灯油(?)ストーブが頼みです
小生は東京で一人暮らししている間は、灯油のストーブは使わなかった。
それには個人的な事情があるし、前段の話もある。
仙台で学生生活を送っていた頃は、灯油のストーブだった。
無論、仙台ではそれだけでは足りず、炬燵も併用していた。
→ 二日は、精米や買い出しなどなど、三日は年始。雪の正月じゃないと富山らしくない。雪がないことはありがたいけど、寂しくもある…し、この先、ちょっと不安。
上京して、最初の三年はあるバイト生活だったが、最初のうちはガスストーブだった。
これが拙かった。失敗だった。小生には合わなかった。
上京して二年目、幸運にもバストイレ付きのアパートを安く借りることが出来た。
それが間違いのもとで、アパート(の風呂場)の隣に警察犬の訓練所があり、匂いがきつい。
風呂場にはガス給湯設備がある。
なので、いつもは訓練所に面する窓を閉めて、部屋に通じるドアを少し開けて、入浴する。
が、或る時、ついドアを開け忘れ、風呂場が密室状態になった。
…ということは、当然ながら予想されるように、間もなく酸欠状態になり、まさに死の寸前まで行った。
ただ倒れる間際、ドアに体を預けるようにした。
なので、ドアが開き、命拾いしたというわけである。
この件については、「ガス中毒事故余聞」などでやや詳しく書いている。
中毒未遂事件には、「石油ストーブ不完全燃焼事件」といった前歴がある。
仙台郊外のアパートで暮らしていた頃、灯油ストーブが不完全燃焼していることに気づかずに、部屋で暢気に読書などしていた。
そのままずっとボンヤリしていたら、(多分)間違いなく中毒症状で苦しむことになったはずである。
たまたま、来客があって助かったのだが。
以来、灯油ストーブは懲りたのである。
だから、上京してからは、灯油ストーブではなく、ガスストーブに切り替えた。
そのガスストーブも、要は部屋の中でガスを燃やすわけで、冬、締め切った状態の部屋で燻っていることの多い小生、いろんな経緯から遅かれ早かれガス中毒の危険性があるとヒシヒシと感じたわけである。
よって80年代の早期から、小生は暖房は(エアコンか)電気ストーブのみに頼るようになった。
幸い、81年からは、ワンルームタイプながらマンションの一室に住めるようになった。
部屋にはエアコンが予め設置されている。
けれど、夏場などの除湿はともかく、冬、暖房のためにエアコンを使う必要性は感じなかった。
部屋の気密性が高いし、そもそも仙台に比べたら東京は格段に暖かい。
それに嗅覚が人に比べ極端に弱いという事情もある。
もう、ガスストーブも灯油ストーブも、購入(使用)の際の選択の対象からは全く除外となった。
小生が買った電気ストーブは、安価なもので、暖かさも「強・弱」の切り替えだけ。
でも、大概は「弱」で済んだ。
真冬のほんの一時期だけ「強」に切り替えれば十分だった。
しかも、就寝前にはストーブはオフにする。
それでも、部屋の密閉性・気密性のゆえなのか、朝になっても余熱を感じられるのだった。
さて、昨年の二月末に帰郷した。
まだ冬の終わりの頃。
寒かった。
田舎の家は、築五十年以上の木造家屋。
風通しがいいというべきか、天井裏も床下も風が吹き抜ける。
部屋同士の区切りは障子戸か襖。欄間で、天井付近は風とは言わないが、空気が自由に行き来できる。
しかも、建て付けが年代のゆえに悪くなっている。窓の桟が傾いているらしく、窓がしっかり締まらない、そんな箇所が一杯ある。
玄関もあるし廊下も短いとは言えない。縁側の廊下もある。要は、とにかく風通しがいいのである。
それでも、すぐに三月になり、暖かみが徐々に増していった。
東京から持ち帰った電気ストーブで何とか持ちこたえられた。
寒ければ毛布に包まるし、厚着で凌ぐ。
季節はめぐり、春が梅雨に、梅雨が夏へ、そして秋。
まあ、秋は電気ストーブで十分であった。
この分なら、真冬も電気ストーブで乗り切れるのでは、そんな思い(期待)も湧いたことも。
が、認識が甘かった。
その前兆はあった。我が家で長年、使っていた石油ファンヒーターが故障したのだ。
一時は、仕舞ってあった古い灯油ストーブで代替えできるかと思った。
でも、ススが出て堪らない!
← 四日の夕刻、年賀状の返しを投函に近くの郵便ポストへ。寒気が緩んでいて、ジャケットを羽織る必要を感じさせない。
この辺りのことは、「灯油を巡ってあたふたと」で大よそのことは書いた。
古い灯油ストーブでは、ススが出て、体に悪い。
なので、新しい石油ファンヒーターを買うことにした、というわけである。
つまり、寒さに我慢しきれずということよりも、結局は、先代の石油ファンヒーターを新しいのに切り替えた、というに過ぎない。
それは師走の半ば近く頃の話。
さて、師走も押し迫った(押し詰まった?)頃のこと。
小生はまだ、自分の部屋では、電気ストーブと厚着で寒さに耐えていた。
どうしようもなくなったら、毛布を被って我慢していた。
けれど、寒波がやってくる。雪が降る。家の中でも吐く息が白い。
とにかく、寒い。
確かに毛布に包まれば、寒さは凌げるかもしれない。
でも、それじゃ、読書ができない。毛布から手先を出すと、顔もだが、すぐに冷たくなる。
冷え性とはこんなにも辛いものかと、つくづく感じさせられた。
電気ストーブは、断固、「強」のままなのだが、寒い。
師走も切羽詰った27日、小生はとうとう我慢がならなくなった。
堪忍袋の緒が切れた。
なんだってこんなに我慢していなきゃいけないのだ? ってなわけである。
茶の間用の石油ファンヒーターを買ったその同じ店へゴー。
買うと決めたら早い。
前に買ったのと同じメーカーでほぼ同じ製品。但し、小生専用ということで、若干、グレードの落ちる商品を選んだ。
早速、その日の夜から使い始めたが、やはり、暖かさが違う。
知り合いの方が、電気ストーブは電気代が嵩む、それに暖かさが違う、そんな話をされていたが、全くその通りだった。
長年、電気ストーブで冬を乗り切ってきた意地もあって、真冬になるまではやせ我慢してきたが、やはり、富山の冬は(特に年季の入った木造家屋とあっては)、周りのみんなと同じように、灯油に頼るのが一番と、今更ながら神妙に感じている次第である。
それにしても、灯油を使うのに、どうして石油ファンヒーターという呼称なのだろう。
灯油ファンヒーターという名称ではいけないのだろうか。
確かに灯油は石油製品だが、でも、石油とイコールではないはず!
うむ。「現代日本の日常生活では単に「石油」と呼び表す場合は「灯油」を意味する場合が多い」からという慣習のゆえなのか。
ま、どうでもいいや。
暖かければ、それでいいのだ!
→ この道の先に我が家があります。画像の右下の黒い部分は、小生の影かも。…年初になって完全無職となった小生の行く末を暗示する?
参考:
「我がガス中毒死未遂事件」
「灯油を巡ってあたふたと」
「炬燵について」
「炬燵と美女と猫の浮世絵」
「電気炬燵と歩めなかった半世紀?」
「凄いぞ 湯たんぽ!」
「湯たんぽじゃなく電気ミニマット!」
「葉桜日記 「押し迫る」と「押し詰まる」」
(09/01/04夜半過ぎ作 01/05画像追加)
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