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2009/07/12

今日は「悪魔の詩」訳者殺人事件の日

 今日7月12日は、「今日は何の日~毎日が記念日~」によると、「ラジオ本放送の日」とか「ローリング・ストーンズ記念日」とか、いろいろあるが、個人的には、(日本の)古代史や考古学に興味があることもあって、「ひかわ銅剣の日」が気になる。

「1984(昭和59)年、島根県斐川町の荒神谷から弥生時代の銅剣358本が発見された」日なのである。
荒神谷遺跡 - Wikipedia」によると、「銅剣の一箇所からの出土数としては最多であり、この遺跡の発見は日本古代史学・考古学界に大きな衝撃を与えた。これにより、実体の分からない神話の国という古代出雲のイメージは払拭された。その後の加茂岩倉遺跡の発見により、古代出雲の勢力を解明する重要な手がかりとしての重要性はさらに高まった」のである。

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→ 一昨日の一晩中の風雨に耐えて、朝顔の花も健在。

 でも、今日はこの話題へは深入りしない。

7月12日 今日は何の日~毎日が記念日~」の歴史の項をずらずら眺めていて、下記に目が止まった:
1991年小説『悪魔の詩』を日本語訳した筑波大の五十嵐一助教授の他殺遺体が大学構内で発見」!

 殺害当時、五十嵐一氏は47歳だったという(以下、敬愛の念を籠め、敬称は略させてもらう)。
 若い!

「東洋思想の大御所井筒俊彦の愛弟子」で、「1970年に東京大学理学部数学科を卒業」し、「1976年に同大学院美学芸術学博士課程を修了。同年からイランに留学して、イラン革命が起こった1979年までイラン王立哲学アカデミー研究員を務める」といった異色の経歴の持主だった。
「井筒俊彦の愛弟子」だったという事実は、小生は、今日調べていて、初めて知った。
 学生時代には井筒俊彦の本を何冊かは読んだが、その頃には五十嵐一は井筒俊彦の薫陶を受け始めていたということなのか(未確認)。

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← ゴーヤやヘチマなどのツルも伸びてきた。小生、日々、ツルを横に曲げて、隣りの出窓方向へ導こうと努めている。

 ところで、小生は、恥ずかしながら、関心は抱きつつも、五十嵐一訳の『悪魔の詩』は読んだことがない。
 小生は、「詩」とあるだけで、敬遠してしまう。
 どうにも、詩には苦手意識がある。
 きっと、詩心からは一番遠い人間なのだろう。

 しかし! 『悪魔の詩』は、「イギリスの作家サルマーン・ルシュディーがムハンマドの生涯を題材に書いた小説である」なのである!

 小生はそんなことすら知らない奴なのだ。

『悪魔の詩』は、「悪魔の詩 - Wikipedia」によると、「イギリスの作家サルマーン・ルシュディーがムハンマドの生涯を題材に書いた小説である。日本では、筑波大学助教授五十嵐一(いがらし ひとし)によって邦訳(『悪魔の詩(上・下)』、新泉社、1990年)がなされた」といったもので、「現代の出来事や人物に強く関連付けられた内容がムスリム社会では冒涜的であると受けとられ、激しい反発を招いた。この結果、一連の焚書騒動、イラン最高指導者ホメイニによるルシュディーの死刑宣告に続き各国の翻訳者・出版関係者を標的とした暗殺事件が発生した」。
 その中の一人として、日本語訳の任を担った五十嵐一が殺害されたのだった。

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→ 今日もせっせと畑の草むしり。畑の畝(うね)から食み出して繁っていた紫蘇を表の花壇の空白部分に植え替え。多分、明日には枯れてしまうだろう。

悪魔の詩訳者殺人事件 - Wikipedia」には今は深入りしないが、「日本の当局による調査は、敏感な外交状況を配慮して具体的な結果を挙げないまま実質上終了されている」という点だけは銘記しておきたい。
 政治的な配慮もあって、当局は犯人の逮捕の努力を怠ったか、曲げてしまったのではという疑念は当時も抱いたし、今も消えない。

 ここでは敢えて転記しないが、「悪魔の詩訳者殺人事件 - Wikipedia」なる頁の「概要」の項(特にその末尾)などは一読を薦める。

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← 夕方、表の庭から屋根越しに旅客機の機影を撮った。普段は、点にしか見えないはずが、今日はやけに大きい。必ずしも、同じルート(線上)を飛行するとは限らないってことなのか。

 その事件も、「15年後の2006年7月11日、真相が明らかにならないまま、(実行犯が1991年から日本国内に居続けたと仮定した場合の)公訴時効が成立した」のである。
 五十嵐一や、その家族、関係者らはさぞかし無念だろう。
 犯行を為した人物は外国人の可能性がある。
 ということは、海外へ逃亡した可能性も大きいわけで、事件は終わっていないと考えることも可能なのである。
 あるいは、もう、風化した…風化することを当局は願っているのか。

 テレビドラマなら、組織の論理に反逆して、一人、正義と真実を求める情熱を燃やす刑事(デカ)が頑張ったりするんだけど、現実はやはり違う。

                                    (09/07/11 作)

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コメント

こんばんは、携帯の機能を使って書きますね。五十嵐さんがちょうど殺されて、悪魔の詩がちょっとタブー視されたころ僕は教育実習に行ったのですが、教育実習で世界史を担当した学生が、悪魔の詩を買ってきて生徒に見せてましたね、ちょうどイスラムのところを教えていてこれが今騒がれている本だと。で、僕は哲学入門ということでデカルトを教えた。ちょうど東大倫理で伊藤勝彦さんのデカルト演習やってたので、それを引き合いに出して、君たちは東大の講義と同じことを話してやってんだぞとか言って。東京は今日は都議会選挙、民主党が勝つでしょう

投稿: oki | 2009/07/12 01:22

okiさん
わざわざ携帯から。ありがとうございます。
最近、コメントに飢えていて、とても嬉しいです。

okiさんの出身大学だと母校が同じ同士で親近感もあるでしょうね。

学校関係者、教育関係者、イスラムに限らず思想に関心のある方には、現場で何かしらのエピソードを持ったりするのでしょう。

都議選、たった今、投票時間が終了したところです。
結果が出るのは、間もなく。
国政も左右されだろうし、結果が気になります。

投稿: やいっち | 2009/07/12 20:04

はい、滝野さんのところでチンゲンサイさんー漢字変換できないぞー見つけて懐かしかったのです。ネットは所詮虚構の世界、けどいないと寂しいですね、やはり。伊藤さんとは伊藤勝彦さん、当時東京女子大学の哲学で教官の内紛があって伊藤さんは立て直しするため東京女子大学に呼ばれたのです。伊藤さんは三島由紀夫とも親交があって、死ぬことを怖がっていた三島が何故自殺したのかー人は思想のためでも死ねると解いています、三島と親交あった人の解釈だけにあながち的外れではないかと。

投稿: oki | 2009/07/13 23:11

oki さん
これも携帯から?

一昨年、携帯を買い換えてから、携帯で閲覧や投稿(コメント)はしなくなった。メールの文字が変換しづらくて。

伊藤勝彦さんのことは存じ上げなかったのですが、『愛の思想史』はロングセラーだとか。
なるほど、三島関連の著作も多い。
哲学プロパー以外での活躍が目立つのかな。


青梗菜(チンゲンサイ)は、記憶させておかないと、仮名漢字変換は無理みたい。

時折、彼のサイトの掲示板を覗いたりするのですが、スパムコメントは相変わらず放置されてますね。
彼の方針なのでしょうけど。
滝野さんらとの交流も続いている。
ネットは変化が激しいって言うけど、そうでもないってことですね。

投稿: やいっち | 2009/07/14 10:45

図書館のパソコンです。本当はブログコメントしてはいけないのですがー。
さて伊藤勝彦さん「森有正先生と僕」だしましたね。
伊藤さんの恩師は大森荘蔵さんと森さんなのですが、それはいいとして「本郷における最後のデカルトゼミ」が語られています。伊藤さん還暦の年のゼミ。それは、倫理学科の特殊講義まのですが、この本見ると哲学科のゼミにしかみえない!くやしい!名前の出ている荻原理君とは駒場で同じクラスでした、当然哲学科に行かれた人。
まあそれでも、デカルトは経験の哲学者だと、森有正と伊藤さんが考えていたとは面白い

投稿: oki | 2009/07/17 20:44

okiさん
図書館からですか。

そういえば、在京時代、小生も、家のパソコンが故障した時、図書館のPCでネットし、自分のHPの掲示板へのコメントに返事(レス)したことがあって、係員の方に注意されたことがあったなって、思い出しました。


大森荘蔵さん、懐かしい。
一度、仙台でも特別講義があって、聞いたことがあったっけ。

デカルトは経験の哲学者!
正確な意味は分かりかねますが、彼の雪の結晶の観察は、彼の哲学の基本姿勢がうかがわれ、魅入られたものです。
物質を徹底して遠隔作用を否定し、粒子の渦状の運動として宇宙の創生を説く渦動説なんて、アラン・ポーの『ユリイカ』より遥かに密度の濃い想像力を感じたものでした。
…なんて、釈迦に説法ですね。
とにかく、後世の批判はいろいろあっても、これからも間違いなく読まれていく哲学者ですね。

投稿: やいっち | 2009/07/18 00:09

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