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2009/06/15

「たまご」から「貝殻節」へ!

 ある本を読んでいて、「玉子」という言葉にふと目が止まった。
 …いや、止まりはしないが、ちょっと引っかかった。

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← 昨日、画像などで紹介したこの木(未だ名前不詳)の花、今日は肌寒い日だったのに、一気に開いた花の数が増えていた。画像がやや不鮮明だが、手前に他の木の枝葉が被さっていて、正対して撮れなかったのだ。

 料理は小生の役目の一つなのだが、「たまご」には実に重宝している。
 今日のお昼は、天津丼を作ったし、昨日の昼は、チャーハン。父母は寒いと、食欲がなかったりするので、雑炊を作る。栄養のためには、卵は欠かせない。
 そんなこともあって、「たまご」が脳裏の何処か書きたい、調べたい中枢を突っ突いたのだろう…か。

 そういえば、ずっと昔、「卵」と「玉子」って、どう違うの? 同じなの? どっちの表記を使っても構わないのって、誰かに問われたことがある。
 といっても、小生に問われたのではなく、学校の休憩時間での、ちょっとした雑談でのことで、誰かがテレビか何かで知った知識を、クラスの仲間に披露したかったのだろう。
 あれこれ意見が出たように思うが、答えは、当時は、調理される前のものが「卵」であり、調理されたら「玉子」と呼ぶんだと、彼は自慢げに説明してくれた。
 その後、テレビでも そんな話題が、折々のコネタとして、ポロッと出て、一瞬、ヘエーとなり、次に進んでいく。
 まあ、どうってことのない話題である。
 
 正確な定義は辞書で調べるべきなのだろうが、「「卵」は、生で、生きている状態(受精卵も含む)で、「玉子」は加工などして、もとの状態とは違ったものを言う」ってのが一般的な説明なのだろう(「卵と玉子の違いは?」参照)。

 実際、料理では生の卵を使うし、生のままで食べることもある。
「なまたまご」は、仮名漢字変換でも、「生卵」という表記となる。決して、「生玉子」という表記にはならない(全てのパソコンやワープロで確かめたわけじゃないが…)。
 食用になるかどうかでは、「卵」か「玉子」かの区別はできないわけだ。
 口に入るかどうかで、「卵」乃至「玉子」が決まるなら、鮭の卵などは鮭の玉子と表記しなければならず、ちょっと不自然である。
「生卵」をご飯や納豆に掛けて食べるのが好きな人も結構、いる。
 この場合は、「玉子」ではなく、「生の卵」ってことが肝腎、ということなのだろう。
 まあ、表記方法が心配なら、「たまごかけご飯」といった表記でお茶を濁すのが賢明なのかもしれない。


 しかし、では、「卵焼き」は、どうなんだ。「玉子焼き」ではないのか、となる。
 まあ、理屈を言えば、焼く前は「卵」で、焼いたら、「玉子」になるわけで、あくまで「(生)卵」を焼いたんだ、決して、玉子を焼いたわけじゃない、それだと、二重に焼きを入れることになるから、ということになるのか。

 新人や、何かを学習したての子供などを、将来に期待し成長を暖かく見守る気持ちを籠めて、「ひよっこ」とか「~~のたまご」と呼ぶことがある。
 この場合、敢えて漢字を使うなら、「~~の卵」であって、「~~の玉子」とは書くべきではないのだろう。
 まだ、未熟…どころか生なわけで、それがいきなり「玉子」では困るわけであろう(多分)。
「ひよっこ」にしたって、生だし ? !
 
Eggs

→ 「鶏卵(左)とウズラの卵(右)」 (画像は、「卵 - Wikipedia」より)

 やや類した表記に、「魚」がある。「うお」とか「さかな」と読むが、それぞれに使い分けがある、というわけである。
 でも、今回は、そこまで話題を広げるのはやめておく。

 語源や由来を調べるのに、非常に頼りになるサイト(「語源由来辞典」)に、ここでも登場願う。
「たまごとは、鳥・魚・虫などの雌が産み、殻や膜に包まれた球形のもの。かえると子になる。タマゴ」とした上で:

たまごは、形が球状であることから「玉の子」で、「たまご」と呼ばれるようになったもの。
(略)
「たまご」と呼ばれる以前は、「殻(かひ)の子」という意味で「かひご」と呼ばれていた。 「かひご」の漢字として用いられたのが「卵」や「卵子」で、「卵」単独では「かひ」とも言った。 ただし、「蚕(かいこ)」の語源とは異なる。
呼び名が「かひご」から「たまご」に変化したため、「卵」も「たまご」と呼ぶようになった。

 そろそろ、真打(?)サイトに登場願おう。
にわとり雑学博士のこけこっ考

日本で「たまご」という言葉が使われるようになったのは室町時代から戦国時代にかけてだと言われる。古代・中世では「加比子」といっていた。「カヒ」は貝殻の意味で、「貝子」「殻子」と表記されることもあった。
(略)
日本人がいつ、たまごを食べだしたかは定説がない。古代人は卵の殻が割れて突然ひよこが現れる神秘性におののいて食べなかったといわれる。

 ほんの一部を転記したが、実に興味深い記述があって、面白い。
 昔は、バナナほどではないかもしれないが、卵は貴重品で、高価でもあった。贅沢品だった時代もあったようである。病人の養生に、必死になって卵を入手しようとした、なんて場面が時代劇に出ていたりする。
我が家にも昔は、ニワトリ小屋があって、朝、母が小屋から卵を持ってきていたっけ。
 でも、そのうち、買うほうが安くなってしまった…。

にわとり雑学博士のこけこっ考」の文中に、「貝(殻)」が出てくる。
 そういえば、古代(有史以前も含め)、「貝殻玉」が貴重品だった時代があったという。
 貝殻は、それだけで美しかったりするが、種類によってはさらに磨き上げて「玉」にする。つまり、宝飾品にするわけである。
 島などの特産品になり、幅広い交流の輪があったという。
 今でも、綺麗な貝殻は、土産物として重宝とされている。
 ここでは、貝殻のことに深入りはしない。
(「貝殻」がとても、参考になる。)

 卵と貝で似ている点というと、何と言っても、表面が殻に覆われ、中味のブヨブヨの身を守っているという特徴だろう。
 卵は多くは球体か楕円体で、貝(殻)もやや扁平な楕円体のものが多い。

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← 冒頭の木、腐って壊れかけている竹垣から身を乗り出して覗いてみたら、花の芽が今日はこんなにあるのを発見。明日も曇天のようだけど、一気に花盛りとなるのか ? !

「かひ」は、「卵の殻」をも言うことがあった。
 これも、言うまでもないことだろうが、貝(殻)は、股座(またぐら)を連想させ、性的なシンボル(女陰のイメージ)でもあったりする。
 ふと、「貝殻節」(鳥取県民謡/松本穣葉子作詞)が思い出されてしまった。

 今時、「貝殻節」なんて結婚式で歌われることは、もうないのだろうか。

 貝の殻が口を開いてそこから新たな生命が生まれる…、貝(かひ)は、神秘の場を象徴する。
 だからこそ、宇宙卵といった象徴表現もありえるわけである。

 ビッグバンで宇宙卵の殻が裂け、中味が一瞬にしてぶち蒔かれ、宇宙が創世される。
 実に、「たまご」は奥が深い。

                                       (09/06/14 作)

[後日談:ホントは、何とか強引にでも、村上春樹の受賞スピーチ「壁と卵」に話をつなげたかったのだけど、ちと、無理があった!(09/06/17)]

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