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2009/06/21

梅雨のあれこれ(紫陽花編)

 6月というと、何を真っ先に思い浮かべるだろう。紫陽花。ちょっと早いけど蛍狩り。未婚の女性などは、ジューンブライドを連想されるだろうか。まあ、北海道は別として梅雨を思い浮かべられる方が多いのではなかろうか。
 東京もほぼ例年通りの10日、梅雨入りが宣言された。日中は、東京の都心では雨が降らないどころか、晴れ間さえ望まれて、おいおい気象庁さん、ちょっと焦ってんじゃないの、と思ったが、さすが、伊達に気象庁さんが宣言されたんじゃないんだね、その夜、遅くになってからだが、シトシトといういかにも梅雨を感じさせる雨が降り始めた。

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← 昨年(20年)6月下旬に撮影。我が家に鉢植えの紫陽花があった! 何処へ行ったのか、見当たらない。

 ただ、なんとなくからっとしている感じがあって、ジトジトはしていない。湿度の低い雨降りでは、今一つ、梅雨の感じがしないのである。
 梅雨は鬱陶しいね。でも、齢を重ねたせいか、なんとなく長雨もそれなりにいいかなと思ったりする。肌がなんとなくしっとりした感じがあるし、草木が潤いを得て緑が一層、濃くなる。葉裏を伝う雫をじっと眺めているだけでも、何か、ホッとするものを感じる。
 「緑滴る」とか、「風薫る」などの言葉は梅雨の時期を表した言葉(季語)ではないが、小糠雨に濡れそぼつ木々や名の知れぬ草たちを見ていると、つい、緑滴るなどと表現したくなる。

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→ 同じく6月下旬に撮影。昨年も見事に咲いてくれていた。

 昔は、艶のある美しい黒髪のことを、緑の黒髪などと表現したものだが、今時はそんな女性を見かけることはめったにない。茶髪が流行っているし、過剰なまでに清潔感を追い求めるためか、体臭を消すためにかシャンプーを使った洗髪をし過ぎているせいではないかと思う。
 髪が細くて、茶色に染めていなくても黒髪とは言い難いし、それに髪の繊維が細い。命からがら、ただ伸びているだけで、ムースか油で塗り固めて、やっと髪に艶を、艶モドキを出しているようだ。髪が可哀想な時代だね。
 おっと、また、余談の迷路に入り込みそう。
 気を取り直して、小生は気持ちだけでも梅雨を感じようと梅雨にちなむあれこれをボンヤリ連想風に追いかけてみようと思い立った次第である。
 
 まずは紫陽花から。都内でも結構、思いがけない場所で目にすることがある。住宅街などでは、ブロック塀と高さを競うようにあるいは、ビルの谷間の小道に沿って紫陽花の淡い紫の花が咲き誇る。
 念のため、手始めに紫陽花についての説明を掲げておこう:

ユキノシタ科の落葉低木。ガクアジサイを母種とする園芸品。茎は高さ一・五メートルぐらいで根元から束生する。葉は対生し大形の卵形か広楕円形で先がとがり、縁に鋸歯をもつ。夏、球状の花序をつけ、ここに花弁状のがく片を四または五枚もつ小さな花が集まり咲く。がく片は淡
青紫色だが、土質や開花後の日数等により青が濃くなったり、赤が強くなったりする。茎は材が堅く、木釘、楊枝をつくり、花は解熱剤、葉は瘧(おこり)に特効があるという。しちだんか。てまりばな。《季・夏》
               [国語大辞典(新装版)小学館 1988]より

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← 21年6月17日、撮影。同じく、裏庭の紫陽花。

 物の本によると、紫陽花は少なくとも奈良時代には日本でも見られたようだ。梅雨の頃ともなると、なんとなくモノトーンな色彩になりがちな日本の風土にあって、雨の中でも紫陽花は鮮やかで、とても映える。あんな淡い色調の花なのに、どうしてクッキリと浮かび上がって見えるのだろう。
 何か天然の蛍光色の成分でも入っているのだろうかと、勘ぐりたくなる。
 アジサイを何故、紫陽花というのか。事典には、「名は青い花がかたまって咲くようすから名づけられた」とあるが、今一つ釈然としない。
 ところで、今ではヨーロッパでも見られる紫陽花だが(但しヨーロッパに渡ってから改良されたもの)、ヨーロッパへは中国を経由してイギリス(王立植物園)に渡ったのだという。
 もう少し日本での紫陽花の歴史に拘ると、『万葉集』に紫陽花の名が見られる。大伴家持や橘諸兄らが詠んでいる。

 言問はぬ木すら紫陽花諸弟らが練りのむらとにあざむかえけり   大伴家持

 紫陽花の八重咲くごとく八つ代にをいませ我が背子見つつ偲はむ  橘諸兄

 いつもながら、「たのしい万葉集」さん、ありがとう。

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→ 同じく21年6月17日、撮影。そろそろ梅雨入り。

 実は、『万葉集』に紫陽花が扱われるのは、この二首に限られるらしい。「平安文学には名はみえない」という。「色が変わることが心の変節と結び付けられ、道徳的でないとされて、近世まで目だたない花」だったというのだ。
 紫陽花がヨーロッパに渡ったのが、江戸時代(1789年、中国に渡っていた紫陽花をバンクスがイギリスに伝えた)で、日本では目だたなかった花がヨーロッパでは珍重され改良されたのである。皮肉なものである。
 なんでも、シーボルトが愛人のお滝さんの名にちなんで、アジサイにオタクサ(H.otakusa)という種の小名を与えたこともあったとか(その後、別の名前に変わった)。
 さて、どうしても小生は名前が気になる。多くの花の名前が美しいように紫陽花も素敵だ。誰が命名したのだろう。アジサイという言葉の響きがいいのは、どうしてなのだろう。その響きと現実の雨に煙る紫陽花とが印象の上でダブっているからなのだろうか。
 今、仮に外国(中国以外)から花が輸入されたとしても、きっとカタカナ表記のままなのだろう。もう、日本語表記にする必要も能もないのだろうね。
 アジサイという言葉は古来よりあったらしいが、必ずしも漢字表記が決まっていたわけではないようだ。その必要に迫られた時、唐の詩人白楽天の詩から紫陽花という名前が流用されたとも言われている。
 但し、白楽天の意味する紫陽花は、どうやら日本の人が名づけようとしたアジサイではなく、ライラックだったのだとも言われている。
 それゆえ、アジサイは中国原産だと誤解されたりもしたらしい。名前は難しいし、ややっこしいね。

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← 21年6月18日、撮影。紫陽花の全体像。これが数本、あったなら、裏庭は紫陽花の庭と呼べるのだが。

 さらに、これはネットで見つけた説である(残念ながらそのサイトは今は開けない)。そのサイトによると、「集真藍(あづさあい〉・「あづ」は集まるの意 ・「さ」は意味のない接頭語 ・「藍」は青の意」だという。有力な説のようだ。
 同じサイトには、「「紫陽花」は、中国の招賢寺という寺にあった名の知れぬ山樹に咲く花で、色は紫、芳香を放つ仙界の麗花であった、と言われ、日本のアジサイとは何の関係もない」とも書かれてあった。
 紫陽花の花言葉は、古来からの印象というか伝統による先入観もあるのだろうが、花色の変化から「移り気」「心変わり」となっているようだ。けれど、人によっては、「 一家だんらん」「家族の結びつき」を象徴する花だともいわれる。
 数多くの花びらが寄り添うさまを見ると、小生も後者のほうが相応しいと思う。
 最後に、せっかくなので、ある方から教えていただいた「すみだの花火」を見ていただこう

 ついでに、これまたネットで見つけた一句を:

  紫陽花と菖蒲が競う梅雨半ば   (?)

                                      (03/06/12)

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→ やはり21年6月18日、撮影。風があって、焦点が合わなかった。雨が待ち遠しい?

[本稿は、6年も以前に書いたもの。メルマガにて配信。のち、あるブログにアップ。かぐら川さんのブログ記事「あじさい諸相 めぐり逢うことばたち」で、「大伴家持の「言問はぬ木すら紫陽花・・・あざむかえけり」という難解な歌」のことが話題に上っていた。小生も何年か前に扱ったことがあるなはずと調べたら、確かにあった。ただ、小生はかぐら川さんとは違って、分からないことを探求していない中途半端さを露呈していた。せっかくなので、ココログのブログに載せておく。本文は、基本的に書いた当時のまま。リンクも既に相手先の頁が削除されたものもあるが、当時の侭にリンクを張ってある。但し、せっかくなので、最近、撮った我が家の紫陽花の写真を幾つか付しておく。 (09/06/21 記)]

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コメント

 トラックバック、有り難うございました。ところで――。
 白楽天の詩に登場する「紫陽花」が、日本の――日本原産の――“あぢさゐ”とは別物だと強調したのは、牧野富太郎氏でした。「ちくま学芸文庫」に入っている氏の植物随筆集『植物一日一題』にもその話が載っていたはずと、この文庫を探しましたが見当たらず、秘蔵の?この本の初版本を出してきました。90歳!のときの本です。“一日一題禿筆を呵し、百日百題凡書成る、書成って再閲又三閲、瓦礫の文章菲才を恥づ。昭和二十一年八月十七日より稿し初め、一日に必ず一題を草し、之れを百日欠かさず連綿として続け、終に百日目に百題を了へた。”というシロモノです。
 余談はともかく、――そして牧野植物学への批判についてもここではふれないこととして、――本文「紫陽花はアヂサヰではなく、燕子花はカキツバタではない」を引用しておきましょう。(表記を現代仮名遣いなどに直しました。ただし、「アヂサヰ」「支那」はそのまま。)

 “私はこれまで数度にわたって、アヂサヰが紫陽花ではないこと、また燕子花がカキツバタでないことについて世人に教えてきた。けれども膏肓に入った病は中々に治癒らなく、世の中の十中殆んど十の人々はみな痼病で倒れてゆくのである。
哀れむべきではないか。そして俳人、歌人、生花の人々などは真っ先に猛省せねばならぬはずだ。
 全体紫陽花という名の出典は如何。それは支那の白楽天の詩が元である。そしてその詩は「何年植向仙壇上、早晩移植到梵家、雖在人間人不識、与君名作紫陽花」である。そしてこの詩の前書きは「招賢寺ニ山花一樹アリテ人は名ヲ知ルナシ、色ハ紫デ気ハ香バシク、芳麗ニシテ愛スベク、頗ル仙物ニ類ス、因テ紫陽花ヲ以テ之レニ名ヅク」である。考えてみれば、これがどうしてアヂサヰになるのだろうか。アヂサヰをこの詩の植物にあてはめて、始めて公にしたのは仰も源順の『倭名類聚抄』だが、これは実に馬鹿気た事実相違のことを書いたものだ。今この詩を幾度繰り返して読んでみてもチットもそれがアヂサヰなっておらず、単に紫花を開く山の木の花であるという過ぎず、それ以外は何の想像もつかないものである。ましてや元来アヂサヰは日本固有ノガクアヂサヰを親としてそれから出た花で断じて支那の植物でないから、これが白楽天の詩にある道理がないではないか。(以下略)”

 『万葉集』の“あぢさゐ”についてはあらためて。

投稿: かぐら川 | 2009/06/22 01:45

かぐら川さん

TBだけして失礼しました。

小生の拙文より中味の濃いブログですし、コメントです。
このコメントを読んでもらうだけでも、拙稿をアップした甲斐があったというもの。

…それにしても、牧野さん、怒ってらっしゃいますね。


「紫陽花」の表記もいろいろあって、「集真藍」「味狭藍」「安治佐為」など(中国では「八仙花」または「綉球花」と呼ぶとか)。

せっかくなので(?)俳句を幾つかネットから拾っておきます:

「紫陽花や折られて花の定まらぬ」    藤原保吉(ふじわらやすよし)

「紫陽花や藪(やぶ)を小庭の 別座敷」    松尾芭蕉

「紫陽花の末一色(すえひといろ)となりにけり」    小林一茶

「紫陽花や はなだにかはる きのふけふ」    正岡子規

「紫陽花の色香も雨に漂へり」    (や)

投稿: やいっち | 2009/06/22 13:54

 すみません。長い引用をしたら、いくつか誤字脱字がありました。“この詩を幾度繰り返して読んでみてもチットもそれがアヂサヰなtれおらず、”の最後の部分は“アヂサヰなっておらず”です。

 なお、万葉集中の二つの歌、大伴家持の方〔4-773〕は、《味狭藍》。橘諸兄の方〔20-4448〕は歌では《安治佐為》、「右の一首は、左大臣、味狭藍の花に寄せて詠めり」という左注(ここは漢文)には、《味狭藍》が使われています。

 牧野富太郎さんは、90歳になっても丸くならず舌鋒鋭く説いていて、『植物一日一題』は、全体が怒り?告発?の書になっています。省略した部分も含め、ぜひご一読を。

投稿: かぐら川 | 2009/06/23 00:27

かぐら川さん

>長い引用をしたら、いくつか誤字脱字がありました。

小生も時折、書評エッセイなどを書く際、それこそ数頁に渡る文章を引用転記することがありますが、随分と神経を使います。
でも、辛気臭い作業の割りに、読まれないことが多い。
読まれないのはともかく、万が一、一人でも読んだ方が居て、こんな転記して! なんて思われると癪。
中には、旧字だったりして、どうにも本文通り、書き写しが出来ない場合もある。

とにかく、いろいろご指摘、ありがとうございます。

牧野さんのことは、名前は存じ上げていても、恥ずかしながら、まだ、一冊も読んだことがない。
帰郷して、心ならずも(?)庭の草木の相手をするようになった今、野菜作り、花作り、造園のことも含め、関連の本を読んでいくことになりそう。

投稿: やいっち | 2009/06/23 09:42

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