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2008/10/25

自転車を駆っていそいそと…読書・音楽拾遺(前篇)

サルビアの花にうもれて…読書・音楽拾遺(前篇)」や「夕焼け空を追いつつ…読書・音楽拾遺(後篇)」などを書いてから、早くも十日近くが経った。
 なかなか思うようには読書はできない。音楽については、部屋にいる間はCDプレーヤーが活躍しっ放しなので(父母の居る部屋からはテレビの音が聞こえてくるので、その消音の意味もある)、何かしら耳にしている。

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← 24日は終日、雨だった。畑も庭もたっぷり潤ったことだろう。画像の雨樋からの雨垂れを受けている石の器は、実は臼。数年前までは何十年の間、餅を搗くのに大活躍だったのだが、今は雨ざらし。雨に打たれ憩っている? 長い間、ご苦労様でした。

 図書館へ行く時は自転車。
 本やCDを返却するのは惜しいが、新しい出会いもあるやもしれず、ペダルを漕ぐ足も軽快である。
 特にクラシックやジャズ、民族音楽など、邦楽以外のジャンルの音楽は知らない演奏(家)や曲も多いので、今日はどんな発見があるかとワクワク気分だったりする。

 なんだか、初めての相手とのデートにでも出かける気分?

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2008/10/24

動物園の動物のことから「ぼろぼろな駝鳥」へ

[以下は、あるネッ友の方の日記にコメントとして書き込んだもの。その日記は、動物たちが動物園の中で、あまりに無防備にしているって内容だった。]

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→ 樹齢150年ほどの我が家の梅の木。今日の日記のテーマが「呻き」なので「ウメキ」、「梅の木」って連想してこの画像を載せたわけじゃない ? !

ーーーーーーーーー ーーーーーーーーー ここから転記 ーーーーーーーーー

動物は好きだけど、動物園は嫌い。
せめてサファリパークなら…。

動物園というと、高校の教科書に載っていた、高村光太郎の詩「ぼろぼろな駝鳥」(「銅鑼」(昭和3)発表)を思い出してしまいます:

ぼろぼろな駝鳥

何が面白くて駝鳥を飼ふのだ。
動物園の四坪半のぬかるみの中では、
脚が大股過ぎるぢゃないか。
頸があんまり長過ぎるぢゃないか。
雪の降る国にこれでは羽がぼろぼろ過ぎるぢゃないか。
腹がへるから乾パンも食ふだらうが、
駝鳥の眼は遠くばかり見てゐるぢゃないか。
身も世もない様に燃えてゐるぢゃないか。
瑠璃色の風が今にも吹いて来るのを待ちかまへてゐるぢゃないか。
あの小さな素朴な頭が無辺大の夢で逆(さか)まいてゐるぢゃないか。
これはもう駝鳥ぢゃないぢゃないか。
人間よ、
もう止せ、こんな事は。


動物園の動物って、人間で言えば、終身刑の刑に処せられているって感じちゃう。
大切にしているんだろうけど、野生じゃなくなっちゃうよね。
環境の危機を人間が作り出したからには、動物園にしても、現代のノアの箱舟なのかな…。
仕方ないのかな…。
                        (2008年10月23日am記)

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2008/10/23

「「小諸市北国街道ほんまち町屋館」…小諸というと藤村だけど(後篇)」アップ

「小諸市北国街道ほんまち町屋館」…小諸というと藤村だけど(後篇)」をアップしました。

 一昨日だったか、庭で落ち葉拾いなどしていたら、光沢も見事な緑色の果実が目に入った。

 ミカン!
 おお、そうだった、我が家にはミカンの木が一本あるんだった。

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← 我が家の庭の片隅にミカンの木が。ちゃんと果実が生る!

 木には青々としたミカンの果実が何十個も。
 その果実を見て、これがミカンの木だと改めて気づかされる。
 そうでもないと、植物には到って弱い小生のこと、ずっと気が付かなかっただろう。
 そういえば、我が家の庭には樹齢が150年ほどという梅の木がある。
 我が家のご先祖様が本家から少々の田畑をもらって分家した際に柿の木などと共に植えたものだとか。

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2008/10/22

「「小諸市北国街道ほんまち町屋館」…小諸というと島崎藤村だけど(前篇)」アップ

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「小諸市北国街道ほんまち町屋館」…小諸というと島崎藤村だけど(前篇)」をアップしました。

 我が町の昔日の様子を描いているわけでもない、数々の画像を掲げるのに、特に目的も意味もない。

 ただ、今昔の町(村)の風景を眺め、取り留めもなく想像をめぐらしてみたいだけである。

 わが町(昔は村)も、これほどの賑わいはなかったにしろ、我々の先祖様たちが働き、悩み、楽しみ、病み、恋し、村の内外を闊歩したんだろう…。

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2008/10/21

「忘れられたか江戸の画家・熊代熊斐」アップ

 小生はいろんなブログを見て回るのが好きで、お気に入りのサイトだと何度も勝手にお邪魔するが、そういうのは稀で、一瞬、チラッと覗いて、恐らくもう二度と目にしないサイトのほうが多いだろう。

 それこそ、街中で擦れ違った人をチラッと通りすがりに見るだけ。
 そんな相手と今生、遭うことも、まして言葉を交わすこともない…。

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← 「忘れられたか江戸の画家・熊代熊斐」をアップした(「熊代熊斐」は、「くましろ ゆうひ」と読む)

 行きずりの一瞬の印象がどれほど相手の人柄や背景を捉えられるものではないのだろうが、それでも、一瞥さえしえない相手が圧倒的な数なのであることを思うと、ネットのサイトであろうと、ほんの数秒間の滞在であっても、それはそれで縁(えにし)なのかなとも思う。

 そんな中、何度となくお邪魔するサイトの一つに、「江戸時代を世界遺産に」がある。

 …ということで、「忘れられたか江戸の画家・熊代熊斐」へどうぞ!

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2008/10/20

水辺へ、そして夕焼け

 16日(木)、夕陽をそして夕焼けを追って、自転車を駆って久しぶりに親水公園へ、さらに神通川へ。
 風のない一日だったので、空中には埃が漂っているようで、必ずしも綺麗な夕景には巡り合えなかったけれど、慌しい日常の中、目にだけは眼福を与えることができたと思う。

 或る日、こんなことを書いたことがある。

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 あるいは、そもそも夕焼けの光景が何か関係しているのだろうか。世界が茜色に染まる時間。空の青も醒め、木々の緑も闇の色に染まる直前、真っ赤な陽を浴びて戸惑い、屋根も木の板塀も人も橋も大地さえも一色に染まっている世界。
 夕焼けは血の色なのだろうか。記憶の海の底深くに沈んで思い出せるはずもない羊水の色を無理にも思い出させるようでもある…
、と。
 
 あるいは、こんなことも書いてみた…。

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2008/10/19

「昇斎一景…人間味たっぷりの浮世絵・錦絵を愛でる」

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← 「昇斎一景…人間味たっぷりの浮世絵・錦絵を愛でる」をアップしました。

 昇斎一景(しょうさい いっけい)は、「人物表現に滑稽味が強く感じられる」、生没年不詳の謎の浮世絵師。

 昨夜半過ぎ、家の中の片付けなどやっていた。明日(つまり今日)も秋晴れだという。
 湯呑み茶碗も洗い、テーブルも拭き終えた。エアコンも消した。何も問題なし。
 で、部屋の明かりを消して、自分の部屋に戻ろうとした…ら、居間のカーテンの透き間から青い光が漏れこんでいるのに気付いた。

 月明かり!

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→ 16日の夕景(環水公園にて)。

 夕陽を追うのも好きだけど、月光も好き。
 昨年の末までは、月影を追って車を駆って都内の各地の公園を走り回ったものだった。

 一旦、仕事を始めると、朝の十時半から翌朝の六時過ぎまで通して仕事だったので、真昼間の眩しさも夕刻も宵闇も丑三つ時の静けさも未明の漆黒の闇が微かに透明度を帯びてくる様子など、一日の変化を具(つぶさ)に眺め愛でることができた。

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