心だけじゃない、ちょっと悲しい現実
→ 今朝(6日)の「クレオメ(西洋風蝶草)」。以下、同じ花の写真が続く。雑草じゃなく、こんな花が庭にドンドン勝手に咲いてくれたらいいんだけど。
今日から橋本 毅彦【著】『描かれた技術 科学のかたち―サイエンス・イコノロジーの世界』(東京大学出版会)をちびりちびりと読み始めた。
読者の中で、記憶力のいい方なら、おやっ? と思われる方もいるだろう。
← クレオメの花言葉は、「あなたの容姿に酔う」だとか! 「花折々 クレオメ(風蝶草)」を参照のこと。
そう、この本、刊行されて間もない頃、図書館から借り出して既に読んでしまっている。
(「縄文サンバにカエルコールに(前篇)」参照。)
そう、新刊の時点で読み通していたのだ。
別に忘れたわけじゃないが、先日、図書館へ返却に行った際、書架をぶらぶら回っていて、つい目に付いて借りてしまった。
→ 他に、「小さな愛」とか「秘密のひととき」といった花言葉もあるという。「クレオメ 花言葉」参照。
題名や本の装丁などを見て、結構、最近、読んだような気もする。
題材からしても、実際、読んだ印象(の覚束ない記憶)からしても、手が出て当然だったのではという思い。
でも、確信が持てない。
← 「クレオメ 花言葉」によると、「原産地は南アメリカ。季節は6~10月」だというから、この花はまだまだ愛でられるということだ。じっくり息長く観察していきたい。
本をパラパラ捲って多少でも読めば、既に読了した本と確信が持てる…はず。
でも、ダメ。
というのも、慌しい中、時間を割いて図書館へ向かったため、老眼鏡を持参するのを忘れてきてしまったのだ。
→ 幾つかの花が萎れたり弱っているので、もうこの花の開花の時期も終わりかと思ったら、芽吹き始めているものもあった。なるほど、「季節は6~10月」なら、当然なのだった。ところで、「クレオメ」について、こんな研究もされていて、注目される:「クレオメに含まれる他感作用の強い揮発性物質の同定」
なので、新刊本のコーナーへ行っても、何を見ても、題名やら本の雰囲気は分かっても、内容や目次を見て、借りるかどうか、読んだことがあるかどうか、判断できない。
実を言うと、堀 秀道【著】の『宮沢賢治はなぜ石が好きになったのか』(どうぶつ社)も、老眼鏡がなくて、本を開いても内容を確かめようがなく、読んだような気もするけれど、確信が持てず、借りずに帰宅して後悔するより、借りて、再読であっても構わないと思ったのだ。
← 今朝(6日)未明の月影。ほぼ満月。この画像では全く分からないが、ウサギさんが餅を搗(つ)く模様もはっきり見えた。仕事が終わったのが5時過ぎで、夜明け前だったので、ずっと満月と一緒に仕事していたことになる。目の前に飛び出したり、背中に背負ったり、併走したり。
悲しいかな、老眼の度が最近、一段と進んだような気がする。
それだけならともかく、離れたものについては、そこそこ見えていた(一昨年の健康診断では視力は1.2だった)のが、この頃、遠景さえ、覚束なくなってきているような気がする。
風景を眺めて感動を覚える機会が減ったのは、感性が鈍ったせいかと思っていたが、案外と、単に近くだけじゃなく、遠くのものも、以前より見えづらくなっていて、空気の透明度も光の澄明さも感じられなくなっているからなのかもしれない。
だとしたら、なんだか、悲しい現実である。
(09/09/06 作)
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コメント
二年前視力1.2だったとは結構いいじゃないですか!こっちなんて近視と乱視で0.05くらいですよ、眼鏡ないと何もできない。それに図書館の本なら何回借りても無料、読むたびに新しい発見あるし。若い頃読んでわからなかったことも年をとって解ることもありますね。年をとることも悪くはない
投稿: oki | 2009/09/10 23:20
oki さん
二年前視力1.2だったのが夢のよう。
今じゃ、近視に老眼で、パソコン画面の文字も老眼鏡が必要。
帰郷しての短期間に一気に視力が悪くなったように感じます。
自分でも驚いている(歎いている)。
肉体的感性(感覚)の鈍化を経験(体験)や熟慮でカバーできたらいいけど、感性の鈍磨は心の鈍さにも繋がりそうで(もう、そうなっているか)怖い気がします。
投稿: やいっち | 2009/09/11 16:20
読書家にとって視力は一つの武器であり
死活問題ですからね~。
眼は大切にしたいですね。
投稿: 葉森木霊 | 2009/09/12 18:49
葉森木霊さん
読書家ってわけじゃないけど、本を読むのが気忙しい日常の中での唯一の楽しみなので、困ります。
デジカメでの動植物(素敵な女性も撮りたい!)の撮影もできなくなるし、困ります。
音楽とか他にも楽しみはあるけど、眼の重要さが大きい!
投稿: やいっち | 2009/09/12 20:37