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2009/02/05

ユイスマンスをさかしらに語る ? !

 今日2月5日はユイスマンスの誕生日。
 だからって何というつもりもない。
 下手に口にすると、「フランスの19世紀末の作家。イギリスのオスカー・ワイルドとともに、代表的なデカダン派作家とされる」、ジョリス=カルル・ユイスマンス(Joris-Karl Huysmans, 1848年2月5日 - 1907年5月12日)の世紀末的傾向の強い特異な作品『さかしま』(À rebours)を学生時代だったかに、若さに任せてやたらと濫読したその一冊として読んだ…が、実は何も読んじゃいなかったと思い知らされるだけだし(「ジョリス=カルル・ユイスマンス - Wikipedia」など参照)。

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→ 4日の朝、やはり台所の勝手口…上がり框から、内庭の先の畑を撮影。朝食はまだなのかな?

 ただし、「ジョリス=カルル・ユイスマンス - Wikipedia」だと、「世紀末的傾向の強い特異な作品『さかしま』(À rebours)が代表作となり、象徴主義、デカダンスの作品としてヴァレリーやワイルドに影響を与えた。『彼方』では黒ミサなど悪魔主義を取り上げた」が、「晩年は舌癌を患い病苦の中、カトリックに傾倒した作品をいくつか残している」と、まるで生涯のある時期、病魔のせいもあって、回心したかのような印象を受ける。

 ここはやはり、「松岡正剛の千夜千冊『さかしま』 ジョリ・カルル・ユイスマンス」が秀逸である。

 実はそうではないと、松岡正剛は言う。
 事実はまるで違う、とも。

 確かドストエフスキーはハンス・ホルバインの絵を見て癲癇の発作を起こし(小説『白痴』にも本作を見ての衝撃を語る場面があるが)たというが、ユイスマンスもマチアス・グリューネヴァルト『十字架刑図』と衝撃的な出合いをしていたと、今更知るとは情けない話だ(グリューネヴァルト『十字架刑図』については、「グリューネヴァルト…絵の奥に息衝く真(まこと)美か醜か」参照。ハンス・ホルバインの『墓の中の死せるキリスト』については、「ハンス・ホルバイン(子)-墓の中の死せるキリスト-(画像・壁紙)」を参照)。

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← 天気が良かったので、午後、庭の落ち葉拾いに精を出す。雪の量が少ないのは助かるが、それでも、雪が溶けると、その下からは風雨や雪、寒さなどで落ちた杉や松、夾竹桃などの葉っぱが一杯、顔を出す。早々と雑草も! その後、来客があったりして、夕方五時近く、部屋で一服。夕暮れに佇もうかと思ったが、夕景を撮りたかったこと、それと落ち葉拾いで汗を掻いたことで、久しぶりに銭湯へ行こうと思い立った。

「文章を書きつづけるということは、それがいかに体験や思索に裏付けられたことであっても、その体験や思索から洩れていったことを綴るということなのである。他のものでは代りができないことを書くことなのだ」と松岡正剛は語る。
松岡正剛の千夜千冊『さかしま』 ジョリ・カルル・ユイスマンス」から、ほんの一部を転記させてもらうが、全文を読む甲斐が十二分にある:

 背景は暗黒である。そこに十字架で血膿を流している断末魔のキリストがいる。その首は落ち、手は捩れ、脚は歪んでいる。左には悲痛に耐えるマリア、右に十字架に近寄ろうとするヨハネ。描写はあくまで架刑の激痛を克明に蘇らせるかのように稠密だ。
 こんな絵はかつて、なかった。
 1903年の秋、ユイスマンスはベルリンからカッセルに向かっている。ユイスマンスに影響を与えたサン・トマ教会の助祭ミュニエ師と連れ立っていた。15年前に、ユイスマンスにとって生涯最大の衝撃的な出会いであった恐ろしい絵を、カッセルの小さな堂宇にもう一度見るためだった。ユイスマンスにとって、このキリスト像こそがいっさいのフィクションを払った「貧者のキリスト」であり、生命の腐爛に向かう「真のキリスト」だったからである。
 グリューネヴァルトが描いたのは一個の死骸なのである。そのくらい凄い絵だ。グリューネヴァルトはその死骸の進捗にキリスト教の暗澹たる未来を予告した。そこには「神の死骸」が描かれていた。
 このことに衝撃をうけたユイスマンスは、最後の最後になってこの絵の深刻な意味からの必死の脱出を企てる。

 さて、あまり知られていないことだろうけれど、ユイスマンスは晩年に舌癌に罹っていた。
 すべての歯を抜かれ、視力さえ失いつつあった。そのなかで、ユイスマンスは自身がグリューネヴァルトの腐爛に向かいつつあることを知る。この直観はすさまじい。
 しかし、ぼくが告げたいのはこの先のことである。その苦痛のさなかの作家を慕って、一人の娘が頻繁に訪れてきていたということだ。アンリエット・デュ・フレネルという22歳のユイスマンスの作品の愛読者だった。彼女は作家を心から敬愛し、いかなる邪気もなくこの作家の窮状を救おうとした。作家のほうも彼女の清純な魂を称えていた。それには、この娘をうけとめるユイスマンス自身が一体の修道院であるべきだった。
 けれどもユイスマンスの実情は、そこにない。もはや体がぼろぼろだった。
 そんなある日、ユイスマンスの視力が奇蹟的に回復をする。まったく予想もつかないことだった。この瞬間、ユイスマンスはアンリエットの奥にルルドの聖少女を発見するのである。告げたかったのはこのことだ。


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→ ユイスマンス 著『さかしま』 (澁澤 龍彦 訳 河出文庫) 表紙の絵は、オディロン・ルドン! 『さかしま』において、デ・ゼッサントは、ギュスターブ・モロー(の『サロメ』の2作)と、オディロン・ルドン(の版画)との、二人の画家だけを新しい家に飾ったのだった。

 さて、では、『さかしま』においてユイスマンスは何を書こうとしたのか、何を意図していたのか。
 デ・ゼッサントは何をしようとしたのか。

 デ・ゼッサントは、フロルッサス・デ・ゼッサントの一族が落ちぶれる寸前まで所有していたルウルの「城館を売り払い、フォントネエ・オー・ロオズの高台の一軒の売り家に移り住」み……、

 …あとはまあ、『さかしま』を読むしかないが、とりあえずは「松岡正剛の千夜千冊『さかしま』 ジョリ・カルル・ユイスマンス」を最後まで読んでみるしかない。


 そうそう、ユイスマンスは上記したように、「世紀末的傾向の強い特異な作品『さかしま』(À rebours)が代表作となり、象徴主義、デカダンスの作品としてヴァレリーやワイルドに影響を与えた」というが、過日、拙稿「オーブリー・ビアズリー 死と背中合わせのエロス」で採り上げたオーブリー・ビアズリーも、晩年近い一時期(といっても当時は22歳。25歳で死亡)、「家を購入し、姉メイベルと同居。近親相姦説もささやかれた」のだが、「この邸の画室は、ビアズリーの意向により、ユイスマンス『さかしま』の主人公デ・ゼッサントの書斎に倣って黒とオレンジ色で統一された」のだった。
 無類の読書家だったビアズリーがユイスマンスの『さかしま』をどのように読み込んでいたのか、知ることができるなら知りたいものである。

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← 大慌てで手拭いとカミソリなどを自転車の籠に放り込んで、夕焼けを撮りに行ったけど、間に合わず。…一番星(?)を撮ることができたから、まあ、いいか。


 蛇足
 今日2月5日は、ルー・アンドレアス・ザロメ(Lou Andreas-Salomé、1861年2月12日 - 1937年2月5日)の命日でもある。
 実は、小生には彼女について、恥ずかしい思い出がある。
 学生時代だっと思うが(← 定かではない)、「ルー・ザロメ著作集」(以文社)のうちの何巻かをせっせと読んだものだった。
 まあ、高校時代からフロイトの著作に親しんでいた小生、大学生になってもフロイトの著作に魅入られていて、そんな小生にとって、フロイトつながりの読書の一貫だったのだが、どこまで読んでいっても、ビアズリーやモローの「サロメ」と結びつかなくて、困惑していた。
 そう、小生、名前のザロメで、かの「サロメ」と勘違いしていた節がある!

 下手すると、読み終わっても(解説を読んでも)サロメとザロメとの違いに気付かなかった可能性すらある!
 今となっては懐かしい、微笑ましくもある(?)思い出だ ? ! 

                                   (09/02/05未明作)

お馴染み、Fonthill さんの下記が『さかしま』をより楽しみためにも、とても参考になる(09/02/20 追記):
Fonthill Abbey 『さかしま』 -デ・ゼッサント絵画コレクション
Fonthill Abbey 『さかしま』-デ・ゼッサントの好んだ本

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コメント

連投、失礼致します。
こちらも観てしまったので、つい。
TB送らせて頂きました。2年も前の記事になってしまいましたが…。

>名前のザロメで、かの「サロメ」と勘違いしていた節がある!
これは御恥ずかしながら、かつて私も同様でした。汗)

投稿: Usher | 2009/02/20 02:37

Usherさん

ビアズリーの伝記や最近ある小説を読んでユイスマンスに今更ながらに関心を抱き、誕生日を口実に、改めて調べてみて、『さかしま』という小説を読み返してみたくなりました。
若い頃に勢いで読んだのとはまるで違う感想を抱きそう。
そうそう、例えばメルヴィルの『白鯨』にしても、数年前、読み返して、もう、冒頭から、あ、これは並みの小説じゃないと気付かされました。
若い頃に読んだけど、退屈するばかりだったのが不思議なくらい。

読書生活四十年でやっと人並みに読解力が付いてきたのかなと…。
遅きに失していますが。

投稿: やいっち | 2009/02/20 09:42

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