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2008/10/15

夕焼け空を追いつつ…読書・音楽拾遺(後篇)

 14日の夕方、五時過ぎだったろうか、そろそろ食事の用意をしなくちゃと思いつつ、部屋で本を読んでいたら、目の片隅に真っ赤な光が。
 見遣ると、夕焼けの赤が障子越しにも鮮やか。

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→ 「猫じゃらし」という別称のある「エノコロ草」越しに夕焼け空を撮る。

 ああ、これは見逃しちゃ勿体無いと、デジカメをポケットに突っこみ慌てて自転車を駆って近くの公園へ。

 悲しいかな日の入りには間に合わなかったが、それでも夕焼け空を愛でることができた。
 十数枚も撮った頃だったろうか、海(北)の方角から旅客機が。

 富山では旅客機が海辺から神通川を遡上するようにして富山飛行場へ向う。
 サケの遡上ならぬ飛行機の遡上なんて、絶景!

 多分、パイロットや特に乗客は河原や川へ不時着するような感覚を味わいつつ、珍しい光景を楽しんでいるのではなかろうか。
 小生も、もう十年ほど昔となろうか、母の緊急入院の報を聞いて、一度だけ、飛行機(ANA国内線)で帰郷したことがある。

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← 「富山空港」は、「日本で唯一河川敷に作られた空港」である。「ボーディングブリッジが日本一長いといわれてい」るらしく(「富山空港 - Wikipedia」でも確認)、パイロットには高度な技術を求められるとか。立地条件が厳しいが、利便性は高い。「YouTube - 富山空港到着便」にて着陸の様子などを見ることができる。
 
 公園の脇の道から変なおっさんが撮影している、そんな光景を傍から見たら、不審者に見えてしまうかなと思いつつ、でも、心に食い入る光景は見逃したくはないし、その一端をでも記録に残したい。

読書・音楽拾遺(後篇)」(10月13日の記録)

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→ 原武史 著『〈出雲〉という思想』(講談社学術文庫)

 さて、図書館に行ったのは、読了した本や期限の来たCDの返却のためだが、当然ながら次に読む本や聴くCDを借りるためでもある。

 ただ、本については、先週借りてきたガストン・バシュラール/著『水と夢 物質的想像力試論』(及川馥/訳 叢書・ウニベルシタス 898  法政大学出版局)はまだ手付かずだし、横山泰子著『江戸歌舞伎の怪談と化け物』(講談社選書メチエ)やリチャード・ドーキンス著『神は妄想である―宗教との決別(THE GOD DELUSION)』(垂水 雄二【訳】 早川書房)などは読み止しなので、本を借りるのは今回は控えようかとも思っていた。

 CDを返却し、次のを物色してカウンターへ向って、司書の方の手続きを待っている間にちょっとだけ手持ち無沙汰に。
 ふらふらと新刊コーナーやら文庫本のコーナーへ行ったら、目に付いた本があった。
 いずれも文庫本。
 うーむ。寝床で読む手に持ちやすい軽い本は、横山泰子著『江戸歌舞伎の怪談と化け物』だけだし、間もなくこれは読了するだろうから、この二冊、借りちゃうか!

 その二冊とは、以下である。

 一冊目は、原武史 著『〈出雲〉という思想』(講談社学術文庫)である。

【楽天市場】〈出雲〉という思想:楽天ブックス」での内容情報によると:

明治国家における「国体」「近代天皇制」の確立は、“伊勢”=国家神道の勝利であった。その陰で闇に葬られたもう一つの神道・“出雲”。スサノヲやオホクニヌシを主宰神とするこの神学は、復古神道の流れに属しながら、なぜ抹殺されたのか。気鋭の学者が“出雲”という場所をとおし、近代日本のもう一つの思想史を大胆に描く意欲作。

 明治維新政府の宗教政策には極端なものがあった。
 教科書に書いてある例に、「廃仏毀釈」がある:
廃仏毀釈 - Wikipedia

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← 廃仏毀釈で「焼かれる仏具・経文」 (画像は、「廃仏毀釈」より。)

 ここでは、「廃仏毀釈」問題には立ち入らない。
 拙稿「出発は遂に訪れず…廃仏毀釈」や「廃仏毀釈補遺」などを参照願いたい。
 あるいは、簡潔的確な説明をということなら、「廃仏毀釈」などを覗くのがいいかも:

 明治維新政府は王政復古,“神武創業の始めに基づく”政治政策を遂行し,そのために祭政一致を目標とし,神社を国家統合のための機関にしようと意図していた。そこで伝統的な神仏習合の信仰形態を一掃し,国家神道としての体裁を整えるために神仏分離政策が行われた。

 古代史の探求は小生には興味の尽きない課題である。古代史(考古学)を探ること、古代をどう理解するかは現代をどう理解するかに直結しているからでもあるが、とにかく<真相>を少しでも知りたいのである。
 中でも邪馬台国問題と謎の出雲については興味津々である。

 二冊目は、豊下 楢彦 (著) 『昭和天皇・マッカーサー会見』(岩波現代文庫)である。

昭和天皇・マッカーサー会見 - 琉球新報 - 沖縄の新聞、地域のニュース」から一部を転記する:

 本書は、新憲法体制にあっても、昭和天皇はかつての帝国憲法下と同様に「重大な事態」と判断すると、積極的かつ高度な政治行為を行っていたと論証する。
 焦点は、米国を主体とする連合国占領下の日本の天皇外交に当てられる。天皇外交は当時の内閣を越え、時には日本占領の最高責任者をも飛び越えて、米政府に向けて展開していく。
 日本の戦後史の空白を埋めてくれるというよりも、著者は公開された史料分析を丁寧に進めた上で、戦後史の理解そのものの転換を日本人に迫る。自ら人間宣言を行い、象徴天皇が「政治的役割」を演じないとの日本国民の思い込みが、さまざまなレベルでの「ねじれ」た戦後体制を作り出していったのだ、と。

 戦後の昭和天皇の政治への関与というと、「東京裁判でA級戦争犯罪者となった東条英機が合祀(ごうし)された靖国神社への参拝を拒否する」という靖国神社の事例もあるが、また有名な事例に沖縄の占領政策に関する言明がある。

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→ 豊下 楢彦 (著) 『昭和天皇・マッカーサー会見』(岩波現代文庫) 「長らく戦後史の謎であり続けた全11回の極秘会談.二人は何を話したかが「松井文書」解読で初めて明らかにされた.両者の会見とその後の昭和天皇の言動を精緻に検証した本書は,戦後レジーム形成に,昭和天皇が極めて能動的に関与した衝撃の事実を含めて描き出す.戦後史と昭和天皇を論争的に問う岩波現代文庫オリジナル版」だって。

沖縄戦関連の昭和天皇発言」から一部、転記する:

6【沖縄占領】
マッカーサー元帥のための覚書
 天皇の顧問、寺崎英成氏が、沖縄の将来にかんする天皇の考えを私に伝える目的で、時日を約束して訪問した。


 寺崎氏は、米国が沖縄その他の琉球諸島の軍事占領を継続するよう天皇が希望していると、言明した。天皇の見解では、そのような占領は、米国に役たち、また、日本に保護をあたえることになる。天皇は、そのような措置は、ロシアの脅威ばかりでなく、占領終結後に、右翼および左翼勢力が増大して、ロシアが日本に内政干渉する根拠に利用できるような〃事件〃をひきおこすことをもおそれている日本国民のあいだで広く賛同を得るだろうと思っている。

 さらに天皇は、沖縄(および必要とされる他の島じま)にたいする米国の軍事占領は、日本に主権を残したままでの長期租借-25年ないし50年あるいはそれ以上-の擬制にもどづくべきであると考えている。天皇によると、このような占領方法は、米国が琉球諸島にたいして永続的野心をもたないことを日本国民に納得させまた、これにより他の諸国、とくにソ連と中国が同様な権利を要求するのを阻止するだろう。
(略)


 関連する拙稿に「ハーバート・ビックス著『昭和天皇』」がある。
 一方、終戦までに関しては、前回紹介した保阪正康/半藤一利著『「昭和」を点検する』(講談社現代新書)では、軍部官僚らを指弾する一方、昭和天皇には非常に同情的なのが印象的だった。

 さて、借りてきたCDは以下である。
 まずは、『映画音楽 ~名画~ 』( 演奏:ファンタスティック・オーケストラ バンダイ・ミュージックエンタテインメント)
 1996/11発売のCDで、「ベンとサラのテーマ」やら「ゴッドファーザー~愛のテーマ」、「ムーン・リヴァー」「エデンの東」などと定番中の定番の曲が18曲。
 まあ、就寝の際に聞くつもり。

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← 許可(二胡) 『胡弓のメロディ』(Bmg ジャパン)

 二枚目は、9月8日に一度借りたことのある、許可(シュイ・クゥ)の『胡弓のメロディ』(Bmg ジャパン)である。
 ハープのCDが見つからなかったこともあるが、読売新聞13日付け朝刊の「編集手帳」で「許可」のことが話題になっていたからでもある…とあとで気がついた:
10月13日付 編集手帳 社説・コラム YOMIURI ONLINE(読売新聞)」:

 哀愁を帯びた音色で知られる中国の民族楽器・二胡は千年以上の歴史を持つと言われる。片や西洋楽器の代表格バイオリンの歴史は五百年ほど。
どうしてバイオリンは世界中に広まり、二胡は中華世界だけなのか。東京をベースに国際的に演奏活動を続ける二胡演奏家の許可さん(47)(南京市出身)は20年前、日本で東西比較文化を学んだ時に考えた。
「伝道思想を持つキリスト教文化と、そうではない中華文化の違いがある。二胡を“革命”しない限り未来はない」。以来、2本の弦を弓で弾く二胡で、西洋楽器と融合可能な音色を生み出す演奏法を模索した。
幾度かの試みを経て、今年はベルリン・フィルハーモニー管弦楽団から誘いを受けるまでになり、同楽団の弦楽五重奏団との共演が、ドイツと日本国内4か所で実現した。二胡と西洋楽器によるチャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレ」は、東西融合の音色だった。
「今後は二胡と西洋楽器との共演で、アジアの文化を世界に伝えたい」。日本を媒介して生まれた許可さんの願いは、21世紀の音楽のあり方を示しているかもしれない。

 この話題に付いてさらに知るには、「彼は二胡という、洋楽から見ればまったくローカルな民族楽器によって、世界に躍り出たと」語る下記が参考になる:
06 二胡は何故インターナショナルになったか~許可」(安芸光男)

 三枚目は、ヘルベルト・フォン・ カラヤン指揮の『ブランデンブルク協奏曲全曲』(ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 録音:1964年8月 サンモリッツ、サル・ヴィクトリア)である。
 ジャズのCDも物色したのだが、目移りしてしまって選びきれず、やはりここはクラシックだろうと、クラシックの棚を眺めていたら、手にしたのは好きなバッハのCDだったのである。
「ブランデンブルク協奏曲」を通して聴くのは久しぶりだろうと思う。

 寝入る前には、久しぶりに我がサンバエスコーラ・リベルダージ(G.R.E.S.LIBERDADE)の『愛唱歌集』を流した(素敵な曲が一杯! スタジオで練習した曲も入っている)。

 懐かしい場面がいろいろ思い出されてくる…。
 02年の秋にチームに加入させてもらって、スタジオでの楽器の練習に参加したことなど特に記憶に鮮やかである。
 その年にバテリア(打楽器隊)のリーダーとなった方のもと、小生なりに楽器の練習に励んだ…それこそ、タクシーの営業の時にも、待機時などの空車の際にハンドルを楽器に見立ててダンダントントンダダダダなんてやっていたっけ。
 そのリーダーの方が今年度で他の方に役目を引き継がれ、一団員として活動されるのだとか。
 ご苦労さまでした、と、はるか山の彼方からメッセージを送っておく。

                           (08/10/13夜に記す)

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