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2009/03/18

『白鯨』と『復讐する海』と(後篇)

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← 部屋の中にいても聞こえてくる旅客機の轟音。神通川上空を遡上しつつある。窓を開け、機影を撮ってみる。まだ、一度しか乗ったことがない。翌日の今日(火曜日)は、春らしい陽気。父は入院中、母はリハビリ施設へ行って、夕方近くまで帰らないので、小生はしばし一人ぼっち。昼間、久しぶりに歩いて近所のラーメン屋さんへ。プロの作るラーメンはやはり美味しい。ささやかな贅沢?

 以下、フランク・シェッツィング著『知られざる宇宙 海の中のタイムトラベル』(鹿沼博史/訳、大月書店)から、関連する記事を抜粋する形で、その陰鬱なる話の概要を紹介する。

 

 この文学的なドラマの下敷きとなったのは、一九世紀の初め、ナンタケット島を出航し荒れ狂うマッコウクジラと不運な遭遇をした捕鯨船エセックス号の実話だ。自ら好んで捕鯨船に乗り込み、捕鯨の現場に精通していたヘルマン・メルヴィルは、エセックス号事件の三一年後、警告の意味をこめた記念碑として叙事詩的な小説を発表した。彼の物語ではひとりイシュメルだけが生き残り、心ならずも英雄となった――皮肉にも彼の友クイケグが自分のために作らせておいた棺桶にしがみついて。
 エセックス号の場合、話の流れはこれほど芝居がかってはいない。その代わり、全体としていっそう陰鬱だ。事件は一八二〇年にさかのぼる。三本マストのおよそ二四〇トンの捕鯨船は、出航時に出鼻をくじかれ、ホーン岬も難儀のすえまわったが、ついに獲物にに恵まれた。しかし船倉にはまだ半分空きがあり、船長のポラードは帰還をためらう。まもなく冬のあらしの季節だ。しかし八〇〇樽の鯨油――「脂の幸運」と船乗りたちは呼んでいた――では、とうていこの難儀な長い航海には見合わない。熟慮のすえ彼は、太平洋のはるか彼方、まったく不案内と言っていい緯度をめざすことを決断した。そこならちょうど繁殖期だ。ポラードは、まだ手がつけられていない大きな群れが見つかることを期待した。冬の到来まであと幾週間もないころ、見張りがマッコウクジラの発見を告げる。船長は即座に三艘の手漕ぎボートを下ろし、群れを攻め立てさせた。乗組員たちはその中に一頭の堂々たる雄クジラに目をとめた。それは巨大なやつだった、とエセックス号の生き残った一等航海士オーウェン・チェイスはのちに報告している。
 出だしは多くの収穫が期待された。群れは大きい。しかしこの雄クジラが一艘のボートに激しくぶつかって転覆させた。クジラは普通、狩りにあうと逃げようとするが、ときとして銛手のボートを破壊する。それは乗組員の命にかかわるが、捕鯨ではよくあることだ。銛手や漕ぎ手たちが傷を負わなかったのは不幸中の幸いだった。しかし狩りは頓挫した。彼らは急いで破壊されたボートの修理にとりかかった。彼はまっすぐエセックス号へと向かった。最初に若い乗組員がクジラが向かってくるのを見て悲鳴をあげた。チェイスはクジラを回避するよう指令を出した。すべては一瞬の出来事だった――遅すぎた。
「船は突然猛り狂ったかのように舳先を上にあげた。まるで岩にでも乗り上げたようだった」とチェイスはのちに回想している。「誰もがあっけにとられ、完全に言葉を失っていた」
 クジラの角ばったでかい頭の中で何が起こっていたのか、事件から一八〇年もたった今となってはクジラ学者たちにも確かなことはわからない。襲いかかった時点でクジラは軽い傷を負っていたのか、深手を負っていたのか、あるいはそもそも傷を負っていたのかどうかについても意見は分かれている。はっきりしているのは、クジラがエセックス号に猛烈な勢いで突き当たり、船がマストまで激しく揺さぶられ、しかも傾くという容易ならぬ事態に陥ったことだ。クジラは、捕鯨船を破壊すれば大それた企てをまるごと挫折させられると考えたのだろうか。彼には、あらゆる災厄の根源がエセックス号にあると認識するほどの能力が備わっていたのだろうか。それとも最初の衝突は過失にすぎなかったのだろうか。彼は猛烈に荒れ狂っていたが、とりわけ突然の激しい恐怖にとらわれたのではないだろうか。衝突のあとにはそこにひどい頭痛が加わった。
 クジラは波にもまれ、麻痺したように捕鯨船のわきに寄ってきた。チェイスはしばしの間、クジラに銛でとどめを刺してはどうかと考えた。しかし、もし新たな攻撃を招いたらどうなる。断末魔のあがきをさせないためには、この上ない正確さで命中させなければならない。思いっきり銛を突き立てる――それはやれても一回だけだ。失敗したら最後、エセックス号はもっと損害を受けることになる。
 チェイスは決めかねた。結局、待った――それも長い間。
 クジラはもぐり、姿を消した。チェイスは失望感めいたものにとらわれた。乗組員たちの間に安堵がひろがった。だいたい船とまるごと渡り合うクジラなんて聞いたことがない。でも男たちの自信は消え去っていた。誰もが不気味な遭遇をやりすごしたことを喜んでいた。やつは悪魔と契りを結んでいるにちがいない、と小声でささやく者たちがいた。誰かが、だとすると事件はまだ始まったばかりかもしれないな、と意味ありげに応じた。だって、悪魔をそう簡単にやっかい払いできるわけないぜ。
 それから起きた驚くべきことは、彼らの予言が正しかったことを証明した。
 突然、クジラが深みから突進してすぐ近くの海面に浮かび上がったのだ。クジラはふたたびエセックス号に体当たりした。衝突の激しさで船首が破壊された。船内は収拾のつかない混乱に陥った。乗組員たちはあるいはポンプをとりに走り、あるいは浸水箇所の漏れをふさごうと試みた。しかし流れ込む海水になすすべはなかった。銛手や漕ぎ手たちはあっけにとられて、巨大な船が強力な力で惹き込まれるように波間に消えていくのをボートから見ていることしかできなかった。乗組員たちは波しぶきの中に浮かび、沈んでいくエセックス号の渦の中に引き込まれないよう必死になっていた。何人かが残されたボートに泳ぎつき、索具の一部、若干の武器、そしてわずかの食料をすくい上げることができた。それから同僚たちをボートに引き上げた。打ち砕かれたエセックス号はその間に海底へと沈んでいった。
 二〇人の乗組員が奇跡的に助かった。しかし、彼らはいまや大海原を小さなボートで漂うことになる。そこは陸地から数千海里も離れ、食料と水もわずかしかない。地獄が口をあけた。その地獄に比べたら、荒れ狂うクジラの衝突などぞくぞくする冒険のうちだった。八三日後、わずか五人の男たちがチリの海岸にたどり着く。そして彼らが語ったことは聞く者を慄然とさせるものだった。
 災難の直後、彼らは前途に希望をもっていた。ともかくもポラードとチェイスが航海用計器を無事確保できていた。とはいえどこを目指すか。ポラードが譲歩したが、後からふりかえってみればこれが誤りだった。人食い人種がいて人間を食べるということなどなかったのだ。ポリネシアの島々ではとっくに宣教がおこなわれていt。かくして男たちは恐ろしい海を思い知らされることになる。
(以下、コウルリッジの詩「古老の舟乗り」などを略)
 飢えと渇きに苦しめられながら、漂流を始めてまだ一週間もたたないころ、ポラードのボートがシャチに攻撃され、あわやひっくり返されそうになる。こうした攻撃さえ彼らにはなぐさみになる。しかし、魚を捕ろうとする彼らの試みは以後ほとんど成果がない。夢のように美しい環礁、ヘンダーソン島に着いていったんは救われるが、小さな島々はすぐに荒らしつくされる。それでも三人がこの環礁に残り、神の加護で誰かが見つけてくれるまで何とか持ちこたえようと決意する。他の男たちはさらに航海を続けることにした。ふたたび未知の海原へと乗りだし、イースター島を目指すが、たどり着かない。それどころかボートは漂流しはじめる。見渡すかぎり島の影すらなく、海はますます荒れ、飢えは耐えがたくなる。悲しいかな、死ぬ者が出はじめる。
 ある考えが黒い影のように男たちの脳裡に浮かび上がった。それはあまりに恐ろしいことだったから、激しい口論になった。たどりついた結論は「人間だって肉」だった。エセックス号の悲劇を分析した心理学者スウェードフェルト博士はこう説明する。「飢えにあまり長くさらされ、しかも突然一〇〇キロとか一二〇キロの人間の肉体が目の前に横たえられれば、それを食べるという考えは容易に生まれるものです」
 最初は力尽きて死んだ者たちを食べた。しかし男たちはしたたかだった。彼らは生きることに執着したから、この新たな食料だけでは足りなかった。難破したエセックス号を離れなければならなくなってから七八日後のこと、何人かがある新たな提案をした。ある生存者ののちの言葉を借りれば、それはあらゆるキリスト教的秩序の崩壊を決定的にした。ポラードは怒りと苦痛で逆上した。彼のいとこがくじで当たりを引いてしまったからだ。しかし最後に彼はその結果に屈服せざるをえなかった。選ばれた者は自分の運命を甘受し、殺され、そして食べられた。オーウェン・チェイスはのちにこう語っている――この日、神の計画は失敗に終わりました。神の秩序はくつがえされたのです。
 一八二一年二月一八日、漂流の旅は終わった。まずチェイスのボートが、続いてポラードのボートが南アメリカの海岸に到着した。数ヵ月後、船がヘンダーソン島に向かい、そこに残っていた男たちを救出した。恐ろしい体験の影は生涯、ポラードとチェイスを去ることはなかった。ポラードはその後も不運につきまとわれたが、最後はナンタケット島の燈台守として生涯を終えた。チェイスはふたたび捕鯨で地歩を築くことができた。しかし晩年は精神を病み、山とためこんだ食料に埋もれて過ごしたという。 (p.344-351)

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→ 昨日(月曜日)、庭の隅っこ、垣根の上にちょこんと。竹垣は、長年の風雨に朽ち果てていて、小鳥が乗っただけでも、折れちゃいそう。それはともかく、今日も午前は、灯油の買出し(多分、今冬最後の補充だろう)へ、午後は父のお見舞いに病院へ。夕方近くになって、母がリハビリ施設から戻る。母が穿いているズボンは、母には細すぎて、穿きづらいので、入浴後の着替えの際、リハビリ施設のものを貸与されたとか。でも、ズボンは買って数ヶ月も経っていない。この数ヶ月の間に病気のせいで母のお腹(なか)が膨れてしまったのだ。入院して治療を受けるしかないが、となると、数週間の入院(寝たきり)生活で歩けなくなりかねないし、今度は退院できるかどうかだって、あやしい。別に母に辛い思いをさせているわけじゃない。いろいろ事情があるのだ。そんな弁解も聞いてもらえる機会はない…。


参考:
『白鯨』余聞・余談」(2006/04/28)
「白鯨」…酷薄なる自然、それとも人間という悲劇」(2006/03/26)
白鯨と蝋とspermと」(2006/03/20)
白鯨とイカと竜涎香と」(2006/04/17)
私の耳は貝のから 海の響きをなつかしむ」(2006/04/12)
久々の読書拾遺」(2006/04/29)

はだかの起原、海の惨劇」(2006/02/06)
海の宇宙ステーション:シーオービター」(2008/02/06)
クジラ後日談・余談」(2006/04/18)


                    (09/03/16作 写真日記部分は、09/03/17追記)

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