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2008/09/30

土を喰う…白菜の苗を植えた

 一昨日(26日)で帰郷して半年が経過。
 少しは富山の生活に馴染んだ…と思いたいのだが。
 残念ながら根付くようになるには、まだ数年の歳月を要するだろうと感じる。
 やはり、郷里を離れていた36年という年月は、小さくはない。

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→ 本稿は写真も含め28日のもの。但し、この彼岸花の写真は29日に図書館の帰りに富山城近くの川縁(かわべり)で撮った。今年は花屋さん以外では彼岸花を見てないなーと思っていたら、思わぬところで愛でることができた。彼岸花を小道具にした掌編を書いたことがある:「闇に浮ぶ赤い花」 「彼岸花…闇に浮ぶ赤い花」の文末に彼岸花を題材の拙文をリストアップしてある。
 
 なんだか、浦島太郎の心境。
 といっても、浦島太郎がどんな心境だったのか、小生が知るはずもないが。

 郷里に居るのに郷里の人間ではないような、浮いている感覚を日々味わっている。
 郷里の人間なら当たり前のこと、言わずもがなの諸々が自分には分かっていない。
 そもそも何をどう分かればいいのかさえ、まるで見当が付かないのである。
 だから、努力の方向が見えない。
 砂を噛むような味気ない日々。

 徒労の感の沸きいずるのを敢えて目を背けるようにして、日々、淡々とやるべきことをやっていく。
 何をどうすればいいのか分からないのだ。
 …あれこれ思うことはあるけれど、不毛なばかりなので、これ以上、書くのはやめておく。

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← 作業を終え、家に入ろうとしたら、浴室の軒下にカマキリを発見。先月だったか先々月に見かけたカマキリの小ささを思うと、随分、大きくなっていると感じた。
 
 春三月、父が入手し畑に植えたナスやキュウリやトウガラシなどは、肥料のやり方など分からず、試行錯誤しつつも、それなりの…というより想像よりずっと多くの収穫に恵まれた。
 食べ切れなくて隣近所に収穫の半分以上は提供してきた。

 トウガラシは何ゆえ畑に植えてあるのか、辛いものは口にしない父の意図が分からない。
 真っ赤になったトウガラシを摘み取ってはみたものの、笊(ざる)に入れっぱなし。

 そうそう、知人にネギの苗を貰ったので、時期的に遅かったけれど、植えておいたら、これまた立派に育ってくれて、我が家には過分な量なので、貰ってくれる人が居たら、とにかく貰ってもらう。
 自分でも採ってきて、味噌汁や炒め物、丼物などにドンドン入れる。

 困ったのはカボチャ。どれだけ凄く蔓が生え伸びるか知らないものだから、畑の真ん中近辺の列の端っこに植えたら、育つは育つはで、放っておくと畑の大半を占領する勢い。
 それでいて、肥料を途中でやらなかったせいもあるのか、肝心のカボチャが生らない。

 季節はもう秋の気配が濃厚。
 一昨日からは長袖のシャツを着用するようになった。
 畑(庭)仕事のあとに、埃っぽい汗を流すため、それまでは水のシャワーが心地よかったのが、とうとう、これまた一昨日からは温水のシャワーに切り替えた。
 さすがに水シャワーだと寒いし、水が冷たいのだ。

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過日、自転車を駆って知人の仕事先に足を運んだら、倉庫の一角に子猫たちが。寄り集まって暖を取っている。五月頃だったかに見かけた時は、生まれたばっかりだったのだが、もうこんなに育ってる。ほとんど母猫と同じ大きさかな。

 そう、季節は秋間近。
 畑で蒔いたり植えたりしたかったのだけれど、何をどうやればいいのか分からず、迷ったり躊躇ったり不精を決め込んでいたりしている間に、秋植えの、晩秋に収穫の期待のできる野菜の準備が間に合わなくなった。
 ホウレン草やキャベツや白菜、ブロッコリーなどなど。
 スーパーの店頭に花屋さんが店を出していて、そこは花だけじゃなく野菜のタネや苗も売っている。
 店員さんに聞いたら、白菜もホウレン草もまだ何とか間に合うという。
 なので、とりあえず、今日の午前、小さなプラスチック(ビニール)容器に入った白菜の苗を四つ購入してきた。
 昼ごはんの片付けを済ませ、早速、畑へ。
 なんだか、いそいそって感じがある。
 ワクワクというべきか。

 まるで今から子作り…じゃない、子育てにでも精を出すような気分である。

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← これが母猫。子猫たちと体の大きさは変わらない。妊娠していたので捨てられたらしい。まだ大人になりきれていないうちの妊娠。その雌猫が知人の家に迷い込んできたのだとか。やってきて一ヶ月か二ヶ月で六匹の子猫たちを出産。

 ノウハウは小生、全く知らない。
 父母は家に篭りっきり。
 近所の畑を覗き込みつつ、全くの勘で作業している。
 キュウリはもう収穫が見込めないので全て根っ子から引っこ抜いた。
 ナスも収穫が見込める一本だけ残して、あとはやはり根っ子から引っこ抜く。
 トウガラシとネギとカボチャと一本のナスだけ、残っている。

 ナスを引っこ抜いたあとを、鍬(くわ)で土を起こして、肥料を蒔く。
 といっても、納屋からこれが肥料じゃないかなというものを撒いただけ。
 納屋には肥料らしきものが二種類ある。どれがどういう用途の肥料なのか分からないのだ。

 まあ、いい。今年一年は試行錯誤・暗中模索に終始すると覚悟しているのだ。
 庭の草花だって、大失敗している。五月だったか、畑や庭の雑草を懸命に毟ったり引っこ抜いたりしていたが、勢い余って蓮(ハス)も菊(キク)も何かの花までも(といっても、未だ花は開花していなかった!)片っ端から毟り取ってしまったのである。
 何が花で何が雑草なのか、花が咲いていない状態では小生には区別が付かなかったのだ(今も)。

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→ 漬物用の黄色っぽい白菜の苗二つと、料理用の白菜の苗二つを植えた。ビニールのシートで覆う。端っこには重石。白菜…虫に食われちゃうかな。

 ということで、畑の野菜も庭の花も少なくとも一年は勉強と覚悟を決めている。
 心配なのは勉強が一年で済むかどうかということ。
 失敗の挙句、畑に野菜が育たなくなったらどうしよう!

 さて、鍬でならした畑の列(筋)に買って来た白菜の苗を植える。
 掘り起こした土に手で穴を掘って、そこへ白菜の苗を埋めるようにして植える(埋める)。
 春の失敗に懲り、白菜を植えた上にビニールのシートを被せる(といっても、ゴミを捨てるためのポリ袋を切り裂いたシートだが)。
 要は、白菜の周辺に雑草が出来るだけ生えないようにという工夫である(多分)。
 被せたビニールが風で飛ばないよう、近くにあった適当な石を重石(おもし)代わりに載せる。

 十月になったら、チューリップ(の球根)を植えるつもり。
 他にも来年の春に咲くことの期待できる花(のタネ)も蒔きたい。

 水上勉じゃないけれど、土を喰らう日々を送るのも悪くない。
 ジャガイモもいいな。サトイモもいい。タマネギも忘れちゃいけない。
 キュウリにナスにカボチャに冬瓜にプチトマトに、できればカキやクリの木も育ててみたい。
 肉類や卵や、洒落た野菜や果物は買って来るしかないとしても、かなりのものが畑で採れるような気がする。
 そう、土を喰らうのだ。

 そうして少しは郷里に馴染めていく…のであってほしい。

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← 上掲の写真、白菜の苗が四つ。これじゃ寂しいので、二日後、さらに四つを追加で八つに。四日には、ナスの最後も引っこ抜き、さらにカボチャも実を収穫の上、根っ子から引っこ抜いた。(08/10/05 追記)

野菜作り関連の拙稿:
ナスの漬物に挑戦 ? !
田中良平…枝葉の先にも命あり
一人ぼっちの墓参り
アオガエルは瞑想を誘うけれど

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コメント

私も郷里を離れて27年経ちます。来年、帰ることになる…かもしれないのですが到底、馴染めない気がします。やいっちさんは少しずつ富山の生活に馴染んでいらっしゃるように思えます。畑があって羨ましいです。富山で採れた野菜を喰らっているうちに、自然とやいっちさん自身が富山となってゆかれることでしょう。そんな生活がしたいですねぇ。
うちの庭にも母猫が5匹の子猫を連れて来て運動場にしています。夕方はねぐらがあるようで戻ってゆき、朝うちの軒下の箱の中で眠っています。
かまきりはこの写真で見る限り、というかもう、かまきりはお産の時期でしょう。お腹が大きいですよねcoldsweats01

投稿: ピッピ | 2008/09/30 23:37

ピッピさん

27年ぶりの帰郷かもしれない。
その間、多少なりとも帰省されたのでしょうか。
故郷の方たちと顔を会わせる機会はそれなりのあったのでしょうか。
…とはいっても、多少、一時的に帰省しても、腰掛にしかならないですね。
腰をすえて暮らさない限り、お客さん扱いだったりするし。

悲しいかな小生はなじめていない。近所に雑談する知り合いの一人さえ、作れていない始末。
家族とも…。
だから、とりあえずはできることをやっているのかもしれない。


畑や庭ではカマキリやバッタ、コオロギなどなど。クモも蜘蛛の巣を張って、餌の獲得に必死。
もうすぐ秋、そして冬が待っているってことなのでしょう。

夏が終わると、一気に冬って気がしませんか?

投稿: やいっち | 2008/10/01 09:07

そうですか。語らう相手を見つけることは難儀ですね。生まれ故郷には何年かに一度、帰省していました。それと母親が毎年、春と秋に来ていました。今は其々、高齢になり父は何度か死に損なっているので、心細くなっているんでしょう。自分たちの面倒を見てほしいということのようです。帰省と永住とでは全く違うのでどうなるのか、逃げだしたいような心境です。
今年は突然夏が終わって晩秋のような、富山だとそうか!冬ですね。季節に追い立てられている気がします。

投稿: ピッピ | 2008/10/01 23:37

ピッピさん

帰郷の事情は、(我が家の場合は母だけど)同じようなものですね。
ただ我が家の場合は(呼び戻したはずなのに)歓迎しているとは思えないけど。
とにかく家事手伝いとバイトで頑張ってます。
(読書や音楽鑑賞のような何処でもできる楽しみ以外に)少しずつでも地元に楽しみを見つけたいって思ってるし。

で、今、気がついたんだけど、カマキリさん、単に図体が大きいんじゃなくて、お腹が大きかったんですね。
小生と同じだ…って、違うか!

庭のクモとかも、子育てに向け、蜘蛛の巣が張り巡らされて、きっと懸命なんだろうなー。

投稿: やいっち | 2008/10/02 09:07

弥一さん、お久しぶり、iphoneをかいました。
僕は帰るべき田舎もない、都会で50つぼの家にひとりぐらし、きんじょの人はどう思っているか。
さて、 別の記事であげられていた川村清雄、目黒区美術館で
展覧会がありましたが、お客がこないと
美術館はなげいていましたね。
この機械に慣れたら、もっと書き込みしますね。

投稿: Oki | 2008/10/06 10:57

Okiさん

ひさしぶり!

折々覗いてましたが、iphoneで復帰ですね。
キーボードが付いていたら、小生もほしくなる。
慣れれば、キーボードなしでも入力が楽になるなら、現状のままでもいいけど。

50坪の家に(一軒家?)に一人暮らし。
団地のワンルームでの一人暮らしは経験あるけど、ちょっと想像付かない。現実味はあるけど。

ウチは会話がないので、まるで一人暮らしみたいに沈黙の日々。父母の間では会話があるけど。
なんだか、世話するためだけに暮らしているみたい。

故郷がない…。東京の地元自体が故郷だという感覚はないのかな。これも小生には想像が付かないことだけど。

>川村清雄、目黒区美術館で展覧会

客が来ないと歎いていたって、川村清雄の知名度の低さのゆえ? それとも美術館自体への来訪が少なくなっているってこと?

小生のブログに広報力があれば、少しでも役に立てたらなって思うけど…ね。

投稿: やいっち | 2008/10/06 11:37

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