丸根賛太郎のこと
過日、夕方だったか、テレビを見ていたら、丸根賛太郎についてのミニ特集があった。
生憎、家では炊事係りでもあるので、見ていたというより、特集番組を台所と茶の間(食事する部屋)とを往復しつつ、横目で、あるいは空耳で(?)齧り見ていたといったほうがいいかもしれない。

← 監督:丸根賛太郎『春秋一刀流』(日本/1939年/モノクロ/74分 16mm/スタンダード 撮影:谷本精史 出演:片岡千恵蔵、沢村国太郎、志村喬、轟夕起子) 丸根賛太郎の監督デビュー作品。鮮烈デビューとなったという。「春秋一刀流・鶴八鶴次郎 - 黌門客」が参考になる。(写真は、「7-dj.com CINEMA LAND」より)
映画についての話題だから、最初はフーンと聞き流していたが、富山という名称を耳にして、おやっと感じた。
その時点からでもじっくり見たかったが、そうもいかない。
幾つかの言葉・名称・単語だけ、インプットしておいた。
炊事しつつ、耳を欹(そばだ)てて聞きかじったところによると、旧制だが我が母校でもある富山高校を卒業後、京大へ進んだという。
そう、富山高校ということで、ビビビと来たのである。
が、肝腎の名前が正確には分からない。ただ、「丸根」(まるね)という苗字だけはメモ。
話の脈絡は分からないのだが、「青の光」とか「人生案内」といった言葉も脳裏に。
さらに「コルネ」も。
同氏は、映画を富山へ齎した人でもあるという。
それと、「モンタージュ」という言葉も引っ掛かっていた。

→ 丸根賛太郎監督「土俵祭」(DVD 黒澤明(脚) 片岡千恵蔵(演) 角川映画 (2008/05 出版) (発売:角川エンタテインメン))
さて、ネットで「丸根 富山」などをキーワードに検索すると、例えば以下の頁が浮上してくる:
「BBTスペシャル 1999年5月24日(月)放送分 チャンバラ映画の鬼才・丸根賛太郎」(ホームページ:「BBT WEB|BBTスペシャル」)
このチャンバラ映画の鬼才・丸根賛太郎(まるねさんたろう)のことなのだろうか。
丸根という名で、ある程度以上に有名な方は、ネット上ではこの方しか該当しない。
経歴も、符合している。
上掲のサイトによると:
丸根賛太郎:本名 赤祖父富雄
昭和7年4月旧制富山高校入学。富山高校にて映画研究会を創設する。
「帝国館」の支配人と親交を結び、映画研究誌「モンタージュ」を創刊、この時ペンネームを丸根三太郎と言う。マレーネ・デートリッヒのファンであったからつけたという説と、めでたい男の代名詞「まるで三太郎や」からとった説がある。
昭和10年4月 京都大学法科 入学、11年中退し日活京都撮影所助監督。14年25才で監督と異例のスピード出世初任給は43円。
片岡千恵蔵の「春秋一刀流」、島田正吾の「夏祭三度笠」、坂東妻三郎の「狐の呉れた赤ん坊」などマゲものの大作を次々と手懸ける。「安月給の監督が千両役者(月給千~二千円)をアゴで使う、他の社会には無い、醍醐味」といわれ発奮。
← 白菜の花。4月7日頃に撮影。昨日、写真を載せたキャベツの花と見比べてみるのも楽しいかも。違いの識別が難しい。
「青の光」とか「人生案内」といった言葉は、依然、意味不明だが、上掲の転記文で、彼の経歴に加え、「モンタージュ」も彼(ら)が創刊した映画研究誌の名前だと判明。
そういえば、雑誌の表紙画像がテレビで映されていたっけ。
この「モンタージュ」という名称(技法)については、「山中が戦地で病没の翌年/『春秋一刀流』で衝撃のデビューを果たした丸根賛太郎の映画作法の根底には/山中や伊丹の作品があったであろうことは想像に難くない」というだけに、あるいは、「特集・山中貞雄と丸根賛太郎」が参考になるかも:
わずか29歳で太平洋戦争で戦没死した日本映画界の若きホープだった山中貞雄監督。山中は/脚色における細密なスキのない画面の動かし方/モンタージュや間接描写の秀逸さ/人物の細やかな心理と情景とを見事に融合した抒情描写などまさに天才と呼ぶにふさわしい“シャシン”を作り/夭折を最も惜しまれた映画作家。
→ 畑の端っこにひっそりと咲いていた。撮影はやはり4月7日頃。もう、枯れちゃって、今は見る影もない。
「丸根賛太郎」を覗くと、彼が監督した映画が多いし、少なくとも映画に疎い小生でさえ知っている題名もある。
きっと、ガキの頃、今はなき(火事で全焼した)近所の映画館で観たことがあるのだろうし、テレビでも放映されたのを観たに違いない。
「狐の呉れた赤ん坊」なんて、有名なのではないか。
丸根賛太郎監督の映画作品については、「丸根賛太郎」(ホームページ:「ORII'S WEBSITE」)が参考になる。
『月の出の決闘』(1947年・大映/監督:丸根賛太郎)については、「ローアングル・ショットや場面展開に見られる丸根賛太郎の映像感覚は、並のものではありません」とあって、もっと評価されてしかるべき人物なのか(あるいは、定評はあるのか)。
丸根賛太郎は、監督としての処女作『春秋一刀流』(1939、日活京都)で衝撃のデビューを果たした。
下記の映画評がとても参考になる:
「春秋一刀流・鶴八鶴次郎 - 黌門客」
また、「鉄人28号[実写版]」によると、「丸根賛太郎は幻のTV作品「鉄人28号〈実写版〉」の第1話~第6話の脚本と演出を担当」したという。
← 夕暮れ間近の空。画面の真ん中やや下、泰山木の樹影の上に月影が。目には清かに見えていたけど、うまく撮れなかった。
月刊の漫画雑誌の漫画も欠かさず読んだし、テレビアニメも夢中になって観た記憶がある。
でも、実写版の「鉄人28号」は、観たかどうか記憶にない。
我が家にテレビが来たのは、昭和39年に近い頃だったはずだから、年代的には見損なっているのかもしれない。
あれこれ調べたら、小生が(断片的にだが)観たのは、下記の番組だったらしい:
「越中人譚 時代の冒険者たち 日本映画をリードした富山人」(チューリップテレビ)
「チューリップテレビ」は、富山のテレビ局である。
丸根監督未亡人も登場されたという。
ああ、あのご婦人が丸根監督の未亡人だったのか。
さて、ネット検索であれこれ調べたけど、肝腎のことが分からない。
富山に映画を紹介したというが、具体的には富山で一体、どのような活動をされたのだろうか?
(09/04/26 作)
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コメント
富山市出身の「赤祖父さん」というと!?。
ところで、富山出身の丸根さんが鉄人28号と関わっていることと、28号に先立つ27号が富山であばれたという話がどこかで関係があるような気がしますね。実は数日前から、鉄人28号に富山がどうして登場するのか考えていたのです。といっても、きちんとスト―リーが思い出せないので、原作を読みたくてしかたがないのです。
http://pochi74.hp.infoseek.co.jp/tetujin101.htm
投稿: かぐら川 | 2009/04/28 00:21
かぐら川さん
「赤祖父さん」という方の活躍は、過日もテレビで名前を仄聞したことがあります。
名門の家(?)だから、著名人も多いのでしょうが、富山出身の丸根さんの本名が「赤祖父」だったのには、意外でした(意外と思う小生が変なのかもしれないけど)。
それにしても、「28号に先立つ27号が富山であばれたという話」は、これまた全く初耳。
ネットだと、「人口16万の富山市・・。そこへ突然現れた鉄人は町を破壊しつくし、自衛隊を蹴散らす」ということで、「鉄人27号のデビューは富山市内」だったというけど、監督だった丸根さんと関係があるのかどうか、その辺り、詳しい事情を知りたいものです。
とにかく、鉄人26号から話が始まっているなんて、歴史発掘ですね。
投稿: やいっち | 2009/04/28 17:54