している。

 というのも、医学の歴史において、解剖学(図)の扱いは、劣位にあり、医学でも科学でもなかった。
 解剖に携わる者は、社会的地位も低かった。
 実際の解剖でさえ、若き研究者は自ら手を下すことはなかったりする。
 解剖図も、研究者(医学を志す者)の熱意はあっても、描くのは医学の専門家ではなく、版画家や彫刻家など、要するにアーティストの仕事だった。

 専門書であってさえ、医学(解剖)の専門家と美術家との共同作業だった。
 刊行される本にしても、高価だから、買うのは、王侯貴族だったり、時代が下がるとブルジョアだったりで、好事家か金持が地位の証として、買い上げ蔵書の一冊に加わるもの。
 だから、どうしても、初期の頃の解剖図は、まさにアートであり、鑑賞(所有)に耐えることが何より大事だったわけである。 
 今では想像など及ばないが、解剖図の背景に風景が描き込まれるのは当たり前だったし、解剖図の人物(もう完全に筋肉むき出し、内臓むき出し、骨格むき出し…だから、最早、人物と呼ぶのも躊躇われるが)も、生きているかのようなポーズを取っている。
 やがて、解剖図は、今の我々がよく目にする、真っ白な背景に、ただ無機質な形で、あくまで解剖された肉体の有様が一番よく理解できるように図解されるようになる。
 そして、現今の解剖図はCGや3Dを駆使した画像となり、さらに進化(?)を遂げつつある。

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→ ベンジャミン・A.リフキン/マイケル・J.アッカーマン/ジュディス・フォルケンバーグ著 『人体解剖図―人体の謎を探る500年史』(松井 貴子【訳】 二見書房 (2007/11 出版)) 「生体医学・医療情報学の第一人者と美術史家がひもとく、解剖学者と絵描きたちの好奇心と探究心。(中略)ルネサンス以来の名作図譜を一堂に会したベストセラー」とか。

 しかし、断層撮影画像やその前にレントゲン画像でも同じだが、画像が鮮明になりリアルになればなるほど、画像を読み取る技術もより高度であることを要求されるようになる。
 その際には、解剖図は以前として不可欠のツールとしてその描かれ方は変貌するとしても、必要であることに変わりはないようである。

 次回(後篇)では、本書に載っている解剖図の中から幾つかを(「Dream Anatomy Gallery」に載っている画像を参照する形で)紹介したい。

解剖図の歴史を垣間見る(下)」へ続く。

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