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2008/12/20

「兼古良一  水彩画の世界へようこそ」! …アップ!

「兼古良一  水彩画の世界へようこそ」!」をアップしました。

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2008/12/19

他愛もない楽しみを見出す(後篇)

忙中ちょっとだけ閑あり」は読書拾遺的な日記でもあったが、この日記を書いて約十日になるが、生憎、読書のほうは順調とは言いかねる。
 以前、借り出しているトマージ・ディ・ランペドゥーサ作『山猫』 (小林 惺 訳 岩波文庫)と、ウィリアム・サマセット・モーム著『アシェンデン 英国情報部員のファイル』(中島賢二/岡田久雄訳 岩波文庫)は、ようやく『山猫』を読み始めたばかり。
 日中の空き時間に断続的になろうが、なんとか読書をしようと目論んでいるのだが、外出の機会が多く、侭にならない。

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→ 小生の部屋からの夕景。ひと時、ぼんやりと。ホッとする瞬間でもある。

 それなのに、田中聡著の『妖怪と怨霊の日本史』(集英社新書)や『リアルのゆくえ』(大塚英志+東浩紀 講談社現代新書)を借り出し、さらに火曜日、図書(ボードレール著『パリの憂鬱』渡辺邦彦訳 みすず書房)を返却するだけのつもりだったのに、ついつい新着図書コーナーの棚を覗いてしまい、ストロース/エリボン著『遠近の回想』(竹内信夫訳 みすず書房)を借り出してしまった。

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2008/12/18

他愛もない楽しみを見出す(前篇)

 なんだかやたらと気忙しい日々を送っている。
 気持ちが慌しいだけで、実際は忙中閑ありなのかなと感じる暇もあるのだが、やはり、脳裏にはあれをやって、次はこれをやって、ああ、そうだ、あれも忘れちゃいけない、などなど穏やかな気分で居られる時間はない。

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← 日中、父の用事で市街地へ。その途中、富山城脇を通った。信号待ちの際の、車の窓越しの撮影で、画像が鮮明じゃないのが、富山城に申し訳ない!

 夜は、毎日ではないが、アルバイトで、夕方から丑三つ時過ぎまで仕事で、帰宅は早いときは(夜中の)二時ごろだが、遅いと三時を回っている。

 帰宅してもすぐに眠れるわけもなく、何時間か仮眠に近い睡眠を取ったら(小生は睡眠障害が持病としてある)朝…。朝食の準備そのほかの家事が待っている。

 このところ、昼間の外出の機会も増えている。

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2008/12/17

「磯江毅…リアリティへの永久なる試み」などアップ

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磯江毅…リアリティへの永久なる試み」をアップしました。

 尚、「壺中方丈庵」では、下記をアップ済みです:
ボナンザ
デルヴォー……氷の中の恍惚

 …小生の生活もアップアップです!

*「壺中庵明月記」に、拙稿一覧があります(但し、過去一年分のみ)。

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2008/12/16

十川信介著『近代日本文学案内』からちょっと

 日々、気忙しく過ぎていく。
 日記…。今日も半端なものしか書けないで居る。
 纏めきる余裕がなさそうなので、ここらでアップしておく。

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→ 十川信介著『近代日本文学案内』(岩波文庫別冊)

正宗白鳥著『作家論』」では、正宗白鳥が尾崎紅葉(の『金色夜叉』)をどう評価しているかについて(も)書いている。
ハムレットとスミレとオフィーリアと」では、拙稿「尾崎紅葉『金色夜叉』あれこれ」から引用しつつ、何処かの藪の中、巌のある滝壷に宮は身を投げる最後の場面は、「シェイクスピアの『ハムレット』で有名なオフィーリアの水辺での死の場面を意識している。あるいはジョン・エヴァレット・ミレーの描く「オフィーリア」(1852)そのものだ」として、その周辺を巡っている。

 胃癌の苦痛に耐えつつ、断続的に書いた『金色夜叉』だが、この小説を書く尾崎紅葉の女性観は、小説の描き方でも察せられるが、当時の成年男子には喝采(?)を浴びる所以を示すようでもある。

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2008/12/15

灯油を巡ってあたふたと

 何年来なのか分からないけれど、使い込んできたファンヒーターが、何故か運転の途中、プツンと止まってしまう。
 我が家には2台、ファンヒーターがあるが、1台は父母の寝室、1台は茶の間(居間)。
 エアコンも2台あって、同じような配置。

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← 法事やら報恩講(?)やらで、お坊さんが二人、代わる代わるに来訪。父が仏壇を整え、お坊さん用の(?)座布団など引っ張り出して、普段、人気のない仏間がちょっと綺麗に。仏壇は、古いもので、昔はともかく、今では近所では一番、貧相な…じゃない、質素な仏壇になってしまったと父が歎いていたっけ。肩身が狭い? ゴメンね、買い換える才覚がなくて!

 そのうち、居間のファンヒーターが不調になったわけである。
 過日、居間周辺の電気の接続が不具合を起こし、ヒューズが切れた。
 調べてみたら、ややたこ足配線気味の電気コードが、部屋の中で使っているアンペア(電気の使用量)が、電気ストーブの使用その外で急に増えたことが原因だったらしい。

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2008/12/14

ラジオから「われは海の子」が…

 昨夜だったか今朝だったか覚えていないが、仕事が暇だったもので、車中でラジオを聴いていたら、懐かしい曲の題名が。「われは海の子」だって。
 ガキの頃、文部省唱歌や童謡などの類いは学校で唄わされたものだった。音楽の授業が大嫌いで、ただただ仕方なく唄っていた。口パクをする知恵も度胸もなく、傍から見る分には素直に唄っているように見えたのではないかと思う。

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→ 滑川にて。海にもっと近づきたくて波打ち際へ。海水の透明度の高いこと! 以下、三枚の画像は、「あの世の沙汰もカネ次第?」参照。

 それに、音楽の先生の指導が厳しくて、全体の調子がおかしいと、幾度もやり直しをさせられる。唄っている当人としては、どこが悪いのか分からない。でも、やり直しをするうちにOKが出る。どこがどう直ったのか、さっぱり分からず、狐に抓まれたような心境のままに、いつしか授業が終わる。
 そんな繰り返しだったように記憶する。
 それでも、唄っているうちに、なんとなく気分が良くなったり、みんなと気持ちが一つになったような気になることもあったりする。ああ、こんな世界があるのかな、あったらいいな、もしかしたら今がそうなのかな、なんて思ったり。

 でも、授業が終われば、みんなバラバラだ。

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