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2008/12/07

今度は父が病院へ

 土曜日の夕方近くだったろうか、そろそろ食事の用意をしなくちゃ、その前に茶の間の灯油ストーブに点火するなど、部屋を暖めておかなくっちゃ、でも、その前にトイレへ、なんて思いつつ、自室を出てトイレへ向かおうとした。
 すると、茶の間からの灯りが隣室に漏れている。

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→ 昨夜来の冷たい雨が、お昼過ぎには雪に。

 父が茶の間に?
 でも、テレビの音がしない。

 あるいは父がお茶を飲むため、それとも、母のため冷蔵庫からドリンクを取ってこようとした際、通り道である茶の間の明かりを点け、そのまま消し忘れていたのか。
 茶の間への襖を開ける。
 そこに母がいる。
 テレビもつけず、暖房も入れず、カーテンも半分しか閉めていない。
 母が一人で茶の間に出てきて、父が後から来るのか…。
 
 すると、母がポツンと一言。
「父さんが、転んで怪我したがんぜ」
「えっ、怪我」
「大したことないみたいがやけど…。年賀状、…行って…。」

 母が大したことないと言うので、父母の寝室は素通りするつもりになったが、でも、ちょっと気になる。
 部屋を覗くと、父が母のベッドの脇で床に座り込んでいる。
 見ると、母のベッドの頭側にあるゴミ箱に血を拭ったようなティッシューが何枚も丸められて捨てられている。

 血が出るほどの怪我 ? !

 慌てて父の顔を覗き込む。
 すると、父の顔が傷だらけ。顔の何箇所からも血が出ている。擦り傷っぽいけど、血が未だに止まっていない箇所もある。
 大したことないどころではなかった!

「どうしたがいね」
「転んだが」
「転んだ?」
「雪道でステンッと」
「怪我、ひどいがないけ。病院、行かんでいいがけ」
「いいがやちゃ」
「そうけ…。」

 でも、俯き背中を丸めている老いた父の胸の動揺が、小さくなった肩から手に取るように分かる。

 父は自分で病院へ行くとは言えなかったのだ。
 言えない性分の人間なのである。
 シャイで、自分のこと(特に失敗など)が公になるのを極端に嫌う。
 いいことをする場合でも、相手に気づかれないように、静かにさりげなく…で、そのうちに相手に気づかれるのを良しとする。
 自分の失敗などは可能な限り内輪で済ませたい。

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← 牡丹雪がチラホラと舞い落ちるように降るだけなら、たまには雪も風情があると思えるのだが。

 父は俯いたままだった。
「ダメだちゃ。病院へ行かんにゃ!」
 
 幸か不幸か、小生、土曜日の夜は仕事があるはずだったが、雪でキャンセルを喰らっている!

 普段なら、平生の父なら、病院へ行くことは、断固、拒否する。
 風邪を引いても、薬で治そうとする。
 体調が悪くても、風邪だとの一点張り。
 母のためには何度も付き添いで病院へ行くが、自分が受診するのは嫌なのである。

「そうかの」
 すんなり承知した。
 やはり、内心、自分でかなり焦っていたのだ。
 多分、鏡で顔の傷を見て、自分で驚いたに違いない。
 血が、なかなか止まらないことに動揺もしているに違いない。

 老いて気が弱くなった面もあるのか…。

 母に、父を病院へ連れて行くと告げる。
 すると母は、
「父さんが病院へ行くなんて、承知せんちゃ」
「なあん。行くって言っとったよ」
「へえ。怪我、そんなにひどいがけ」
 返事に窮する。
「血、出とっから、消毒くらいはせんと」

 でも、小生は病院といっても宛てがない。
 土曜日、しかも、夕方である。
 あの病院、この病院と名前は浮かぶけれど、やっているとは思えない。

 かといって、救急車を呼ぶほどの怪我というわけでもない。
 ただ、ちゃんと見てもらって傷口を消毒してもらって…、とにかく治療は早めに施してもらったほうがいい。

 その内、ある近所の病院の名が浮かんだ。
 母、曰く、
「あそこだと、結構、ルーズだから、診療の時間が終わってもやっとるし…」だって。

 車でそこへ。
 生憎の雪。
 雪のせいで父が怪我する羽目になった。
 小生の車は未だノーマルのまま。
 来週くらいにはスパイクタイヤに交換するつもりでいた。
 未だ、早いかなと躊躇していた。
 それが、土曜日の午後から前夜からの雨が雪に変わってしまい、午後の四時頃には田圃も畑も庭も白銀の世界へ呆気なく変貌してしまった。
 雪道を4WD車とはいえ、ノーマルタイヤで走るのは、躊躇われた。
 でも、そんなことを言ってられない。
 
 目当ての病院へ。
 看板は夕闇の中、眩しいほどに水銀灯の灯りで光っていた。
 でも、病院は真っ暗。
 隣にその病院の主の家がある。
 玄関からインターフォンで、応対に出た、多分、奥さんと思われる方に診てもらえないかとお願いした。
 でも、すげなく断られた。

 駐車場で車内で待つ父に、ダメだったと報告。

「大きな病院へ行くけ?」
「救急病院へ行くか?」
「救急病院? 夜、やっとんがけ。電話せんで、いいがけ?」
「大丈夫やちゃ」

 ということで、車で十数分ほどの夜間も受け付ける救急病院へ。

 富山は裏道は、舗装路である限り、ほとんどの道は融雪装置が働いていて、散水されている。
 気温はマイナスにはなっていない(と推測された)。
 路面は凍結していない。
 車の通りが少ないところは、数センチの積雪になっているが、車の通りの激しい通りだと、路面が溶けた雪と水とでグジャグジャな泥濘(ぬかるみ)状態となっている。
 なんとかノーマルタイヤでも四十キロくらいなら走行しても、恐怖感は覚えない。
 
 病院への道は父が案内してくれた。
 そういえば、あそこにあったなと思い出す。
 駐車場には車が一杯止まっている。
 なんとか空きを見つけ、父と院内へ。

 病院に着いたのは六時半ころだった。
 受付で聞くと、診察や七時から始まるとか。
 とりあえず受付だけ済ませ、小生は保険証を取りに自宅へ。
 父が持ってきたのだが、慌てていて、期限切れのものを持ってきてしまったのだ。
 無論、とりあえず、現金で清算し、後日、保険証を持参すれば、差額は戻る。

 でも、小生は家に向かった。
 保険証を取ってくるという目的もあったが、病弱な母を何時間も放っておけない。
 夕食の時間が遅くなる、血糖値が下がる、低血糖などで発作が起こる、そんな状況が懸念されたのだ。
 親戚筋の者に、小生らが不在の間、母の元に来てもらおうと思ったが、生憎、連絡が取れないのである。

 雪の中を我が家へ。
 母は無事か…。

 母は茶の間でポツンと。
 食事の用意をする時間的余裕がないので、甘いお菓子を母に。
 とりあえず、少しでも食べてもらえば、時間的にゆとりができる。
 
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→ 午後の四時ごろには、すっかり銀世界に。夕方からは車を使ってのアルバイトがあるはずなのだが…。

 保険証を探し出し、小生は病院へ。
 
 着いたら、七時十五分頃。
 父の診察、どころか、治療が始まっていた。
 治療中の札が診察室のドアに下げられている。
 
 小窓から看護師さんに尋ねると、傷口を縫っている、麻酔を使っている、などといった返事。
「もう少し、お待ちください。説明がありますし、あとでお呼びしますから」

 とにかくお医者さんに診てもらえたという安堵感。
 再度、親戚筋の者へ連絡を試みるが、やはり、ダメ。

 待つことしばし。
 名前を呼ばれ、診察室へ。
 父がベッドに横たわっている。
 傷口を縫うのは終わっていて、お医者さんが傷の状態などを説明してくれた。

 看護師さんが顔に何箇所も包帯したり、絆創膏を貼ったり。
 小生がこの春、顔(右目や額)に怪我したことを思い出していた。
 倒れ方は、小生と同じらしい…。
 
 投薬する薬の説明をしながら、雑談。
 せっかくの顔に包帯が一杯なので、患者をリラックスさせようというのだろう、お医者さんが記念に写真でも撮りますか、だって。
 小生、看護師さんが綺麗だったので、「お医者さんとじゃなくて、看護師さんとツーショットなら、記念になるね」とかなんとか。
 お医者さんや看護師さんが笑った。父も痛々しい顔のまま、笑っている。

 ホッとしたのだろう。

 せっかくなので、追い討ち。
「でも、保健が効かないから、保険外だよね」
 看護師さんたちに受ける。
 俯き、父への処置を施しながら、クククと声を抑えつつ笑っている!

 まあ、小生もホッとしているわけである。

 さて、治療費(診察費)を清算し、服用する薬を貰い、父と一緒に帰宅。
 翌日は包帯の交換などのため同じ病院へ(日曜日なので)。
 来週からは、近所の馴染みの病院で治療や経過を診てもらうことになる。
 
 父の足腰が弱っている。
 そもそも小生が帰郷を決断したのも、昨年の晩秋だったか、父が自宅の裏庭で転倒したからである。
 この数年、体の弱った母を父が世話し介護している。
 その父の体力が弱っているから、小生が戻っていくしかないと思ったのである。
 父の「帰ってこいよ」という悲鳴(?)にも似た声が思い出される。
 
 でも、いざ、帰郷してみたら、案外と父は元気なようにも見える。
 今以て、父が世帯主である。
 小生は、日中、働けないこともあり、夜、細々とアルバイトしているだけ。
 経済的にも社会的にも、小生は、寄生しているだけの存在。
 近所の方たちには、日中、ぷらぷらしている怪しい人物と思われているらしい。

 家のものは誰も、小生が事情があって昼間は働いていないことを説明してくれない。

 父はシャイだし、家に篭っているから、小生は地元にあって、浮いている。

 ところが、春には母を車椅子に乗せて植物園へ家族でドライブへ行けたのに、半年経った今は、母は病院やリハビリ施設以外への外出を嫌うようになった。
 それだけ体が弱ったのだ。
 しかも、父までが、風邪を理由に、自宅の庭も畑も一切、見なくなったし出なくなった。
 
 そして、今日の事故である。

 雪の中をわざわざ出かけなくとも、買物くらいは小生に任せればいいのだ。
 週に四度はスーパーに行くし、図書館にも行くし、親戚の家にも用事があれば出かける。
 外出しないのは雨とか雪の日くらいの小生なのだ(雨でも必要があれば外出する)。
 でも、タバコと酒は自分で買いに行く。趣味の領分は自分の小遣いで、と父は考えている。

 小生も、そこまで父の用事を代わりにやると、それこそ本当に全く外出しなくなる、動かなくなると思い、わざと酒などの買物は父の勝手にさせている。

 何もかもやっちゃうと、父の出番がなくなる。
 趣味も細々ながら続けている父だ。
 父のサラリーマン時代の同僚や趣味の関係者との交流は、OBとなって二十数年を経て、今は年賀葉書などを通じて、なんとか繋がっている。
 年賀葉書は、父のアイデンティティの最後の砦の一つなのだろうと思う。

 でも、これからは、父の楽しみである趣味の領域にも小生が手を出さないといけないのか…。

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← 保険証を取りに、そして一人ぼっちで待つ母の状態を確かめに舞い戻る車中から、信号待ちにイライラしつつ、クリスマスイルミネーションで賑やかな街中の光景を撮ってみた。明朝までに十数センチの積雪となるという…。
 
 それにしても、わざわざ雪の中を薄暗い中、出かける必要があったのだろうか。
 近所の、ガソリンスタンド跡地の、敷地を示す針金か何かが雪に埋もれていて、その線に足が引っ掛かり、つんのめるように倒れた。
 だから、ほとんど手を突く暇もなく、顔面から倒れこんでしまったらしいのだ。
 ほとんど、春先の小生と同じ倒れ方だ。
 こんなところで父子が似てしまうものなのか。

 とにかく、頭の骨に異常があるわけではなく、最悪の事態は避けられた。
 帰宅したのは、夜の八時を回っていて、それから遅い夕食を父母と小生の三人で済ませた。
 こうして食事を共にできる。
 それだけでありがたいことと思う。

 明日も雪。
 明日からもしばらく通院。
 母に続いて父も病院。
 小生が頑張るしかない。
 雪や寒さが何だとか、愚痴なんて言ってられないのである。

参考:
顔がお岩さんに
                              (08/12/07夜半作)

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コメント

親孝行していますね。お父さんもお母さんも、国見さんが帰ってきて本当に良かったと思っていますよ。

> こうして食事を共にできる。
 それだけでありがたいことと思う。

富山の雪の降りしきる寒さの中、国見さんのお宅はホッと暖かい!

投稿: 由佑子 | 2008/12/07 22:19

由佑子さん

コメント、ありがとう。

小生が帰郷したことがいいことかどうか、結果が全てだろうと思っています。
親孝行な人間でもないし。

ただ、いいように持っていけたらいいのですが。

暖かい家庭というには、ちょっと苦しいけれど、できるだけのことはやっておきたいと思っているのです。

投稿: やいっち | 2008/12/08 01:54

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