« 2008年9月14日 - 2008年9月20日 | トップページ | 2008年9月28日 - 2008年10月4日 »

2008/09/27

読書・音楽拾遺…モーツァルトとシンクロもエンヤない?

 富山に帰郷して今日(26日)で丁度、半年となる。
 帰郷のドタバタの一端は、例えば、「テラ・アマータ」にメモしている。

P2813mid

← Enya / エンヤ『A DAY WITHOUT RAIN / ア・デイ・ウィズアウト・レイン

 その中で、ちょっと殊勝にも以下のように書いている:

 このような人間なのだけど、我が地を愛そうと思う。
 誰も自分を愛することはなく、我が愛すべき土地さえも自分に対して無関心であり続けるのだとしても、縋りつくように、しがみ付くように、この地に生きる。

 郷里に半年住んで、少しでもそのようでありえたかというと、なかなかうまくはいかないというのが正直なところだろう。
 それでも自分で自分を叱咤して、郷里の地に馴染もうとしているけれど、道半ばどころか、緒にさえ着いていないと痛感するばかり。
 あれこれ書くと切りがないが、とにかく楽しみを見出せていない。語り合う友(パートナー)もいないのが大きい。
 この辺り、自分の人間性も関係するところなので、自業自得なのかなと、やや諦めの心境でもある。

 殺伐、茫漠といった言葉が自分の心から浮かんでくる言葉なのだ。
 

続きを読む "読書・音楽拾遺…モーツァルトとシンクロもエンヤない?"

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2008/09/26

腕時計を買いました

 東京では町中の到るところに時計があるのであまり使わなくなった、もう十年近く、腕時計は使っていなかった。
 逆に言うと、九年ほど前までは持っていたのだが、父が腕時計が何とかというので、たまたま買ったばかりの、腕に嵌めていたものを父にあげてしまった。

21460822_2853426192mimei

→ 作家の田川未明さんに拝借した写真。24日の夕焼け。さりげなく富士山のシルエットが! 秋が間近に迫っている…。(田川未明さんのことは、「田川未明オフィシャルウェブサイト―mimedia」にて。)

 夕焼けって、どうしてノスタルジーの念を掻きたてるんだろう。

 もしかして、羊水の中の赤が記憶の海の底に焼きついているから?


 代わりにまた、買おうかとも思ったけれど、不況で売り上げが悪くなったこと、さらにそれほどの必要性を東京の生活では感じなかったこともあり、いいや、もう、腕時計がないほうがスッキリするし、なんてことで新規に買うのはやめたのである。

 それから一年もしないうちに、必要があり、携帯電話を購入した。
 当然ながら、時計機能もある。
 都会にあっては、街中の(銀行やら商店やら駅など、随所にある)時計で間に合うし、敢えて携帯で時間をチェックする必要に迫られることも滅多になかった。

続きを読む "腕時計を買いました"

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008/09/25

「五姓田義松…晩年の日本回帰は諦念か」アップ

27880207111

五姓田義松…晩年の日本回帰は諦念か」をアップしました。

 少年の頃、既に天才と謳われた五姓田義松(ごせだ よしまつ 1855 - 1915) の晩年の日本回帰(?)は諦念の営為なのかどうか。
 まあ、作品の数々を鑑賞するのが先だけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/09/24

一人ぼっちの墓参り

 23日はお彼岸の日(秋分の日)ということで、おはぎなどを作って親戚の者たちがやってきた。
 小生の父母が、彼らにとっての父母であり祖父母であり、曽祖父母であるからでもある。
 おはぎを食しつつ、しきりに親戚のうちの一人が、おはぎを作ったら、墓参りに行かなきゃねって、孫たちに言っている。

200809231

← 菊の花など手向けて墓参。まだ薄日だったけど、次第に曇り、夜になって雨。手向けの水?

 その言が小生に向けられていることは痛いほど分かる。

 我が父母は体の不調もあって墓参りには行かない。
 行くとしたら、我が家では小生以外にない。

 小生は曲がりなりにも我が家の長男なのである。

続きを読む "一人ぼっちの墓参り"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008/09/23

「川村清雄…洋画の洗礼の果てに(後篇)」アップ

Emono

川村清雄…洋画の洗礼の果てに(後篇)」をアップしました。

 本稿は、「川村清雄…洋画の洗礼の果てに(前篇)」の後篇です。
 川村清雄の画業を通して日本における近代洋画の黎明期の苦闘を見てみます。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/09/22

「川村清雄…洋画の洗礼の果てに(前篇)」アップ

Anko201

川村清雄…洋画の洗礼の果てに(前篇)」をアップしました。
 ここ数年、再評価されつつある明治の画家の偉業を辿ってみます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/09/21

千木のこと

 長部日出雄/著の『「古事記」の真実』(文春新書)を読んでいたら、「千木」という言葉に出会った。
千木(ちぎ)」という言葉、というより古来より伝わる、今となっては神社にのみ(?)残る、神社建築の象徴ともいえる、ある種の建築技法というべきか。

Tadajinja_honden

→ 屋根の上にあるのが鰹木、両端で交叉しているのが千木(多田神社本殿) (画像は、「千木・鰹木 - Wikipedia」より。)

 上掲書から当該箇所を転記してみる:

 国会図書館で読んだ佐伯英雄『宮崎懸新誌』(昭和26年刊)はまだ見ぬ高千穂の独特な佇まいを、つぎのように伝えていた。
「農家は多く萱(かや)で葺かれてその上には千木があり、古代の建築を思わせるものがある。早朝渓谷から湧く雲の上に雄渾な九州山脈の頂きが浮かび、山の端をはなれた太陽の光が千木古(ふ)りた農家の屋根を照らし、遠くからの鶏鳴を聞くとき古代の世界に遊ぶ気持ちを覚える」
 千木とは、神社建築の象徴ともいうべきもので、社殿の屋上に破風(はふ)の先端が交差して高く突出している部分をいい、今日では神社以外では見られない。だが、高千穂では何十年か前まで、農家の萱屋根にもその千木が備わっていたというのだ。その一点だけでも、なにやら尋常の里とはおもえない。
『宮崎懸新誌』はさらに、他には見られない高千穂の特徴をこう伝える。
「(この地方に多い清冽な)泉の水は場合によっては懸樋(かけひ)によって家に運ばれる。沿道に多くの竹製の懸樋を見、特殊な場合は懸樋がワイヤーに釣られて幾十米の河谷を越えている場合も少なくない。

続きを読む "千木のこと"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年9月14日 - 2008年9月20日 | トップページ | 2008年9月28日 - 2008年10月4日 »