弥一 キジに遭遇す
小生は、未明から早朝に掛けて、バイクを使ってのバイトに日々、勤しんでいる。
未明というより、ほとんど丑三つ時に近い頃に家を出て、バイト先へ。
← 先日、教えてもらって、ようやく名前がそれと知れた「クレオメ(西洋風蝶草)」の今日お昼の姿。容赦のない日光にちょっと草臥れ気味。というのも、今日の富山は最高気温が35.6度。炎天下に健気に咲いているだけでも尊敬したくなる。
仕事を始めるのは二時半頃。
まずは事務所で下準備。
その上で、バイクをスタートさせるのが3時前。
天候にさえ恵まれ、ミスがなかったら、5時半過ぎには作業は終了する。
終わると大急ぎで事務所に戻り、後片付けなどして帰宅するのは、6時過ぎ。
雨が降ったりすると、多少、遅れる(下準備に時間が掛かるのである)。
真夜中なので、車の通りは少ない。
それでも、信号待ちの間、全く、車の影を見ないことはないので、富山とはいえ、車の通りが夜通し絶えることはないと思われる。
以前なら、こんな真夜中に、いな、夜半も過ぎ、丑三つ時も過ぎたこんな時間にどんな類いの連中が車を飛ばしているのだろう。
そんなに富山に遊び人がいるのか、なんて怪訝に思ったものだ。
が、今は違う。
東京でタクシー稼業をやっていたので、業務を追えた人が帰宅する、それが往々にして人影も疎らな時間帯になることが理解できた。
帰郷して、昨年は年末まで運転代行の仕事をやった。
そういった方たちの仕事も、会社によって違うが、早くて夜中の2時過ぎ、遅いところは夜通し、代行の仕事をしているわけで(日中、代行をするのは、タクシー会社の副業のケースが多いようである)、夜中の2時や3時頃から、仕事を終えて帰宅の途に着く人が結構、出てくる。
富山(など地方都市)は、代行業に携わる人が(需要も多い)結構、居るのだ。
自分もそうだったから分かるのだが、仕事を終えると、車で帰宅することもあるが、自転車で事務所に向かい、自転車で帰宅する。
なので、夜中に自転車を駆っている人影を見ると、ああ、あの人もそうなのか、などと思ってしまう。
→ ゴーヤやヘチマ、朝顔などと共に植えたツル性植物。だってことは分かるが名前が分からなくなった。開花してその存在に気づくってのも、申し訳ない。
また、自営業ならともかく、牛乳や新聞配達の関係者も早朝(未明)に活発に活動されている。
無論、漁業や農業関係者も早朝(未明)から仕事を始められている。
まだ、薄暗いうちから作業着姿で田圃や畑に向かわれる姿を見かけることも稀ではない。
コンビニなど、富山でも見受けられるようになった終夜営業の店へ働きに、あるいは仕事を終えて家路を急ぐ方も少なからずいるのだろう。
他にも、警備員など夜勤の方もいるだろうし、東京など典型的だが、官庁(や企業)の方で、遅くまで仕事して、ようやく帰宅の途に付く、そんな光景も目にしているのだろう。
水商売関係の方の帰宅も遅いだろうことが推測される(富山は不景気で、そんなに遅くまで営業しているバーなどは少ないようだが)。
高級車などを見かけると、愛人宅から帰るのか、愛人を送って自分も家路を急いでいるのか、時間を稼ぐには、ハイスピードな交通手段を上手く使い、行動半径を人よりも大きくして、人が休むか仕事している間に、遊びに勤しんでいる、そんな連中も多いのかな、なんて野暮な憶測をついしてしまい、妙な嫉妬心に駆られたりする。
中には、夜中に人目を忍んで、こっそりいけない営業に励む方もいるのかもしれない。
地方都市だと、夜中に警察官(パトカー)の姿を見ることは多くはなく、突然、止められ、誰何(すいか)されることもめったになく、真っ当な仕事でこんな時間に自転車を駆っていると思わせている場合もありえる(だろう)。
そうはいっても、特に地方の住宅街や人家の疎らな地域などに入ってしまうと、車も配達関係の方のものばかりだし、それも、そうそう遭遇することはない。
自分がバイクを駆っていて遭遇する多くは、ガか何かの昆虫類のようだし、路上で見かけるのは、ネコが圧倒的である。
特に子猫の姿をよく見かける。
バイクのヘッドライトの端っこを過ぎっていくのは、もう大人になったネコで、真夜中だから、どんなネコも黒っぽく見え、黒猫と鉢合わせしたようで、不気味だし、不穏にも感じられるが、そんな根拠のない不安は、バイクを飛ばして、風に吹き消すようにする。
だから、路上で堂々とした姿を見かけるのは、警戒心の薄い子猫の場合が多くなる(のだろうと推測する)。
危険な目に遭ったり、人間に苛められたりして、次第にさっさと姿を消す習性を身につけていくのだろう(か)。
さて、そんな中、今朝は、珍しいものと遭遇した。
それは、ようよう明け染めてきた朝も5時過ぎのこと、田圃や畑や空き地の多い、住宅街のとある路上で、小生が脇道から出てその路に侵入したら、脇からその影もいきなり出て来たのである。
それは、キジ。
紛うことなきキジである。
小生も驚いたが、キジも驚き、うろたえ、どっちへ逃げたらいいのか、右往左往し、それでも、なんとか路肩へ寄ってくれたが、小生も急ブレーキと急なターンで衝突を避けたのだった。
無事で良かった。
それはいいのだが、キジは、路肩に寄っただけで、そのあと脇の田圃に逃げ隠れようともしない。
堂々としているというべきか、人間への警戒心が薄いのか、それとも小生に挨拶したかったのか。
野生のキジなのか、食用に飼われていて、やっとのことで籠から逃げ出してきて、束の間の自由を享受しているのか。
実を言うと、今のバイトを始めて、今朝、初めてデジカメを持参してきた。
昨日、未明の光景を常備している携帯電話のカメラ機能で撮ったが、どうも、今ひとつ。
仕事に少しは馴れてきたので、そろそろデジカメを持参し、夜景など、これはという光景に出会ったら、撮影しようと思っていたのだ。
← 本文にも書いたが、せっかく遭遇したキジだが、撮影はし損なった。小生が見たキジは、まさにこんな風な色合いだった。
が、肝心のキジの撮影は叶わなかった。
小生自身が動揺していた…から、かもしれないが、撮ることを忘れるほどにどぎまぎしたわけではなかった。
なんとなく、撮るのが忍びなかったのである。
驚いているキジが可哀想に感じられ、ポケットのデジカメには手が向かわなかった。
仕事だし、先を急いでいる。
バイクをまた走らせ、その場を去ったが、ああ、やっぱり撮っておきたかったと後悔しきりだった。
何故、撮らなかったのだろう。
自分でも分からないのである。
キジ関連拙稿:
「焼け野の雉(きぎす)」
「キジも鳴かずば打たれまい」
(09/08/20 作)
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