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2009/07/26

広重の『隅田堤 闇夜の桜』を江戸時代の版木で

 昨日(24日)の「NHKニュースウォッチ9」で、広重の浮世絵のことがミニ特集されていた。
 ある民家(大森家)で広重の版木が発見され、その版木に基づき、浮世絵を復元する試みだった。
 復元された作品は、広重の『隅田堤 闇夜の桜』(三枚続きの絵の左の図のもの)である。

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← 刷り上った広重の『隅田堤 闇夜の桜』 帯にも模様が描かれていた事実も、今回、発見されたという(以下、全ての画像は、テレビ画面をデジカメ撮影したものである)

 そもそも、版木などは、浮世絵を刷られた段階で廃棄されるという(廃棄の具体的な状況は説明されなかった。他の用途に使われるのか、消耗品だから単に捨てられるのか)。
 だから、版木が残っていること自体、珍しいことなのだという。

 この作品自体は、例えば、太田記念美術館などに残っている。
 なので、描像自体は目新しいわけではない。

 しかし、改めて版木から刷り直してみることで分かった事実もある。

 今年初め、刷り直しが依頼されたのは、有名なアダチ版画研究所である。
 その際のプロジェクトの様子は、下記のブログに詳しい:
浮世絵・木版画のアダチ版画研究所 スタッフブログ NHKニュースウォッチ9で紹介!アダチの職人が江戸時代の版木を再摺。今に甦った広重の浮世絵

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→ 江戸時代の版木に忠実に復元された作品(左側)と、太田記念美術館所蔵の同じ作品。夜空など、背景の色合いが、随分、印象が違う。思わず知らず、現代人好みに摺られていたということなのか?

 貴重なのは、残っていたのは「広重の「隅田堤闇夜の桜」という三枚続きの絵の左の図のもので」、「この左図をつくるための全ての版木がそろっていた」という事実。
 ただし、さすがに版木の中には朽ちて磨り減っているものもあり、そこからドラマというか、彫師や摺師ら職人の経験に基づく試行錯誤が特集されるわけである。

 その苦労ぶりは、改めて「浮世絵・木版画のアダチ版画研究所 スタッフブログ NHKニュースウォッチ9で紹介!アダチの職人が江戸時代の版木を再摺。今に甦った広重の浮世絵」を覗いて確かめてもらいたい。

 さらに、「NHKニュースウォッチ9で報道! 版木発見! アダチ版画研究所の職人たちの技術で広重の浮世絵が甦る」というブログが続く。

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← 目元に注目。うっすら紅(べに)の色。但し、口紅は、版木が磨り減っていて、色は摺りだされていない。どんな口紅の色だったのだろう。想像してみるのも楽しいかも。

 ところで、上で、「改めて版木から刷り直してみることで分かった事実もある」と書いた。
 それは、上記したように、本作品自体は太田記念美術館などに残っていて、未知の作品ではなかったのだが、なんといっても、色合いが違うことが分かった。
 版木には色指定がされているので、その指定に基づいて忠実に摺ったところ、やはり、色合い(印象)が随分と違う。
 まず、髷(まげ)の髪の彫りが随分ときめ細かいという事実が分かったという。
 一ミリに三つの髪の根元の表現。
 これには摺りを再現しようとした現代の職人も、当時の技の凄さに感嘆していた。
 
 ついで、目の周りに薄っすらと紅(べに)色が使われていたという事実。

 
 女性の着物の帯だが、従前だと、赤っぽい色が一色だけに見えるが、実は、帯には模様が描かれていたという事実が判明。
 色合いといえば、例えば、空の色。
 現今の作品では、藍色というか紺色で、ある意味、われわれの常識に近い色。
 暮色が藍色だったり、川の色も綺麗な濃い青色で、こういった色彩は現代感覚に受けるのか、従前の色合いのほうが好感を抱いてしまう(← 小生の印象)。

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→ 結い上げた髪の根元に注目。一ミリの間に三つ、彫られている。当時の職人の技術の高さを偲ばせるものだという。

 一方、版木に忠実に表現された夜空の色は、黒っぽくて、沈んだ雰囲気。
 江戸時代は、夜空の色を殊更、情緒たっぷりな色合いにしようとはしなかったのか、まだ、あの独特な色合いのブルーが未だ入手できなかったのか、あるいは、摺りの際に、値段で色(画材)を替えていたのか、浮世絵事情に疎い小生には、謎が深まるばかり。
 小生が見聞きした範囲では、テレビ(特集)の中では、背景の色合いのことは全く話題に上らなかったと思う。
 
 まあ、疑問も興味も尽きないが、とにかく、江戸時代はかくやというばかりの摺りの現場を垣間見せてもらったようで、興味津々のミニ特集なのだった。

 個人的には、細部での芸の細かさ、技術の高さもだが、上記したように、背景色の今昔の違いに一番、強い感銘を受けた。
 発見された版木に基づく背景色は、その版(木)に特有のものだったのか、江戸時代は、大概はややくすんだような黒っぽい色が普通だったのか、高級志向、新しいもの志向の客には美麗な紺色(藍色)を使ったのか、あるいは藍色を使うようになったのは、もっと後代のことなのか。

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← 冒頭の画像で、帯(腰)の部分を拡大してみた。テレビ画面をデジカメ撮影したものなので、鮮明には分からないかもしれないが、模様が描かれていることが分かるはず。

「発見された版木、そして再摺された作品は、今秋、アダチ版画研究所ショールーム(東京・目白)にて公開予定」だとか。

                                    (09/07/25 作)

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コメント

 私もたまたまですが見ていましたよ。

 江戸時代の日本の技術。
 でもそれは、十二分に現代でも通用する技術。
 「職人」のすごさを感じました。
 同時に、これくらいの技術者が再び日本で生まれればいいのに。。。。。。と、思いました。
 まさに「世界に誇れる技術」ですよね。
 (私が知らないだけで、存在するのかも知れませんが)


 色合いのことは私は思い至りもしませんでしたが、もしかしたら当時の職人さん(広重氏)なりの理由があったりして?

投稿: RKROOM | 2009/07/26 20:51

RKROOMさん

仲間がいて、よかった!
ネット検索しても、あまり話題になっていない(なっていたら、小生がわざわざメモする必要もなかったんだけど)。

版画は特に江戸時代、隆盛を極めたわけだから、職人の腕も相当に必要だったのでしょうね。
版木で摺ったものが、絵であり、包み紙であり、瓦版でもあり、要するに、種々雑多な用途があった。
マスコミさえも兼ねていたわけだろうし。


それにしても、謎なのは背景の色合いです。
太田記念美術館の版画も、きっと後代の摺りじゃなく、江戸時代に摺られたものでしょうから、尚更、今回の摺りなおし作品との色合いの違いが気になります。

誰か、専門家の知見をうかがいたいところですね。

投稿: やいっち | 2009/07/27 00:06

 この番組、わたしも見ましたが、NHKの版木に関する番組が春にもありました。「幻の色 よみがえる浮世絵」。しかも富山県に関する話題です。歌川国芳の浮世絵版木382枚(104作品)が舟橋村の売薬商の蔵から見つかったというもの。この版木をつかった再現に多くの現代の工匠が取り組むという感動的な番組です。いずれ再放送があると思います。お見逃しなく。番組のタイトルや、「NHK/版木/富山県」で検索していただければ内容を詳しく知ることができると思います。

投稿: かぐら川 | 2009/08/01 09:28

かぐらさん

「歌川国芳の浮世絵版木382枚(104作品)が舟橋村の売薬商の蔵から見つかったという」情報は得ていたのですが、記事に仕立てるまでの情報は得られなかった。

「この版木をつかった再現に多くの現代の工匠が取り組むという感動的な番組」は、全く、気づかず、見逃しています。

いずれ再放送があるだろうとのこと。
今度は見逃さないようにしたい。

投稿: やいっち | 2009/08/01 19:32

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