つらつらと氷柱(つらら)のこと
帰郷して初めての冬を迎え、二度目の氷柱(つらら)を見た。
起き掛けに郵便ポストの新聞を取り出してくるのだが、その際、氷柱(つらら)の存在に気付いたのである。
← こんなものが軒先にぶら下っている。折れて(溶けて)落ちてくることもある。
最初に見事な氷柱を自宅の軒先などに見かけた際は、後で写真に撮ろうと思いつつ、すっかり忘れてしまい、撮り損ねてしまった。
今回は、この頃は外出時のみならず自宅にあってもポケットに常備しているデジカメを取り出し、しっかり撮影した。
なので、氷柱についての雑文など綴ろうと思った…が、調べてみたらそのものズバリ、「氷柱」と題した季語随筆を綴っていた。
ほぼ四年前の記事である。
が、よく読むと、「氷柱」であり、「つらら」なのか「ひょうちゅう」なのか曖昧にしている。
実際、本文は両方に跨る内容の記事になっている。
しかも、東京在住時で、且つ、夜になって何を書こうかと思いあぐねての小文ということもあり、必ずしも「氷柱(つらら)」なり「氷柱(ひょうちゅう)」を実際に目にしての記事ではなさそうである。
「その日の表題を選ぶため、1月の季語例をぼんやり眺めていたら、「雪女郎、雪折、雪晴、 氷、氷柱、氷柱、採氷…」」とあり、「氷柱、氷柱」と並んでいるのにビックリしての書き出しとなっている。
メインは、高校三年の五月、母校が全焼し、夏になってプレハブの校舎が建てられ、暑さに茹だっていたところ、「氷柱(ひょうちゅう)」がクーラーの代わりに持ち込まれた、という思い出話である。
ここには、上掲の小文から、「氷柱(つらら)」に関係する部分を抜粋しておく。
→ 昨夜来の寒波で玄関脇に置き去りになっている臼に溜まった水も今朝にはすっかり凍ってしまっていた。ほんの数年前まではこの臼でモチを搗いたものだった。
その前に、「氷柱 - Wikipedia」から「氷柱(つらら)」についての説明を得ておこう。
「氷柱(つらら)は、建物の軒下や岩場などから棒状に伸びた氷」で、「語源は「つらつら」の転といい(「言海」では「滑滑(つらつら)」としている)、古来は氷など表面がつるつるし光沢のあるものを呼んでいたとされる」という(註1)。
さらに、「晩冬の季語」だとか。
小生などは、語源については、「氷柱(つらら) 」と聞いて、即座に浮かんだ言葉は「連なる(連なり)」だった。
要するに雪(や氷)が溶けて氷になり、そこへまた溶けた水が軒先などから垂れ始めた氷に重なって、その連なりが「つらら」なのだ…と勝手に想像してしまったのである(註2)。
あるいは「ツルツル」なども思い浮かんだりする。
氷柱(つらら)というのは、なかなか微妙なところがあって、屋根などの雪(氷)が、「一旦融けかければならないため、長い氷柱となるためにはただ極寒なだけでなく、寒暖がある程度繰り返される必要がある」というのだ。
自然現象ではあるが、氷(水)も、つらつら考えつつ短からぬ時間を費やして氷柱(つらら)を作っているわけである。
とにかく、小生の「氷柱(つらら)」は「連なり」に淵源するという説は、どうやら間違いのようだ(絶対に間違いとも決め付けられない。何しろ、「つらつら」だと断定されているわけでもなさそうだし)。
← ツララを竹竿で叩き落したり、雪の礫をツララ目掛けて投げつけたり、氷柱をうまく折れないままに取って、手に持ち、口に含んだり…。
雪国生まれならば、そうでなくとも雪の降る土地へ旅行などで行ったことがあるなら、氷柱(つらら)は見たことがあるだろう。飽きるほど、うんざりするほどに眺める羽目になったこともあるかもしれない。氷柱(つらら)のことは、小さな思い出を数え上げたら、切りがない。家の軒先にぶら下がる何本ものツララ。最初は小さかったものが、時間の経過と共に成長する。夜にはそんなでもなかったものが、休日の朝、遅めに玄関を出てみると、何十センチもの巨大なツララに生まれ変わっていて、あのツララの直撃を受けたら、ひとたまりもない、などと感じたものだった。
そのツララは、当然、危ないので、人の出入りする近辺のものは処理する。竹竿で叩き折ることもあるが、ガキの小生は、雪の礫(つぶて)をツララ目掛けて投げつけ、うまく当たったりすると、喜んでいたりしたものだった。
仙台でアパート暮らしをした時など、冬になると水道管が破裂するのは日常茶飯事だった。軒先にも、その水道管にも氷が張り付き、無論、路面もびっちり凍て付いている。バイクで学校に通っていた小生は、坂の上にあるアパートへ登ったり降りたりするのに、凍った路面で何度、転倒したことか。途中、曲がりくねった箇所があって、その曲がり角で転ぶと最悪で、滑り降りる最中に車に遭遇することもあり、ひやひやの通学だったりしたのだった。ツララや氷柱(ひょうちゅう)は、ぶら下がるか、所定の位置にあるからいいが、路面の凍結は、困る。タクシードライバーを生業とする小生には、困る以上に恐怖である。幾度、滑って肝を冷やしたことか。
ひょうちゅうもツララも、共に(住み暮らす地域によって違うだろうが)生活の日常の中で馴染みあるものなので、結構、句に詠み込まれやすい季語・季題なのかもしれない。
尚、探究する時間がなくなったが、氷柱(つらら)の関連語で「垂氷(たるひ)」がある。これもなかなか味わいがある言葉だ。
(「氷柱」からの転記終わり)
→ でも、一番の楽しみ(?)なのは、茶の間の出窓からツララの変化する様子を眺めること。朝にはカチンカチンだった立派なツララが、日中、次第に溶けてきて、午後には見る影もなくなってしまう…。それを飽かず眺めているのである。寒波がもっと本格的だったりすると、ツララが何処まで伸びていくのかと、ツララよ頑張れと応援しつつ眺め入ったりしたものだった。
(09/01/25 記)
(註1)「A LITTLE WINDBELL つらら 氷点下5℃~8℃ 晴れ」なるブログ日記にて、以下の記述を見つけた:
つらら・・・変換すると「氷柱」と出ます。
語源を調べてみましたら、「つら」とは「・・滑らか・・」からきてるそうで
「・ら・」は助辞だそうです。
柱・・はしら・・の「ら」も助辞だそうです。
(註2)翌日の今日になって、さらにしつこくネット検索したら、「つらら」の語源として、「つるつると滑らかな様子=つらつら → つらら(もともとは氷の総称)」のほかに、「並び連(つら)なる様子=連連(つらつら) → つらら」という説があるという記述を見つけた(但し、典拠は不明)。
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コメント
はじめまして
ずいぶん前の記事でしたが
コメントをありがとうございす。
最近は大きなツララはみれなくなりました。
昔はには一抱えもあるほどの大きなものが
各家にぶら下がっていたものです。
最近の寒地の住宅は、断熱が完備されてるので
できないのだと思います。
投稿: ちき | 2009/01/26 16:42
ちきさん
ようこそ!
日記、参考にさせていただきました。
ツララ、確かに大きなものは見られなくなりましたね。
掲げた写真のツララも三十センチがやっと。
昔は一メートルに及ぶようなツララも我が家の軒先に見られたものです。
大きなツララができなくなったのは、家の断熱もそうでしょうが(我が家の場合は昔ながらの家)、やはり温暖化の影響のほうが大きいような気がします。
一昔前までは、冬となると最低での一メートルは積もったものですし、一晩で数十センチの積雪も当たり前の現実でした。
今は、五十センチがせいぜいのようです(← 富山市の市街地)。
もっとも、冬はこれから本番かもしれないので、油断禁物ですが。
投稿: やいっち | 2009/01/26 19:39