オースターそしてブレイクロックの月(前篇)
過日、ポール・オースター著の『幻影の書』(柴田元幸/訳 新潮社)を読んで圧倒的な筆力やストーリーテリングの上手さに感服し、すぐに二冊目を借りてきた。
それが、『ムーン・パレス』(柴田元幸/訳 新潮社)。
→ ポール・オースター著『ムーン・パレス』(柴田元幸/訳 新潮社)
どんな内容の本なのか分からない。図書館で彼の本を検索したらこの本が書庫にあるというので、とにかく彼の小説を読みたくて借り出した。
これがまた語りが上手くて読ませる。
なんだか遅ればせながらポール・オースター (Paul Auster、1947年2月3日-)のファンになりそう。
柴田元幸が翻訳されているのだが、訳者が彼だと、小生は安心して手を出せる。いつもながら(生意気な言い方と思いつつも)上手いなーと感心する。
これまで何冊、彼の訳書にお世話になってきたことか。
このところ気力体力が減退気味で、特に現代小説など読んでもなかなかその世界の中に引きこまれないし、すぐに疲れて放棄してしまうのに、彼の小説は違った。
彼は有名だし、今更小生如きが感想をどうこういう必要もないだろう。
出版社サイドの内容説明によると、本書は:
人類がはじめて月を歩いた春だった。父を知らず、母とも死別した僕は、唯一の血縁だった伯父を失う。彼は僕と世界を結ぶ絆だった。僕は絶望のあまり、人生を放棄しはじめた。やがて生活費も尽き、餓死寸前のところを友人に救われた。体力が回復すると、僕は奇妙な仕事を見つけた。その依頼を遂行するうちに、偶然にも僕は自らの家系の謎にたどりついた……。深い余韻が胸に残る絶品の青春小説。
そうか、青春小説だったのか。ある意味、ゲーテやロマン・ロランらの教養ロマンの現代版のような。何処か寓話風でもある。都会という砂漠なんて、既に陳腐と化した文言があるが、ポール・オースターの小説には(といっても、まだ二冊しか読んでいないのだが)、アメリカの、特に西部を開拓していた頃の荒野の匂いが強く感じられる。
しばしば西部が背景として描かれるからでもあるが、都会の光景を描きながらも、まるでそれがそれこそ摩天楼であり蜃気楼であり、ほんの二百年足らず前には原野か、さもなければ先住民たるインディアンの土地だったことが透けて見える、そんな感覚が幻視されてしまうのだ。
乾いた詩情、そう、アンドリュー・ワイエスの描くような世界…。
← 「Moonlight」(1885, the Brooklyn Museum) (画像は、「Ralph Albert Blakelock - Wikipedia, the free encyclopedia」より) 何処かハドソンリバー派の気味も残しながら、彼は彼の資質のゆえなのか、ずっと遠く離れた画境へと独り、迷い込んでいった。西部の悲劇。インディアンたちの血で贖われたアメリカの繁栄。
今日は、この『ムーン・パレス』で語り手(というか語り手にとって重要な人物)が思い入れを籠めている絵画作品ラルフ・アルバート・ブレイクロックの「月光」を眺めてみる。
同時に、本書でこの絵がどのように鑑賞されているか、示してみたい。
小生は絵を糸口にして小説を書くことが多かったし、小説に絵が重要な狂言回し的な役を果たしていると、俄然、興味が湧く。
実際、今、読んでいる本も、『フランス現代作家と絵画』(吉川 一義/岑村 傑編 水声社)という本で、まさにテーマは小説家と絵画との関わりにしている(現代作家というわりには、プルーストとかブランショとかヴァレリーとかデュラスとか、既に古典の域に入って久しい作家が多いことにちょっと違和感を覚える)。
この小説家(に限らないが)の語り口の上手さには定評があるようで、実際、この『ムーン・パレス』でも、今日、採り上げる絵との出会いのシーンが少なからぬ人に印象的に刻まれているようだ。
話の筋を書くのは面倒なので、「本だなの片すみ ポール・オースター(Paul Auster)」などを参照願いたい。
この中で、「これはなかなか魅力的な小説だと思う。細部がとてもいい。例えば、エフィングが「僕」にブレイクロックの絵を見に行くことを命じる場面」として、まさに今、話題にしている場面をピックアップしている。
→ Ralph Blakelock, 1870 (画像は、「Ralph Albert Blakelock - Wikipedia, the free encyclopedia」より)
さらに、「To Re-trace the ray of Moonlight」が参考になる:
ポール・オースターの作品、「ムーン・パレス」に次のような件がある。偶然から車椅子に乗る盲目の老人トマス・エフィングの世話をすることになった主人公マーコ・S・フォッグは、その老人からある指令を受ける。その指令とはブルックリン美術館へ行き、一枚の絵を見ろというものだ。エフィングはマーコにその行程から地下鉄の中での動作、絵の観賞に関する態度まですべてを指定する。その指定通りにマーコは美術館へと向かい、その絵を鑑賞し、そしてエフィングのアパートへと戻るのである。
その絵とは、ラルフ・アルバート・ブレイクロックの「月光」という作品である。作者ブレイクロックは貧困の中に過ごし、果ては自分の肖像を配置した百万ドル札を描くという逸話を持つ、狂気と現実の世界の狭間を生きた人物である。彼は連作で、同じ「月光」という名の作品を何作か残しており、ブルックリン美術館に所蔵のあるのはそのうちの1枚である。
98年6月、私はこのマーコが取ったブルックリン美術館までの道のりを実際に自分の足で辿ってみた。6月21日、エフィングのマンションがあったはずのウェストエンドアヴェニュー84丁目の交差点に立ち、主人公マーコのその時の心境を想像しつつ、その行程を踏み始める。
そう、このサイト主の方は、実際に、「私はこのマーコが取ったブルックリン美術館までの道のりを実際に自分の足で辿ってみた」というのだ!
是非、当該頁を覗いてみてもらいたい。
その上で、さて、本書でラルフ・アルバート・ブレイクロックの「月光」がどのように鑑賞されているか、本書から転記して示したい。
その前に、ラルフ・アルバート・ブレイクロック Ralph Albert Blakelock (1847-1919)のことを紹介するのが筋だろう。
そう、この画家は(ポール・オースターの小説ではありがちな)小説の中の仮構の画家ではなく、実在する画家なのである。
詳しくは、「Ralph Albert Blakelock - Wikipedia, the free encyclopedia」がいい。
しかし、後篇で転記して示す一文の中でも著者によって紹介されている。
← ポール・オースター著『幻影の書』(柴田元幸/訳 新潮社) 出版社サイドの案内に拠ると、「妻と息子を飛行機事故で失うという人生の危機の中で、生きる気力を引き起こさせてくれた映画の一場面。主人公はその監督ヘクターについて調べてゆくことで、正気を取り戻す。ヘクターはサイレント時代末期に失踪し、死んだと思われていた。しかしある女性から実は生きていると知らされる……。意表をつくストーリー、壮絶で感動的な長編」とのこと。とにかく読ませる!
また、本書の中で「月」が重要な意味を持っているのだが、その分析は、下記などを参照するのがいいかも:
「象徴の向こう側へ――Paul AusterのMoon Palaceと父性の転覆」
この記事から一部だけ、転記する:
この揺さ振りはMPにおいて、「なぜアメリカの西部は、あんなにも月面の風景に似ているのか」(32-33)と、マーコが指摘するように、月と共に、西部という地球の空間において現れる。かつて、Henry Nash Smithが、Virgin Landの中で「アメリカの森林はほとんど魔法の森と変わり、アンティウス[海神ネプチューンと大地の神テラの間に生まれた巨人]のイメージが西部の土の力をほのめかすのに呼出される」(Smith 253)、というイメージを付与しているが、渦巻きを形成する海の神と、豊穣な大地の神という両面性を西部は演出する。また、ブレイクロックのMoonlightを注意深く凝視するなら、白人が西部開拓をする以前の調和した世界を描いているだけでなく、「天空が螺旋のように渦を巻いている」とあるように、一方では、西部のカタストロフィー的世界を叙述するという、その二重性を見逃すことはできない。
さて、前置きが長くなった。「本書でラルフ・アルバート・ブレイクロックの「月光」がどのように鑑賞されているか」、早速、転記して示したい。
「オースターそしてブレイクロックの「月光」(後篇)」へ続く。
「To Re-trace the ray of Moonlight」
「本だなの片すみ」
「Ralph Albert Blakelock - Wikipedia, the free encyclopedia」
「象徴の向こう側へ――Paul AusterのMoon Palaceと父性の転覆」
「Everything's Gonna Be Alright ♪ ブレイクロック」
「松岡正剛の千夜千冊『ムーン・パレス』ポール・オースター」
「ポール・オースター - Wikipedia」
「ハドソンリバー派絵画:F・E・チャーチ(前篇)」
「ハドソンリバー派絵画:F・E・チャーチ(後篇)」
「古矢 旬著『アメリカ 過去と現在の間』」
「羽根、あるいは栄光と悲惨の歴史」
「インディアン─迫害の歴史」
(例によって敬愛の念を籠め、勝手ながら敬称は略させてもらっています。)
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コメント
ポール・スターのムーンパレスを読み、関連する
資料を探しいる内にこのページに行き当たった。
よくできた内容に感心しています。
またゆっくり読ませてもらいます。
投稿: 松田則雄 | 2021/03/21 11:07