電気炬燵と歩めなかった半世紀?
冬になると炬燵が恋しくなる。
だったら、炬燵くらい買えよってことになるが、生憎、懐具合の淋しさはともかくとして、我が部屋の中があまりに汚すぎる。狭い。
よって、置き場所もだが、床が汚すぎるので、炬燵を置く気になれないし、ましてたとえ座布団などを敷くにしても座る気には到底なれない。
自分の部屋なのだが、いやなのである。
でも、炬燵が恋しいってのは正直なところ。
← 歌川国芳『炬燵に美人』 (画像は、「Cat-City Museum:猫と浮世絵」より)
年末年始など郷里に帰省するのが常なのだが、楽しみは炬燵である。
(尤も、郷里の家で炬燵が不可欠なのは、木造の古い和式の家屋なので隙間風が凄く、炬燵なしでは居られないってこともある!)
小生は18で郷里を離れたが、そんな少年時代までの思い出が炬燵と共にあるように思えてならない。
幼少の頃は掘り炬燵で、炭が熱源だった。
いつから電気炬燵に変ったのか、覚えていない。兼業だが農家ということもあり、結構、遅かったような。帰省の折、時々、朝などに炭を継ぎ足しさせられたこともあるから、二十歳前後?
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