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2008/02/02

もしも月がなかったら

  2005年に開催された「愛・地球博」の「三菱未来館」で、「もしも月がなかったら」という企画展が催されていた:
三菱未来館@earth

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← 画像(壁紙素材)は、「La Moon」より。拡大したほうが画像の見事さが分かる。

 上掲の「三菱未来館@earth」の中の「三菱未来館@earthもしも月がなかったら EXPO 2005 AICHI,JAPAN」なる頁によると:

三菱未来館は、身近でありながらまだ未知の部分を多く残した「月」に着目。「もしも月がなかったら、地球はどうなっていただろう?」という素朴な疑問を入口に「いまこの地球に生きている不思議、その奇跡へのまなざし」というテーマで出展します。パビリオンは、映像シアターで米国メイン大学天文学・物理学部教授ニール・F・カミンズ氏の著書「もしも月がなかったら」をベースに映像物語が展開されます。

 月がなかったら、月見が出来ないとか、風情がなくなるとか、まあ、科学の門外漢たる小生なら考えそうなお「もしも」像はいろいろ考えられる。
 が、実は、月がなかったら地球は想像を絶する世界となっていただろうという。

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2008/02/01

『新・京都迷宮案内』:この世でたった一冊の本

新・京都迷宮案内」(パート5)は、都合さえ付くと比較的見ている番組である。
 橋爪功扮(ふん)する新聞記者が京都を舞台に活躍する新シリーズ(以下、敬称は敬愛の念も込めて略させてもらう)。
 小生は前にも書いたが、橋爪功という役者(の演技)が好きなので、彼が主演でなくて脇役であっても、出ると分かっていたら見るように心がけている。

2008

→ 「新・京都迷宮案内」(2008)のポスター。画像は同番組公式ホームページより。

 彼の関わる番組の中でも「新・京都迷宮案内」は、それぞれの回ごとに趣向が凝らされていて、見飽きないし、見終えても見たという手応えもある。
 今日は、今年の第一回目の放送でもあるし、「盗まれた恋愛小説!“忘れえぬ女”の謎」の回をストーリーを追いつつ、追体験してみる。
 ドラマの最後のどんでん返し的な話にしてやられたということもあるが、ゲスト出演していた水前寺清子の演技に感じるものがあったので、ちょっと採り上げてみたくなったのである。

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2008/01/30

『老人と子供のポルカ』の頃

[ あるところで、『老人と子供のポルカ』に関連する話題を見かけた。懐かしい! 懐かしいし、5年弱前にも、あるメルマガでこの歌のことが話題になっていて、気になると何か書きたくなる小生、下記のような雑文を綴っていた。せっかくなので(?)、ここに再掲しておく。なお、掲げた画像は本文と全く関係ない。過日、上京する列車の車中から撮ったもの。当時も今も不思議というか尋ねてみたいのは、本人はどういうつもりでこの歌を歌ったのか、何ゆえ引き受けたのかということ…。 (08/01/30 記)]

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『老人と子供のポルカ』余談

 Sさんのメルマガで『老人と子供のポルカ』(早川博二作詞・作曲 歌:左卜全とひまわりキティーズ)のことが話題になっていた。
 誰か、実際に聞いた人がいないでしょうか、だって。そんなことなら我輩に聞いてくれればいいのに…なんてのは嘘だぴょーん。

 そのSさんは小生よりずっと若い。
 その点、小生は、『老人と子どものポルカ』を高校生になりたての頃に聞いたのだ。歌謡曲や演歌が全盛で歌番組はクイズ番組と並んで庶民がテレビで楽しむ大きな娯楽源になっていた。

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2008/01/29

獰猛なる信仰の行方

 S.グリーンブラット著の『驚異と占有―新世界の驚き』(荒木 正純【訳】 みすず書房)を暇に飽かして一気に読了。
 出版社の内容紹介によると、「新大陸を発見したコロンブスの「驚き」は、なぜ必然的に、その「土地の占有」と結びつくのか?多くの記録文書や報告、物語を解読しつつ、植民地化への心理機構をみごとに分析した出色の論考」だって。
 1994年の刊行なので、新著とは言えない。

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→ S.グリーンブラット著『驚異と占有―新世界の驚き』(荒木 正純【訳】 みすず書房)

 本書を読んで、改めて感じたのは、世界を席捲し支配するのは、信仰と権威の強さなのかなってこと。思い込みの強さがある限り、どんな野蛮も合法化されるし正当化できてしまう。
 世界支配は、富への欲望もあるけど、世界の風景を己が信仰の色に染め上げてしまおうという、獰猛なまでの信仰心こそがエネルギー源のように今更ながら思える。

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2008/01/28

オカマの話?

1月25日の夜のこと。

残り少ないおコメ。

なので、丁寧に御飯炊き。

1)電気炊飯器のオカマ(内蓋)を取り出す。

2)おコメを二合入れ(2号さんを入れちゃダメだぞ!)、そのおコメに市販のペットボトルの水(信州安曇野の水)を適量浸す。

3)おコメに水が十分浸透するのを待つ。

4)おコメに安曇野の水が浸透したのを確かめて、磨ぐというより軽くすすぐ。
(一人で食べるから、丁寧に磨ぐ必要はない)

5)磨いだおコメの入ったオカマを電気炊飯器に戻す。

6)電気炊飯器のスイッチをオンにする。

7)待つことしばし。

はて? グツグツ煮え立ってきて…という段階がなかったような。

なのに、炊飯器は炊飯から保温へと切り替わった。

グツグツ煮え立つのに気づかなかったのは読書に夢中になっていたから?

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