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2009/09/26

曼珠沙華の赤は命の赤

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→ 自転車を駆って市街地へ。途中、彼岸花(曼珠沙華)の群生を見かけた。「彼岸花…闇に浮ぶ赤い花」参照。「彼岸花の頃」なんて、ミステリアスな短編を書いたこともある。曼珠沙華は、小生には、実に想像力を刺激する植物なのである。
 

 持て余す魂。漂白する魂。壁にこすり付けられ傷ついた心。心とは壁の傷。磨り減り光沢も塗装も剥げ落ちた壁の染みにこそ親近感を抱く魂。紫外線に琴線を打ち砕かれて目は街中を泳いでいる。何処にも焦点が合わないのだ。
(「佐伯祐三…ユトリロのパリを愛してパリに果つ」より)

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← 今やヘチマの天下。

 落下に終わりはないのだった。落ちている。
 けれど、上も下もない世界に、そもそも落下などありえないのだった。
 そこには、真冬の雪の空を見上げているような浮遊感覚があった。雪の舞う藍色の空を見上げていると、雪が舞い降りるのか、それとも、自分の体が競り上がっていくのか、分からなくなってしまう。
 そう、自分の体がふわっと浮いて、そうして紺碧の宇宙へと舞い上がっていくような感覚に眩暈しそうになってしまう。
 ボクは、闇の宇宙を彷徨っていた。宇宙を流れる闇の川の流れに乗っていた。流れに押し流されて、何処へとも知れない世界へ旅立っていくのだった。
(「彼岸花の頃」より)

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→ さすがのゴーヤも、徐々に影が薄くなりつつある。
 

 武治は、「赤い花」と聞いて、学生時代に読んだガルシンの小説を想い起こしていた。
 精神病院の入院患者の物語だった。彼は病院の庭に真っ赤な芥子の花を見かける。彼にはそれが悪の象徴のように思われる。で、毟り取ってしまうのだが、その翌日、彼自身も死んでしまうのだ。
 心の病。深紅の花。悪の花。由真の白い体に咲いた赤い花。上気した顔。血走り見開かれた目。幾度、果てても、その都度、快感の波が押し寄せ、彼を圧倒したこと。
(「曼珠沙華」より)

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← 我が家の庭でも、いかにも秋の到来を感じさせる草花が目立ちつつある。

 一分も走ったろうか。
 戻ってみたくなった。あの赤く見えた花の正体を確かめたかった。

 が、バックミラーに映る背後の光景は…。
 光景なんてものじゃない。
 何も映っていない!
 ヘッドライトで照らし出されている前方でさえ、林や小路の表層が薄っぺらな衝立(ついたて)のように微妙に変幻するばかりなのだ。

 でも、見たい!
 赤い花、いのちの花。
(「闇に浮ぶ赤い花」より)


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→ こんな小花も、健気に咲いてくれている。雑草?
 

 美がその人にとっての一番琴線に触れるものであり、他人が何と言おうとそれが美だと思えるしたら、その美というのは、その人の生まれ、育ち、環境、資質、そういったその人の全ての象徴でもあるのだろう。
 美が普遍性があるかどうかは別にして、とにかく我にとってそのようにしか映らない、この至上の美に勝る美があるだろうかと思えるとしたら、その瞬間において、その人はある意味、その本人の中の、あるいはその本人を通じての天のある種の極限的ビジョンを見ているのに違いない。
 つまりは、人は根底において自らが描き自らが見る美しか見ることができないのではないか、ということだ。
 端的に言って、人はナルシストたるしかありえない、と小生には思えるのである。
(「水仙…ナルシスの花の香」より)

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← 慌しい中、午前中、睡眠時間を削って市街地へ。例の水鳥たちの溜まり場を橋の上から覗き込む。
 

 駅前に並ぶ数軒の店を除くと、人家は一気に疎らになった。資材置き場とか、錆び切ったワンボックス車が一台放置されている空き地とかばかりが目立った。
 陋屋があって、板材は腐って鼠色にまで褪せてしまっている。風は好き放題に吹き込み、雨だって何処からでも漏れ込みそうに思えた。なのに、入り口らしきトタンのドアの近くに赤い郵便受けがあって、新聞が投函されたままになっている。
 秋の日差しがその苫屋(とまや)を残酷なほどに炙り出しているようだった。見ると、窓の桟もだらしなく傾いでいる。なのに、影の輪郭がカミソリの刃のように鋭い。ボクも、そんな風に鮮やか過ぎる影を砂利道に映しているのだろうか。
 しばらく歩くと、小さな橋があった。橋の上から川を見下ろすと、澄み切った山の水がかなりの速さで流れていた。この流れに乗っかったら、下流のあの人の町へ着けるかも、などと他愛もない想いが浮かび、消えていった。
(「曼珠沙華と案山子」より)

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→ おやっ? 目と目が合って…。恋が芽生える瞬間?

都内などで見かけるスプレー塗料の汚し絵や記号を見ると、反吐が出る。そんなものより、苔生し風雨に剥げた板塀や古びたブロック塀のほうが遥かにましだ。あるいは掃き清められた何処かの有名なお寺の紋切り型の庭を見るくらいなら、蜘蛛の巣が這い、雑草と名のある花とが混在した、碌に掃除もされていない、主(住職?)の居ない、境内なのか駐車場なのか定かじゃないお寺のほうがよっぽどましだ。
(「佐伯祐三…ユトリロのパリを愛してパリに果つ」より)

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← 木曜日の夕方、食後の片付けを終え、久しぶりに庭先から西の空の夕景を撮ってみた。

                              (09/09/25 作)

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