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2009/08/19

バイクとの再会?

 3年前の今日、小生は二十歳から(約3年のブランクはあるが)29年ほど乗り続けてきたオートバイ(バイク)と別れた日である。
 その間、ずっとオートバイを所有し、ほぼ毎日、乗っていた。
 3年前の今日、最後に所有していた600ccのスクーターを売り払い、バイクには乗らなくなった。

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← 紫露草 (むらさきつゆくさ)が、また、庭先で咲き出していた。大概の花は、とっくに咲き、萎れ、涸れているというのに。
 
 そのバイクと何の因果か分からないが、今月からまた仕事(バイト)上の都合(生活苦!)とはいえ、また縁を持つことになった。
 縁りを戻したわけである。
 といって、別にバイクを買ったわけじゃなく、会社のバイクを使って仕事をしているだけなのだが。

 自分にとっては、オートバイ(バイク)との別れは辛いものがあったが、小生の周りには誰一人、ライダーは居らず、気持ちを通じ合えることもなかった。
 一人、好きなピザなどを自棄食いして、別れの宴を張ったものだ。

 ついでながら書いておくと、今日8月19日は、本当に公式に「バイクの日」でもある。
 別にこの日を期してバイクを降りたわけではないのだが、駄洒落好きな小生らしい、偶然と言えるのかもしれない。

 以下、せっかくなので(?)、3年前のオートバイとの別れを綴った一文を転記しておく。

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→ 同じ花をちょっと斜め横から撮ってみた。早いものは、梅雨前…五月の連休の頃から咲き始めていたっけ。息の長い花だ。

オートバイとの別れ」(2006/08/19)

 今日、8月19日は、語呂合わせではないが、バイクの日である。
 って、念のために書いておくが、実は8月19日は、本当に「バイクの日」なのである。
 なんたって、内閣府が制定した権威ある日なのだ。
 なんでも、「バイクの楽しさや利便性を再認識し、二輪車事故を減らすことなどを目的に、内閣府が制定」したのだという。
(ついでに念のために断っておくと、今日は…予想されるように、「俳句の日」でもある! でも、「歯育の日」(歯の教育の日)とか、「ハイクの日」(ヒッチハイクを奨励する日)とか、歯が抜けて「歯、逝く」の日とか、いろいろ考えられる……。)

 さて、今日は小生にとって記念すべき日となった。といっても、悲しい記念日なのだが。
 実はバイクを手放したのだ。車検が切れていたこともあり、ここのところ乗っていないのだが、車検を受ける必要に迫られている現実を前に、このところバイクをどうするか、散々迷ってきた。
 小生がバイクの免許を取ったのは、1974年の夏。学生生活を送っていた仙台でのこと。当時、宮城県では(多分、全国共通だろうが)オートバイの免許は小型・中型・大型に分けられていて、小生はまずは小型に挑戦した。
 イタズラでも乗ったことの無い小生、少々苦労はしたが晴れて免許を取得。
 即座に中古の125ccバイクを買った。半年後の冬、大型に挑戦、一発合格!
 以来、上京した78年の春から81年の春までの3年間の中断を覗くと、ずっとバイクと生活を共にしてきた。共に歩いてくれる人生のパートナーには一度も巡り合えなかっただけに、オートバイは小生の人生のパートナーといって過言ではない。
 ずっと苦楽を共にしてきたのだ。
 免許を取って今年で32年。乗った期間は29年間だ。
 オートバイ生活に付いては機会を改めて書くことにしたい(書きたいことが多すぎるので。真冬の吹雪の関越自動車道での遭難未遂事件がメインだろう)。

 バイクを手放す決断に至った理由は少なからずある。
 列挙しておくと:
 年のせいか、通勤以外にバイクを使わなくなった。
 バイクを止める場所が自宅から遠く、そもそもバイクに乗ること自体が一仕事という実情が続いていた。
 タクシーでの違反は10年前にあったきりだが、オートバイでの違反(スピード)が5年前にあった。もう、免許証を汚したくない!
 経済的に所有が困難になった。
 都内(に限らないが)では、場所によってオートバイでも駐車違反に問われることが多くなってきている(でも、オートバイ用の駐車場は極まれ。しかも、貧乏人の小生、仮にあっても所定の駐車場(オートバイの場合は駐輪場?)に止めるのは負担感が強い。
 オートバイに乗っていることが母への精神的な負担になっている(特にバイクでの帰省は往路・復路共に心配の種だったようだ)。
 よって、オートバイでの帰省は数年前より止めている。
 そもそも大型バイクを選んだのは、帰省ツーリングを楽しむためだった!

 ある意味、最後の理由が一番、大きい。体に不都合を覚え、車椅子生活の母なので、余計な心配をかけたくないのだ。殊勝? 気分的には、正直なところ、乗るのを止めたのは、これまでにかけた心配の罪滅ぼしの念に近いかもしれない。
 
 今は自転車通勤も考えている。バスと電車を使って通勤しているが、通勤時間が掛かりすぎる。バイクを通勤の手段に使っていたのは、バイクだと往復で正味40分弱。それがバスと電車だと往復で1時間半ほど。
 タクシーの仕事は今は不況、そして小生自身の能力のなさもあって、労働生産性が低い。つまり、長時間労働なのに給料は…書けない!!
 よって余暇の時間は乏しい。その少ない時間の大半は仕事の疲れを抜くことに費やされる。とてもじゃないが、余暇を外出その他で楽しむという余裕はない。
 その上、このところのバス・電車通勤で、尚更、余暇が削られている!

 さて、バイクのことをまともに書くと、紙面が幾らあっても足りない。
 それに、バイクがないと、翼が捥がれたような、片腕が無くなったような、人生のパートナー(少なくとも生活の足だった)と分かれてしまったような気分で、ちょっと落ち込み気味で、そのうち、折を見て、あれこれ書いてみたい。
 今は、これでお終い!
 これが我が8・19(バイク)の日の顛末なのだった。

 今夜は自棄酒ならぬ自棄ピザで祝杯だ!

[実は、本当にMサイズのピザを注文し、まるごと食べました!]

                                (以上、転記)

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← 昨日も載せた写真だが、どんな鳥か分からなかったので、少し拡大した画像を載せる。日向ぼっこ…、気持ち良さそう! …ただ、今日18日は、真夏の太陽の日差しが戻ったので、さすがにこうはいかなかったのではなかろうか。


オートバイ関連拙稿:
雪の関越道あわや遭難事件

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コメント

弥一氏、バイク、とくれば、やはり雪の関越自動車道における一件ですね。
あのレポートは展開がスリリングで、また旅情もあり、実に読み応えがありました。

僕は長らく乗った4wd車を三年ほど前に売却して以来、自転車のみの生活で、意外にもそれは便利で快適なものなのですが、たまには漕がずに動くバイクにも跨りたくなります。
今は原付免許しかないので、選択肢はカブかスクーターくらいだろうけれど、それでも愉しいでしょうね。自転車では往けぬ峠などを越えてみたいものです。

弥一氏も近頃(業務用とはいえ)バイクと復縁されたとのこと、これを機会にふたたびツーリングを楽しめるようになればいいですねえ。


投稿: 石清水ゲイリー | 2009/08/19 10:06

石清水ゲイリーさん

愛用していた車(やバイク)を手放すのは、やはり、一つの決断ですね。
今、知ったのは、石清水ゲイリーと小生が、ほぼ同じ頃に愛車を手放したらしいこと。

以来、自転車が日常の足に。
今も、デパートなどへ行くにも図書館へ行くにも、スーパーでの買物も、自転車頼り。

それはそれとして、やはり、バイクに跨り、やや遠い地を旅してみたいと感じます。

投稿: やいっち | 2009/08/19 18:05

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