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2009/04/15

今日はサルトルとジュネの忌日

 今日4月15日は、フランスの二人の作家の忌日である
 一人は、ジャン=ポール・サルトル(Jean-Paul Sartre 1905年生まれ 1980年死去)であり、もう一人はジャン・ジュネ(Jean Genet 1910年生まれ 1986年死去)である。

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→ J-P・サルトル著『嘔吐』(白井浩司訳 人文書院) (画像は、「raja-laut『嘔吐』 J-P・サルトル 人文書院」より)

 二人の作家という表現に違和感を覚えられる方もいるかもしれない。
 ジュネはともかく、サルトルは文学者・作家である以上に哲学者ではないか…。

 けれど、小生にとっては、サルトルは評論家であり、それ以上に『嘔吐』の作家なのである。

 学生になって、サルトルを読み出した頃には、既にサルトル熱は鎮まりかけていた。
 学生運動自体が下火になりかけていた時代でもあって、いろんな意味で遅れてきた世代の一人だったような気がする。

 高校二年の時に哲学に関心を抱き始めたが、サルトルを読むようになったのは大学生になってからで、72年の頃からだった。

[サルトル熱や学生運動は確かに下火になってきつつあったが(浅間山荘事件など総括の影響…マスコミの影響が大きかったし、数年前からの内申書や偏差値教育も学生を内向の傾向に捻じ曲げるのに預かって大きかった)、とはいっても、実存主義思想の影響力がしぶとく残っていて、小生なども、大学に入学して間もない頃、知人・友人たちと共に「実存主義研究会」なるサークルを立ち上げたものだった。
 サルトル(やカミユ、メルロー・ポンティら)が関心のメインにあったのは言うまでもない。]

 あまり熱心な読者ではなかったが、主著(のうちの一つ)である『存在と無』より、小説の『嘔吐』に痺れた。
 少なくとも小生にとっては、サルトルというと、まずは『嘔吐』の作家なのである。
 評論も含め、幾つかの作品(仕事)は読んだけれど、繰り返し読んだのは、『嘔吐』だけなのだ。
 今となってはサルトルの評価がどうなっているのか、そもそも今の時代、多少なりとも読まれているのかどうかも小生は知らない。
 いずれにしても、『嘔吐』一つで、サルトルの名は残るものと思う。

 それぞれ性格は明らかに違うが、サルトルの『嘔吐』は、リルケの『マルテの手記』、ジョイスの『若き芸術家の肖像』、ドストエフスキーの『地下室の手記』(『罪と罰』)、セリーヌの『夜の果てへの旅』、カミユの『異邦人』、ヘッセの『荒野のおおかみ』などと並ぶ、小生にとっての青春の書でもある。


 哲学に関心を抱いていたはずなのに、ハイデッガーの『存在と時間』は哲学の書として読んでも、サルトルの『存在と無』のほうは、小生は一つの小説として読んだ。
 それこそ、その都度の細心の宇宙論の本を、(科学者には失礼ながら)出来のいい啓蒙書である限りは、一つの文学書の一ジャンルとして読んでしまう小生なのである。
 哲学の書としてより、存在と無を巡る細密画を描くような虚構の書として楽しもうとしたものだった。
「人間は自由という刑に処せられている」も、哲学の徒としては論外の所業と思いつつも、小説のテーマとしては申し分ない!
 サルトルには、「想像力」をテーマにした論考があるが、創作を巡る方法論の書…というより、もろに文学論の書として楽しんだ(どの程度、理解できかたなんて、この際、どうでもいい。想像力の上で刺激になればいい。アンガージュマンなんて関係ない)。


 大作の『自由への道』は、何故か退屈で、途中で投げ出したっけ。
『弁証法的理性批判』なんて、タイトルだけで拒絶反応を起こしていた。

 自分の中で、何がサルトルをサルトルたらしめているかというと(あくまで小生にとっての話だが)、他者のまなざしへの異常なほどの鋭敏さである。
 極めつけが、「地獄とは他人である」という文言。「私は他者である」というランボーのこれまた有名な言葉と併せ、小生には文学上の原点を刻み込む碑銘のような言葉だ。

 見る自分が見られる自分になる。見られる自分は多少なりとも演出が可能なのだということを知る。多くの男には場合によっては一生、観客であるしかない神秘の領域を探っていく。仮面を被る自分、仮面の裏の自分、仮面が自分である自分、引き剥がしえない仮面。自分が演出可能だといことは、つまりは、他人も演出している可能性が大だということの自覚。
 化粧と鏡。鏡の中の自分は自分である他にない。なのに、化粧を施していく過程で、時に見知らぬ自分に遭遇することさえあったりするのだろう。が、その他人の自分さえも自分の可能性のうちに含まれるのだとしたら、一体、自分とは何なのか。
                           (「初化粧」より)

 さて、サルトルには優れた評伝がある。
 例えば、ギュスターヴ・フローベールを扱った『家の馬鹿息子』なんて大部の本がある。
 フローベールの小説を読むより面白かった。
 右目の失明で未完となったようだ。

 そして、『聖ジュネ──殉教者と反抗』である。
 そう、ジャン・ジュネを扱った評伝・評論。
 というか、ジュネの肉体のみならず精神までをもMRIにかけたかのような情け容赦ない分析。

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← ジャン・ジュネ (著) 『泥棒日記』(朝吹 三吉 (翻訳) 新潮文庫) (画像は、「Amazon.co.jp: 通販 - ファッション、家電から食品まで」より) 「言語の力によって現実世界の価値をことごとく転倒させ、幻想と夢魔のイメージで描き出される壮麗な倒錯の世界。――裏切り、盗み、乞食、男色。父なし子として生れ、母にも捨てられ、泥棒をしながらヨーロッパ各地を放浪し、前半生のほとんどを牢獄におくったジュネ。終身禁固となるところをサルトルらの運動によって特赦を受けた怪物作家の、もっとも自伝的な色彩の濃い代表作」(「ジャン・ジュネ 朝吹三吉『泥棒日記』|新潮社」より) 最高純度の宝石のような小説だ!

 情けなくも、小生は妙な偏見もあったし、この『聖ジュネ』に毒されてしまって、ジャン・ジュネの作品を虚心坦懐には読めなくなってしまった。
 これは、(自分の怠慢さを棚に上げての話だが!)、サルトルの罪である!

 …結局、ジュネを読み出したのはほんの数年前のこと。
『泥棒日記』や『花のノートルダム』で、その文章の美しさに驚かされた。
 文章の純度の高さは比類ないものだ。

「パリのブルジョワ知識人階級の中で育ったサルトル」と、「公共施療院に生まれるが、7ヶ月で母に捨てられ」たジュネ。
『泥棒日記』の執筆中、「有罪が宣告され、ジュネは終身禁固を求刑された」が、コクトーやサルトルらの運動で大統領の恩赦を獲得した。
 その一方で、ジュネの筆を一時期、折らしめたジュネ論である『聖ジュネ』。
 二人の因縁の深さを思わざるを得ない。

 その二人の命日が同じだなんて、運命の皮肉という纏め方は安易すぎるとは思うが、まあ、事実は事実である。
 ジュネも読みたい詩、新装版が出ているらしいし(?)、久しぶりにサルトルの『嘔吐』も読んでみたくなった。

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