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2008/09/27

読書・音楽拾遺…モーツァルトとシンクロもエンヤない?

 富山に帰郷して今日(26日)で丁度、半年となる。
 帰郷のドタバタの一端は、例えば、「テラ・アマータ」にメモしている。

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← Enya / エンヤ『A DAY WITHOUT RAIN / ア・デイ・ウィズアウト・レイン

 その中で、ちょっと殊勝にも以下のように書いている:

 このような人間なのだけど、我が地を愛そうと思う。
 誰も自分を愛することはなく、我が愛すべき土地さえも自分に対して無関心であり続けるのだとしても、縋りつくように、しがみ付くように、この地に生きる。

 郷里に半年住んで、少しでもそのようでありえたかというと、なかなかうまくはいかないというのが正直なところだろう。
 それでも自分で自分を叱咤して、郷里の地に馴染もうとしているけれど、道半ばどころか、緒にさえ着いていないと痛感するばかり。
 あれこれ書くと切りがないが、とにかく楽しみを見出せていない。語り合う友(パートナー)もいないのが大きい。
 この辺り、自分の人間性も関係するところなので、自業自得なのかなと、やや諦めの心境でもある。

 殺伐、茫漠といった言葉が自分の心から浮かんでくる言葉なのだ。
 

 そんな中、読書と音楽だけは土地を選ばぬささやかな楽しみである。

 図書館の工事も終わった八月上旬からは富山での図書館通いを始めることができ、既に本を十冊、CDも毎週二枚か三枚、借りては返却を繰返している。
 CDは(なぜか主にモーツァルト)部屋で架けっ放しである。
 音楽に対し失礼なのかもしれないが、空虚な心を音で埋めようとしているようでもある。
 いろんな歌手のCDも借りたいのだが(実際、何枚かは借りたが)、日本の歌手だと歌詞がつい耳に入るので困る。
 困るというのは、自由になる時間が少ないだけに、そんな中から読書の時間を作り出しているわけで、なかなか音楽だけに聴き入るような時間は持てない。
 なので、クラシックやハープ、胡弓などのCDを流しておいて、音楽のゆるやかな流れの中で読書を楽しむというのが、スタイルになっているのだ。

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→ スティーヴン・ストロガッツ著『SYNC(シンク)』(長尾 力訳  蔵本 由紀監修 早川書房) 余談だが、本書を借りてからなぜか「シンク」に無縁でない仕事が重なった。これも、シンクロ現象なのだろうか?

 さて、今月下旬の読書・音楽拾遺をメモしておく。

 9月15日は、鶴岡真弓の『装飾の神話学』などを返却し、スティーヴン・ストロガッツ著『SYNC(シンク)』(長尾 力訳  蔵本 由紀監修 早川書房)を借りてきて一週間ほどで読了。
「無数のホタルがシンクロして光るのも、ポケモンを観ていて子供たちが発作を起こしたのも、「SYNC(=同期)」のせい。このSYNCをめぐる驚くべき科学上の成果を、非線形科学の第一人者が絶妙な比喩を駆使して物語る」といった本だが、ともするとトンでも本になりがちな話題だが、実に豊かな内容で、想像力を刺激してくれる本だった。
 思考や記憶なども脳の各部の多数の神経細胞のシンクロでという話と宇宙の話とが自分の中でシンクロして瞑想を誘う本で、収穫だった。

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←  モーツァルト作曲 『オーボエ協奏曲/クラリネット協奏曲/ファゴット協奏曲』(ユニバーサル ミュージック クラシック )

 同時にCDを二枚。一枚は、『クリスタリーナ・グラス・ハープ/高橋美智子』(CBS・ソニー 1987-09-21発売)で、とにかくハープの音色を聴きたくて棚を物色したが、富山の図書館にはなぜかハープのCDが少ない。
 過日の松岡みやびの『クリスタル・ハープ』(オーマガトキ)もやっと見つけたものだったが、まあ見つかってよかった。
 もう一枚は、フルートかクラリネットの演奏を聴きたくて、物色した挙句、 モーツァルト作曲の『オーボエ協奏曲/クラリネット協奏曲/ファゴット協奏曲』(ユニバーサル ミュージック クラシック )が見つかったので、ゲット。指揮は、カール・ベーム。
 カール・ベームは懐かしい。学生時代など友人宅で何度となく彼の指揮のベートーベンなどを聴いたものだった。

 9月22日は、ある書評サイトで立川昭二著の『生と死の美術館』(岩波書店)が採り上げられていて、小生は立川昭二の本とは学生時代からの付き合いでもあり、本書を借りるつもりでいた。
 ところが、借りていた本を返却しようと思ってカウンターへ向ったら、その途中に文庫本の開架の書架があり、別にジッと見たわけじゃないのだが、何かの本(の題名)のオーラがこちらに及んできているのを感じた。
 で、とりあえず本を返却して、その書架へ。

 どうやら哲学関係の本のどれかが小生の足を止めたようなのだが、どの本なのか分からない。
 あるいは、考古学か古代史の本かもしれない。

 結局、手にしたのは、懐かしや、和辻哲郎の本で『自叙伝の試み』(中公文庫)とエルンスト・ユンガー著の『砂時計の書』(今村孝訳 講談社学術文庫)など。

 若い頃にしろ、和辻哲郎の本に読み浸ったわけではないが、それでも、教科書に彼の『風土』からの一文が載っていて魅せられ、わざわざ岩波書店の単行本で『風土』を買い、面白くて一気に読んだという思い出がある。
 やや思弁性が立ち優っているようにも感じたが、亀井勝一郎とか小林秀雄とかの書の持て囃された時期があって、仏像を前にしての思弁(若い自分には哲学風な自慰に思えた)の書よりは『風土』まだ好印象が残っている。
 今、読み返したら、さて、どういった感想を持つことやら。

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→ 本間 誠二【監修】『機械式時計 解体新書―歴史をひもとき機構を識る』(大泉書店 ) 「本書は、数千年にわたる時計の歴史や、時計機械の基本的な構造および複雑機構のしくみを細密に図解したものです。駆動力については現代技術の粋を集めたものまで採録しました」といった本。監修の本間 誠二は「時計師。ホンマ・ウォッチ・ラボラトリー代表。昭和24~34年という黄金期の第二精工舎(現SII)で技術を磨いた。専門学校「ヒコ・みづのジュエリーカレッジ」で2年間講師を務め、現在は時計の修理・時計師の育成・アンティークウォッチの鑑定などを行なう」とか。車でのアルバイトの最中、NHKラジオで同氏の話を断片的ながら聴くことができたのは幸いだった。

 最初は多少の期待を以て読み出した和辻哲郎の『自叙伝の試み』だが、やはり一般論が目立つ。自叙伝なのだから、もっと我が身に即した話をと思うのだが、必要以上に余分な説明があり、自叙になかなかなってくれない。
 多分、今となっては和辻哲郎の専門家以外には読まれないのではなかろうか。
 へそ曲がりな小生はそれでもこの大部な、冗長に感じられる本をせっかくなので最後まで読むつもりだが。

 二冊目のエルンスト・ユンガー著の『砂時計の書』は、そろそろ初秋となり、落ち着いた読書に相応しい本をということで、選んだ。
 情けないが昔(といっても、十年も経過していないはずだが)、読んだことがあるような気がしないでもないが、記憶に定かではない。

 まあ、再読だって構わない。
 砂時計という物象がなぜか好きなのだ。無論、実物も好き。
(余談だが、この本を借り出したことが、腕時計を買う、目に見えない動機になっているのではと憶測したりする。あるいは、NHKラジオの時計師の話(「時計修理の50年(1)(2) 時計師 本間誠二」)が時計へ触手を出す底流にあるのか。衝動買いのようでいて、案外、時分でも自覚していない何かのパワーが小生の重い腰を突き動かしたってことも? エルンスト・ユンガーについては、例えば「プロフィール」など参照。まだ本書は手付かずなので、そのうち、感想文を書くかもしれない。あるいは砂時計の話とかをメモするとか。時間に追われるのは嫌だが、時間について時計に付いて瞑想するのは不思議と愉しい。)

 …なので、立川昭二の本を借りるのは後日ということに相成った次第である。

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← 『モーツァルト:クラリネット協奏曲/フルート協奏曲第2番

 9月22日に借りたCDは、3枚。
 一枚は、もう何十回と聴いたモーツァルト作曲の『オーボエ協奏曲/クラリネット協奏曲/ファゴット協奏曲』(ユニバーサル ミュージック クラシック )を再度。
 ハープのCDがなく、それではと、モーツァルトをもう一枚。『モーツァルト:クラリネット協奏曲/フルート協奏曲第2番』を借りた。
 9月22日に借りた残りの一枚は、選択に迷った挙句、定番(?)のEnya / エンヤの『A DAY WITHOUT RAIN / ア・デイ・ウィズアウト・レイン』と相成った。
 このCDは東京在住時代、何回、借り出したか知れない。ましてエンヤのCDとなると。
 深い森の静けさ? はるかな草原の呼び声? 深海の瞑想? 太古の思い出?
 とにかく聞き心地がいい。


 余談…。本稿は、昨日の記事「腕時計を買いました」と微妙につながっている…。
 この記事のコメント欄を参照のこと。

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コメント

ごぶさたしています。
図書館は工事が終わって中が変わったのでしょうか。郷土博物館は、きょう数年ぶりにいったら展示が新しくなっていました。
追伸;日記をブログ形式のものも並行して書き始めました。今気づいたら、私のものもココログでした。

投稿: かぐら川 | 2008/09/28 00:19

かぐら川さん

今、ブログにお邪魔して、びっくり。
すっかり模様替えですね。

たまに覗いて、コメントやTBしたくなっても、ダメなので、もどかしかったけど、これからは訪問も楽しくなります。
ココログ同士、交流も深まればいいですね。

図書館、工事前の状況が分からないので比較はできないのですが、あくまでアスベストの除去のみの工事だったようで、中は(多分)従来のまま、特に綺麗になっているということはなかったような(正確な比較はできませんが)。

投稿: やいっち | 2008/09/28 02:47

弥一さま、拙ブログ訪問ありがとうございました。
犀星については、「馬込」のことなど教えていただきたいことがあります。あらためて。

投稿: かぐら川 | 2008/09/28 10:32

かぐら川さん

再度の来訪、ありがとう!


>犀星については、「馬込」のことなど教えていただきたいことがあります。

犀星が馬込文士村の一人だってことは書いたことがあるけど、結局、馬込の近くに居住している間には、犀星ゆかりの地を訪ねることもなく、東京を去ってしまいました:
http://atky.exblog.jp/2925546/


せめて、犀星の『性に目覚める頃』や賢治の『銀河鉄道の夜』などを読み返すくらいのことはしてみたいです:
http://kaguragawa2.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-9347.html

投稿: やいっち | 2008/09/28 21:45

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