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2009/03/07

春の雪 静かなる家(後半)

 とはいっても、小生、これでも長男である。

 何もかもが無視されるのは、やはり気に障る。
 父母が体力的に限界を感じて億劫になり、本来やるべきことを(言葉が悪いが)ええい、もういいわいと放置することも増えている。

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← 外に春の雪の降るように、家の中にも寒々としたものが舞っているような気がする。

 自分が悪者になって、こうしなきゃダメ、これはサボっちゃダメと、ちょっと口うるさく振舞うようになりつつある。
 特に父には、うざく思われても、仕方がない。
 頼り甲斐のない小生だが、できるだけのことはしないといけない。

 頑張ってきた父が短期とはいえ、不在の我が家。比較的お喋りだった父がいない家。
 父が喋らないと母も黙りがち(母ややや耳が遠くなっているし、小生の言語障害もあって、母と小生との間にはなかなか会話が成り立たない)。

 今までなら、父母の寝所から、父や母の愚痴や小さな喧嘩や会話の声が、夜昼問わず漏れ聞こえてきた。
 人気(ひとけ)があったわけである。

 独り身の小生。父母の世話をするけど、自分は年を取っても、まあ、野垂れ時ぬしかない。
 そんな自分が無器用ながら世話したり、雑用を果たしても、父からは愚痴や文句の言葉ばかり。
 自分は息子の小生や娘達に散々、世話になっているくせに!
(母は体が弱りきっているし、投薬のせいか、椅子に座っても眠りがち。誰の世話になろうと、為すがまま。自分でも歯痒い思いでいることは痛いほど分かる。地元では誰も未だに小生の素性など知らず、せいぜい東京で不始末でもあって居たたまれずに帰郷し、家で働きもせず、ブラブラしている胡散臭い奴と看做されているらしい。これだけやっても、白目視なのも辛い。)

 昨年からの一年、父母らと一緒に暮らして、ほとほとうんざりしたし、疲れ果てた。
 恐らくは、母との二人暮らしで、家ではずっと一人、頑張ってきて、黙々と日々の雑事をこなすのが当たり前で、母に対しては愚痴などぼやくことはあっても、外の誰かれに喋ることなど、まして人に褒められるとか労(ねぎら)われることなんて、あまりなかった…のかもしれない。

 やるべきことをやる、それだけ。
 だから、息子であっても、自分(ら)に対し、そんなことやるのは当然だろ、当たり前のことだろが、ってことなのか。

 そんな父が、先週から、ほんの少し変化してきた。

 小生がどんなに用事を果たそうとあれこれしようと、感謝の言葉など口にしたことがないのに、たまに「ありがとう」なんて言うのだ!

 小生は耳を疑った。
 えっ、父が「ありがとう」だって。

 今年に入ってからは、食事の際に、「いただきます」なんて言う!
 母は常に言う。食べ終わったら、「ごちそうさま」と言うし。

 宗教心なんて、理屈じゃない。日頃の心がけの事柄。
 仏様かご先祖様か誰か知らない方への感謝の気持ち。
 決して給仕する人間へ感謝しろってことじゃない!

 お互いが助け合っているってことを、挨拶で日常の中で確かめ合うってことなのだと思う。
 そうした小さな、だけど大切な気持ちの表れと表しに、父はこの頃やっとほんの少し、感じ始めたのか。
 それとも、仕方なく言っているだけなのか、まだ分からない。
 
 頼まれたものを買ってきても、用意しても片付けても、黙って結果を眺めるか、何か文句を言うしかなかった父が、感謝する ? !
 外ではいいことを言うけど、家では愚痴ばかり。何を見ても一言文句を言わないと気がすまない、内弁慶な父。

 お経の会に行ったりしていたし、仏教など宗教の本を読む父だが、日常、接すると、宗教的な陶冶などまるで感じられない。
 入院の際の病院側への申告書に、自分で「強情」と書くくらいの父なのである。
 その父が、一昨日など、「思いやりの気持ちは大切だぞ」なんて、訥々と言う。
 父には一番、似合わない言葉であり行為に感じられる(理屈では父は誰より分かっているようだけど)。

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→ 病院の手続きフロアー。朝の八時半前に着いて、解放されたのは午後の一時。検査や診断のごく僅かな時間を除き、ひたすら待つ、待つ、待つ。検査や診察の結果、即日の入院を医者から強く勧められたが、父は頑なに拒否。なんとか、説得して翌日の入院にこぎつけた。小生は付き添いと、病院の空気が合わなかったせいか、帰宅してからは風邪気味になって、寝込んでしまった。

 先週から突然、足腰が極端に弱まって、ちょっと長く座ったり寝たりすると、立つのが難儀になってしまったのだ。
 病気の症状の現れなど、体の衰えを強く自覚せざるをえなかったのだろう。

 但し、念のため断っておくと、思いやりの気持ちはあると思う。ただ、父はシャイなので、それを直接、相手にわかるような形では示さない。
 何か変化球が繰り出される。

 父の頭の中では、あの時のことへのお礼だったり、褒美だったりするのだろうが、そんな高度な論理は相手には理解できないことがしばしばなのである。癖球なのだ。
(それでも、身内じゃなく外部の人には、妙にきちんとする。)

 そんなことより、何か用事を果たした時、一言「ありがと」と言ってくれたら、それで済むのだが、その一言がまるでないために、世話する身になると、徒労の感ばかりが募ってしまったのだ。
 帰郷してからの昨年の十ヶ月、今年の二ヶ月、小生は徒労の感に疲れ果ててしまった。

 まあ、自分にしても、シャイで頑固で融通の利かないところは似ている。
 父から見たら、小生こそ、よほど、わが子ながら木偶の坊に見えているのだろう。行く末も案じられるのだろうし。

 まあ、気の利かないことこの上ない小生であることは自認する。
(父のいいところは似なくて)依怙地なところばかりで似たもの親子というのも、ちょっと寂しい。

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← 上掲の受付フロアーで、黒い制服の女学生を何人か見かけた。声を掛けて聞いてみたら、今日が看護学校の卒業の日で、彼女らはこの病院へ配属が決まっているのだとか。思わず、「卒業、おめでとう」そして「これからお世話になるから宜しく」って言った。そしたら、その日の夜、卒業式の様子がテレビのニュースで流れていたのだ。

 そこへ、父の俄かの入院騒ぎである。
 父がしばらく不在になることで、父がいかに頑張ってきたのか、小生が思い知らされる番なのだろう。
 静か過ぎる我が家。会話のない家。
 みんなそれぞれに頑張っている。ただ、噛み合わないのである。

 昼間も外光の差し込まない家。
 
 部屋数が多いので、父母の寝室や茶の間などは別にして、廊下を含めほとんどの部屋は寒いばかりの家。
 春の雪の降った家の中では、こんな光景とも言えない光景が繰り広げられているなんて、お釈迦様もご存知ないだろう ? !

                                     (09/03/05夜)

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