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2009/08/22

自作のゴーヤを初めて食す

 昨夜、初めて我が家のゴーヤを食した。
 もっと言うと、小生が丹精こめて育てたゴーヤ(苦瓜?)を食べることが出来た。
 ゴーヤの実は、もう二十センチほどのものだけでも20個以上は出来て、来る人来る人にあげていた。あるいは近所の方で我がゴーヤを愛でてくれた人にはもれなく。

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→ 南に面する我が部屋の窓外を、やや東方向から撮影。こちらからだと、ヘチマが立派。緑の花綵(はなづな)の状態を遥かに超えている。

 自分で調理してもいいのだが、父母は嫌いなので、作っても仕方ない。
 父母が居ないときに一人で調理して食べるってのも侘しいし、小生はそこまで料理好きではない。

 …というより、我輩は料理は面倒で嫌い!

 それが、昨日の昼前、過日、何本かゴーヤをあげた親戚筋の方が、ゴーヤチャンプルーを調理して、事のついでだからと持ってきてくれたのだ。
(喰うのに忙しく、撮影するのを忘れた。)
 しかも、お昼の食事の分ということで、カレーも。

 カレーはお昼に父母と三人で美味しく戴いた。
 辛い(苦い)ものに弱い父の口に合うよう、甘めのカレー。
 なので、物足りない小生は醤油をササッと注いで、少しだけ味付けして食べたのだが、父母まで真似をして醤油を注いで食べるのが可笑しい。

 ということで、夕食は、ゴーヤチャンプルーがオカズ。
 豚肉や卵などがタップリ入っていて、甘めに調理してある。

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← 緑のカーテン(緑のスダレ)の全体像。壮観。…画面の左上にちょっと注目。

 意外なことに、というか、小生が誤解していたのだが、母は難なく平らげた。
 このところ、母は好き嫌いがハッキリして、嫌いなものが出ると、ちょっと口にして、お腹が一杯だから入らない、なんて言って、箸をおく。
 その母が平らげたのだから、美味しかったに違いない。

 ゴーヤがちゃんと苦瓜の味というか、ちょっぴり苦めの味があって、ちゃんとしたゴーヤの実だったってことに、今更ながら、感激してしまった。
 
 父はやっぱり、ゴーヤの苦味が口に合わないようで、豚肉などを食べて、ゴーヤはほとんど残した。
 やはり、調理しても、父は拒否するってことのようだ。
 当分、小生が調理することはないだろう。

 ゴーヤチャンプルーはたっぷりあったので、夕食では食べきれず、一人前分、余った。
 その分は、夜食に取り置いた。
 真夜中過ぎに始まるバイトのための腹ごしらえということで、必ず、お握りかパンかご飯を食べるのだが(そうしないと、肉体労働なので腹が空いて動けない)、当夜は、ご飯のオカズにゴーヤチャンプルーという豪華な食事となったわけである。
 普段は、ご飯にはオカズなど付かず、せいぜい、タクアンかナスの漬物を添えるだけ。
 あとは、スポーツドリンクを飲み干して、喉の渇きを予防する。

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→ ゴーヤは、成長の勢い余って、屋根裏にまで達している。しかも、画面を拡大すると分かると思うが、屋根裏へと伸びたツルの途中にゴーヤの実が生っている。

 ゴーヤ。
 窓外のゴーヤには、まだ、目に付くものだけでも、十個以上、生っている。
 緑のカーテン(緑のスダレ)になってくれたらと5株のゴーヤを育てただけなのに、こんなに実が生るなんて、びっくりで、嬉しい悲鳴である。
 というのも、親戚筋のものに多めに分け与えているのだが、どちらかというと、有り難迷惑という風なのである。
 ゴーヤチャンプルにすると、食べられるが、ホントに好きっていう人は少ないようだ。
 ただ、中には沖縄系の方もいるので、喜んで食べてくれているようだし、まあ、なんだろうが、分け与えるしかない。

 ところで、この頃はそのゴーヤを圧倒する勢いでヘチマが育っている。葉っぱが大きいので遠目にも目立つが、間近で見ると迫力である。
 ヘチマも実が生るはずで、いつ頃のことか分からないが、今から楽しみである。

 窓外の、水はけの良すぎる、普通の植物は育ちにくい(雑草は何故か生える)、そんな環境で、水だけは絶やさないようにしているだけなのに、ゴーヤやヘチマや朝顔や他のツル性植物(ウレキテス)の生命力や成長する勢いには驚かされるばかりである。
 その生命力のほんの一端をでも、我が家に分け与えて欲しいものである。

                                (09/08/21 作)

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← オマケ画像。これは、今日の「クレオメ(西洋風蝶草)」。曇天そして雨の一日で、クレオメもホッと一息?

 嬉しいことは重なるもので、この日記を書いたのは昼過ぎなのだが、午後になって、親戚の者が家族でやってきて、カボチャや菜っ葉類を冷凍して、あるいは何本ものキュウリを持ってきてくれた。
 無論、その家の畑で収穫したもの。

 さらに、夕方になって、別の親戚筋の方が、父の好きな梅干と、これまたゴーヤチャンプルーを作って持ってきてくれた。
 早速、ゴーヤチャンプルーは、夕食のオカズというより、無駄口にということで、食した。美味しかった。
 自作のゴーヤの実を食するってのは、やはり違う。

 これで、調理も自分だったら、言うことなしなのだろうが。
(二度目に食したゴーヤチャンプルーを見て、ゴーヤは勿論だが、豚肉や卵に加え、絹ごしの豆腐も入っていることに気づいた。)

                                (09/08/21 追記)

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コメント

なにか希望通りとは云え凄い茂り様になって来ましたね。これで実を食べ続けると、腹の中からも枝が出て来るのではないですか?マグマ大使のゴア様のように顔一面緑色になって。

沖縄の浜辺の家のようになって先ずは結構でした。

投稿: pfaelzerwein | 2009/08/22 03:39

緑の食べられるカーテンって良いですよね。私もゴーヤは嫌いだから、キュウリとか、ナタマメを推薦したんですよ。ゴーヤほどでもないでしょうが、キュウリやナタマメも恐ろしい勢いで伸びますから。いくつか混ぜて、窓を開けたら夕食のおかずが手に入るというのは理想的ですね。(^o^) 窓の下の土がだいぶ良くなっているようですので、来年、実験してみてください。

投稿: さなえ | 2009/08/22 05:03

pfaelzerweinさん

緑のカーテン、期待を遥かに超える出来具合です。
こんなに見事に育つとは思ってもみなかった。

御陰で部屋の中は、快晴の日でも薄暗いのですが、まあ、幾分なりとも涼をもらっているということで、よしとします。

投稿: やいっち | 2009/08/22 12:52

さなえさん

今年は畑には植えなかったのですが、例年だとキュウリは勿論、今年は3株だけだったナスももっと植えているし(その3株のナスも収穫がなかなかのもの!)、タマネギ、ジャガイモなども植えるはず。
小生の怠慢で、今年は畑にはナスだけ。

今、ゴーヤ以上に勢いを増しているのがヘチマ!
秋にはヘチマも収穫が期待できそう。

今日もせっせと畑の草むしりをしてきました。
来年こそは、あるいは今年の後半こそは、少しは畑らしい畑にしたいものです。

投稿: やいっち | 2009/08/22 12:56

ゴーヤの生命力に魅了されて、野菜炒めなどには必ず入れています。

苦味は、実の中の白いワタにあるそうで、種と一緒にその部分をスプーンで多目にこそげ取り、実の部分は切った後、暫く水に放しておくと苦味は少ない、ということですよ。

投稿: 通りすがりのネコ | 2009/08/22 22:04

通りすがりのネコさん

「苦味は、実の中の白いワタにあるそうで、種と一緒にその部分をスプーンで多目にこそげ取り、実の部分は切った後、暫く水に放しておくと苦味は少ない」は、今度、調理してくれるだろう親戚筋のものに、ゴーヤを渡す際に伝えたいと思います。

アドバイス、ありがとう!

投稿: やいっち | 2009/08/23 09:38

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