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2008/10/11

キャベツの収穫を夢見つつ…読書・音楽拾遺(後篇)

[本稿は、それぞれの主題が違いすぎるし、蒟蒻畑問題を際立たせるため、「消えゆく蒟蒻畑を惜しみつつ」から独立させた。よって、本稿は、「花時計を横目に読書・音楽拾遺(前篇)」の続篇ということになる。]

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→ 8日に畑を整地し、過日の白菜に引き続き、9日、今度はキャベツ(の苗)を5つ、植えた。左は白菜の列。右はキャベツの列。かなり時期はずれだが、まあ、今年は農作業については勉強の年なのさ。(以上、08/10/09記)

10月6日の記録

 今にも雨の降りそうな空。いかにも北陸特有の曇天。
 でも、夕方までは雨は降らない、と願いつつ、自転車を駆って図書館へ。
 通り道、某公園に花時計のあることに気づいた。
 曇り空だけど、携帯電話のカメラでパチリ。
 その画像が冒頭の写真である。


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← ガストン・バシュラール/著『水と夢 物質的想像力試論』(及川馥/訳 叢書・ウニベルシタス 898  法政大学出版局)

 新刊コーナー(!)に本ガストン・バシュラール/著の『水と夢 物質的想像力試論』(及川馥/訳 叢書・ウニベルシタス 898  法政大学出版局)が。
 新装版のようだ。
 若い頃、手に取ったはずだが、三十年の歳月を経て、今、読み返したらどんな感想を抱くか楽しみである。
(バシュラールについては、拙稿「バシュラール…物質的想像力の魔」を参照してね。)

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→ 保阪正康/半藤一利著『「昭和」を点検する』(講談社現代新書)

 新刊コーナーで、寝床で読める軽い本を物色。軽いって、中味が安直という意味ではなく、寝床で仰向けになって読むのに相応しい、重くない本という意味。
「なぜ、あの無謀な戦争に突入したのか?5つのキーワードがあぶり出す日本人の弱点。昭和史研究の第一人者が、いまの時代にどうしても語っておきたかったことを凝縮した珠玉の対論」ということで、対談なので、就寝前に気軽に読めるのは助かる。
 あの無謀な戦争に突っ込んでいってしまった、その謎は今も議論が尽きない。

 未だ読み止しなのだが(8日現在)、さすがに昭和史研究の第一人者らの対論で、いろんな事実を知ることができる。
 機会があったら感想文など書きたい。

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← 横山泰子著『江戸歌舞伎の怪談と化け物』(講談社選書メチエ)

 横山泰子著『江戸歌舞伎の怪談と化け物』(講談社選書メチエ)も併せて借りた。
 保阪正康/半藤一利著『「昭和」を点検する』は新書版だし、対談モノなので読了は早いはず。
 なので何か寝床で読める本ということで、選書版なら気が楽。
「化け猫・妖狐・怨霊・妖怪――怖いけれど面白い娯楽の王様。宙乗り・水くぐり・早替りとさまざまな仕掛けを駆使して観客を恐怖と陶酔に誘う江戸歌舞伎大スペクタクルショーへの招待」ということで、江戸時代の文化には興味があるし、借りることに。
 これも新刊本コーナーにあった。
 なんだかラッキー。

→ アルビノーニ『協奏曲集 作品7』(クラウディオ・シモーネ(指揮) ) …画像(当該CDのサイト)が見つからなかった。

 CDも借りたい。
 何か協奏曲を聴きたくて物色しているうちに、アルビノーニの名が目に。
 借りたのは、アルビノーニ『協奏曲集 作品7』(クラウディオ・シモーネ(指揮) )である。
 もう、何回、聴いたか分からない。部屋にいる間は架けっ放しである。
 94年の失業時代、図書館(とプール)通いをしていて、本の世界もだが、音楽の世界も関心を抱く領域がかなり広がったと思う。
 アルビノーニを好んで聴くようになったのも、当時、時間だけはあったからである。

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→ 中山美穂『ドラマティック・ソングス』 (画像は、「Yahoo!オークション」より。)

 日中から夜にかけては、アルビノーニだったりモーツァルトだったりでいいんだけど、就寝前のひと時は、ポピュラーソングで。三十代の後半頃、美穂さん、好きだった(今もだが)!
 今は、パソコン上の「YouTube」で折々聴いているが、まとまった形で聴きたくなったの。

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← 岡本知高『旅立ちの日に(限定盤)』(ユニバーサル ミュージック )

 過日、ソプラニスタ岡本知高が気に入ったと書いた。
 文庫本一冊、買う余裕もないので図書館で探してみた。
 できれば、アヴェ・マリアが入っているCDを借りたい。
 すると、『旅立ちの日に(限定盤)』(ユニバーサル ミュージック )を発見。
 ちゃんと、アヴェ・マリアが入っている。
(「YouTube - アベ・マリア マリア・カラス」は、さすが! 「YouTube - Ave Maria -Sarah Brightman-」は、美しい!)

 6日は、ちょっと時間があったので、城址公園脇の美術館か博物館へ足を運ぼうかと思ったが、駅前のビルにあるという比較的新しい図書館(分館)の様子を見たくて、駅前の図書館へ。

 一階は化粧品など女性用のショップやインフォメーションのカウンターなどがある。入口のフロアー(エントランス)には、ガードマンがいる。
 が、フロアーの端っこの縁石に腰掛けて、グターとしている。
 休憩中?
 でも、目は入口からの不審者などを見張っているかのような、鋭い…というか目つきが悪い。
 小生も一瞬、睨まれた!
 怖い!

 4階の図書館(テナントを借りた形での図書館コーナー)へ。
 さすが中は市立図書館の本館よりは新しいし明るい。
 本も開架しかない(ような気がする)。本の数も少ない。でも、図書館へ足を運ぶのは、子供連れのお母さんやお年寄りが多い。
 でも、週日の日中だから当然か。

 驚いたのは、夜の九時まで営業しているということ。
 おお、これは便利!

 もうバシュラールなど三冊も借りているので、この上、借りるつもりはなかった。
 書架を見て回る。手には本館で借りてきた本やCDの入った袋を抱えて。

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→ リチャード・ドーキンス著『神は妄想である―宗教との決別(THE GOD DELUSION)』(垂水 雄二【訳】 早川書房)

 見ているうちにあれこれ気になる本が目に付く。
 …でとうとう、リチャード・ドーキンス著の『神は妄想である―宗教との決別』を手に。
 ドーキンスの本はこれまで『利己的な遺伝子』を始めとして数冊、読んできた。

神は妄想である 紀伊國屋書店BookWeb」での本書の詳細によると:

人はなぜ神という、ありそうもないものを信じるのか?物事は、宗教が絡むとフリーパスになることがままあるが、なぜ宗教だけが特別扱いをされるのか?「私は無神論者である」と公言することがはばかられる、たとえば現在のアメリカ社会のあり方は、おかしくはないのか…『利己的な遺伝子』の著者で、科学啓蒙にも精力的に携わっている著者は、かねてから宗教への違和感を公言していたが、9・11の「テロ」の悲劇をきっかけに、このテーマについて1冊本を書かずにはいられなくなった。
「もう宗教はいいじゃないか」と。
著者は科学者の立場から、あくまで論理的に考察を重ねながら、神を信仰することについてあらゆる方向から鋭い批判を加えていく。
宗教が社会へ及ぼす実害のあることを訴えるために。
神の存在という「仮説」を粉砕するために。

 彼の主張はそれなりに知っているつもり。
『虹の解体』という本の題名が象徴するようなもので、恐らくは本書は彼の従前の主張を徹底するものだろうと推測される。
(『虹の解体』を巡るネット上の遣り取りを記録した拙稿:「『虹の解体』と人の心と」など参照のこと。)

 未だ前に借りている本を読み終えないうちに、昨夜、前書きだけ、読み始めてしまった。
 本書はどうやら、著者の「9・11事件」への、あれは宗教の名の下の蛮行だという怒りに端を発しての著作のようだ。
 筆者のパッションが文面を通して熱く感じられる(未だ、百頁も読んでいないんだけど)。

                           (08/10/08 作)

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