茶の間から物干し竿を眺める
→ 我が富山では、午後の四時近くから豪雨、そして雷雨へ。ちょうどデイサービスからの父母の帰宅と重なり、職員の女性ら共々、傘を差し、慌しく動き回った。画面に映る物干し竿。もう何年、使っていることやら。竹竿に撒いてあったビニールのカバーは破れ落ち、竹も罅割れ、腐り始めている。買い換えたいが、先立つものがない。まあ、この竹竿に愛着があるってのも、頑固に使い続ける理由かもしれない…。 ん? 単にけちなだけ? …母の入院が決まった。お医者さんには最後の入院となることも覚悟したほうが、などと言われた。今は自宅で静養している母が、茶の間からこの風景を眺めるのも、あと数日なのか。治療がうまくいって、元気で戻ってくることを期待するのみ。
夕立や物干し竿も濡れている
ニフティのブログ(ココログ)でのブログを始めて(2004/09/09)、もうすぐ5年になる。
試験段階のブログ開始は、「2004/08/31」だったはずだから、既に5年。
よくぞ続いたってのが感想だ。
← 今朝、NHKのテレビ(「この人にトキメキ」)にて、松たか子さんへのインタビューを視聴。ミュージカル「ジェイン・エア」(日生劇場にて。公園は、既に始まっている。)で、主役のジェイン・エアを演じるとか。
→ 松たか子さんという女優(歌手)も好きだが、シャーロット・ブロンテのこの『ジェーン・エア』(原題:Jane Eyre)は、ある意味、小生に文学を開眼させてくれた小説。高校一年の時に読んで、それまでの凡百の小説とは何だか次元が違うと実感させられた。昨日、読了したジェイン・オースティン作の『高慢と偏見』とも、まるで質が違うと思う(面白さは抜群だったが)。小説を今一度、読み返したい(これは可能)。そして、可能なら彼女の舞台も観てみたい。「松たか子オフィシャルクラブ club.M」参照。(この画像は、「ジェーン・エア その他の劇場 歌舞伎・演劇 松竹」より)
← 我が部屋の脇にある内庭。画面を縦に走る白い筋は、雨垂れではなく、雨! 豪雨(雷雨)の雨の凄まじさを物語っている。
→ 我が家の紫露草は今も元気。次々に萎(しお)れていくのだけど、次々に新しく花が咲く。通常なら七月の初旬くらいには開花の時期が終わるはずなのに。でも、我が家の寂しい庭を健気にひっそりと色染めて呉れている、そのことが嬉しい。
(09/09/04 作)
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コメント
「ジェイン・エアー」、小生には
「文学鑑賞問題」を引き起こしてくれた
問題作でした!!
「不細工」と書いてあるのに、読みながら
描くイメージは自分の理想(姿かたち)の
女性というのは
文学鑑賞上正しいのか?否か??
いまも解けないでいます....\(^o^)/
「風とともに去りぬ」のスカーレットも
そうですよねえ?
冒頭から"Scarlett O'Hara was not beautiful"
なのに、なんで、映画は美人なんやねん!と
「幼き憤り」を覚えたものです...
投稿: Kimball | 2009/09/05 13:48
Kimballさん
「映画は美人なんやねん!」ってのは、小生もガキの頃も、大人になってからも、しばしば感じたことです。
なので、実話のドラマ化などは今でも抵抗感がある。
尚更、作り話めいていることが露骨ですから!
それはそれとして…。
小説をドラマ化するに際しては、あるいは実話をモデルにドラマ化する場合もほぼ同じでしょうが、別に当の主人公を美化するというわけじゃなく、観客(視聴者)の感情移入をしやすくするため、仮に本来は美人(二枚目)でない主人公でも、敢えて綺麗なキャスティングをするのは、ありえること…以上に、必要なことと思います。
大河ドラマに限らず、多くの殿様たちはみんな美男子で、お姫様はみんな美人!
そんなはずは、絶対にない。
でも、ドラマに於いてはありえるし、ある意味、そうあるべきだと思います。
たとえ、外見が不細工でも、心の中までが不細工というわけじゃなく、あるいは心が醜くても、それでも、心のドラマを端的に表現するには、ドラマ制作上、主人公に観客が同調するには、心の綺麗さが形(容貌や外見)の綺麗さの形で示す必要があるし、そのほうが観客は安心できるものと思います。
外見が悪かったり、体に不具合がある人であっても、そのことを一番、自覚し辛く感じているはずなのに、それでも、ほんの一瞬、そんな自分の現実を忘れることがある。
鏡を見ない限り、心は目の窓を通して外しか見ない。外見は自分には見えず、あるのは心のドラマだけ。
ここがポイントのように思います。
要は心のドラマを結局は美化して受け入れやすい形で描きたいのでしょうから(それが、小説とは違うところ)。
投稿: やいっち | 2009/09/05 19:33