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2008/09/26

腕時計を買いました

 東京では町中の到るところに時計があるのであまり使わなくなった、もう十年近く、腕時計は使っていなかった。
 逆に言うと、九年ほど前までは持っていたのだが、父が腕時計が何とかというので、たまたま買ったばかりの、腕に嵌めていたものを父にあげてしまった。

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→ 作家の田川未明さんに拝借した写真。24日の夕焼け。さりげなく富士山のシルエットが! 秋が間近に迫っている…。(田川未明さんのことは、「田川未明オフィシャルウェブサイト―mimedia」にて。)

 夕焼けって、どうしてノスタルジーの念を掻きたてるんだろう。

 もしかして、羊水の中の赤が記憶の海の底に焼きついているから?


 代わりにまた、買おうかとも思ったけれど、不況で売り上げが悪くなったこと、さらにそれほどの必要性を東京の生活では感じなかったこともあり、いいや、もう、腕時計がないほうがスッキリするし、なんてことで新規に買うのはやめたのである。

 それから一年もしないうちに、必要があり、携帯電話を購入した。
 当然ながら、時計機能もある。
 都会にあっては、街中の(銀行やら商店やら駅など、随所にある)時計で間に合うし、敢えて携帯で時間をチェックする必要に迫られることも滅多になかった。

 でも、富山じゃ、そうはいかない。
 市街地でも銀行を探すのは面倒だし、街頭に時計を表示させている場所が少ない。

 無論、自前の携帯電話で時間を確かめてるけど、折り畳みの携帯を開いて確かめるのは面倒だし、その上、この頃は特に真昼間だと液晶の画面が見えん!
 夜でも液晶の文字が読みづらい。

 まあ、老眼ってこともあるんだけど、液晶の画面の文字が老眼鏡を使わないと読めなくなっている。
 昼間は眩しさもあって、液晶画面の文字など外では判別がつかない。

 仕事で時間を観る必要に迫られる機会が多くなっているのだけど、こんな惨状では、我ながら情けない!
 それにしても、富山で時間に追われる生活が待っているとは思わなかった!

 今日(25日)、富山で初めて百円ショップへ行ったついでに、造花やらベルトやら老眼鏡、椅子用の小さな座布団などを買ったついでに、腕時計も買った。

 百円ショップへは前から行きたかったのだが、車では近いし、自転車では遠いという小生にとっては利便性の悪い場所にあり、生来の不精もあって帰郷して半年、今日になってようやく重い腰をあげ、自転車をかっ飛ばして行ったのだ。

 実を言うと、近親のものの容態…というか、近況伺いの意味もあった。
 その人の家にお邪魔し、雑談などし、猫ちゃんたちのご機嫌伺いもして、その中で近くの百円ショップに行くついで、なんて弁解したりしていた。

 普段はその方が我が家を頻繁に訪れてくれていたのだが、この頃、トンと音沙汰がなく、ちょっと心配になったのである。
 カレーを作って持ってきてくれた鍋を返却するという用事(名目)もあった。

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← 拙宅の裏庭から撮った初夏の夕景。「夕焼けの翌日は晴れ…じゃなかった!」参照。

 百円ショップのある建物へ、その方が車で案内してくれた。

 店内を暫時、歩いてみたのだが、目移りするほどの広さ。
 百円のものが大半だが、二百円のもの、それ以上のものもあり、見て回っているうち、何を買うために来たのか忘れてしまったほど。
 実際、本当の目的はさる方の近況伺いで、せっかくだから近くに百円ショップがあるから、偵察でもしようかという程度だったのだから、買物の目当てはあまり思い浮かばなかったのである。

 店内を物色して歩き回っていたら、腕時計が目に入った。
 さすがに百円じゃなく、最低でも数百円だったし、気に入ったのは千円だったけど、やっぱ、腕時計があると便利だし、必要だと思い、買うことに決めたのである。

 腕時計に関しては、殊更、雑文は書いたことがないが、七年半前、初めて腕時計などを所有した当時の思い出を綴ったものがある。
 今回は、そのエッセイをブログに公表当時の原文のままにアップさせておく。


万年筆と腕時計と入学式と

  4月も早いもので半ばとなっている。
 新入生の方々は学校に少しは慣れた頃だろうか。それとも未だ緊張の毎日が続いているのだろうか。
 小生の学校生活は既に遠い昔のことになっている。まして入学をや、である。
 車を運転していて、ふとラジオから入学に付き物なのが当時は万年筆に云々という話が聞こえてきた。残念ながら話の詳細は聞けなかったのだが、小生にはその万年筆という言葉に、つい遠い昔への追懐の念が湧いたのである。

 団塊の世代よりやや後の世代になる小生の頃も、未だ中学も高校もクラスの人数も、クラス自体も多かった。従って競争も厳しかったのだが、その中で胸を弾ませるのが、学校に入っての新しい道具の数々である。
 勉強の嫌いな小生だったが、でも真新しい教科書を貰った瞬間だけは嬉しかったものだ(すぐに見るのも嫌になったけど)。
 それにもまして嬉しかったのは、やはり高校に入学した時にプレゼントしてもらった万年筆と腕時計だった(大学に入って覚えた煙草のことは今は語らないことにしよう)。
 その前に、もっと以前、小学校の入学の時、ランドセルなどを買ってもらったはずだけど、その時、自分が嬉しいと思ったかどうかは残念ながら覚えていない。自転車を買ってもらった時は結構喜んだことは明確に覚えているけれど。

 そういえば、材質がビニールで、今、思えば玩具みたいなものだけれど、初めて自分の財布なるものを所有した時も、面映いような誇らしいような気がしたものだ。その財布は肌身放さず身に付けていたもので、ある日、自宅の和式のトイレにお尻のポケットからポロッと落としてしまったのだ。大した額が入っていたわけではないけれど、財布を失った寂しさ悔しさは今も忘れない。

 さて、万年筆と腕時計に戻ろう。
 安物の万年筆だったのか、それとも自分が不器用だったのか、すぐに筆の先を折ったり、割ったりして、不便を感じた記憶がある。でも、万年筆で白い紙に何かを書く喜びは勉強の嫌いな小生でも味わうことが出来た。
 青いインクが白い紙の上に、ちょっと下手な字ではあったけれど、何かを描いていく。そこには新鮮な感動と驚きがあったものだ。なんといってもインクの匂いが感じられるようだったし、時には紙にインクが滲んだりして、困ったこともあったけれど、それがまた今、思えば人間味があったのだといえようか。
 そういえば、万年筆が普及すると同時くらいに、ボールペンなる邪道なものが横行するようになった。最初はあくまで目先の利便性で使うだけだと言い聞かせていたのに、気が付くと使うのはシャープペンシルかボールペンになっているのだった。

 そして腕時計。 
 ちょっと腕を振ると袖口から腕時計が見えたりして、その金属とガラスの両者の持つ独特の輝きは、未だ腕時計が贅沢に近かった時代には誇りの象徴でもあったのだ。
 確か、最初の腕時計のリストは革製品だったと覚えている。だからその革には汗が染み込むし、やがてはリストに刷り込まれた垢や汗や汚れが腕に逆に滲んだりして、不快だったりしたのも懐かしい思い出だ。
 その不快が絶え難くて、次からはリスト部分は金属のものを選択するようにした。

 そして今、私は万年筆も腕時計も使っていない(ついでながら煙草も社会人になったのを機会に止めている)。
 万年筆は近年、アナログ的製品に人気が集まっているとかで、ちょっとした流行のようだ。小生も、昔を思い出して改めて買おうか、迷っている。なんといっても、今は筆に変わるものはボールペンどころかワープロであり、パソコンなのである。必要な時は、メモ書きにボールペンなどを使う折もあるけれど、ペンの類いはほとんど日常では使わない。

 でもやはり、そうしたデジタル社会だからこそ、紙にペンで一文字一文字刻み込む、あの感覚は大切だし貴重なのではないかと感じているのである。
 腕時計だって腕から外して1年以上になる。別に最近の若者のように、携帯電話に表示される時間で間に合わせているというわけではない。必要な時は街中の何処かの時計を見れば済むのだ。それでなくとも時間に追われる生活にうんざりしている毎日なのだから。

 さて、時代は変わっていく。これから先、どのような文具が現れては消えていくのだろう。その中で自分はどのような文具を愛着していくのだろうか。

 今更自分に入学式など縁はないけれど、これからも改めて何かに挑戦してく際には自分への褒美と励ましの意味を込めて、じっくり手や体に馴染む何か新しい道具を買ってやろうと思うのである。

                     (01/04/20頃メルマガにて公表)

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コメント

車の生活をしているとまた要らなくなりますね。やはりしている人は少なくなったので、今でも腕時計の有名会社が存続しているのが不思議です。セイコーでもまだ本業から撤退して居ないようですから。誰もが高級装飾時計を買える訳でも無い。

そのためか今後は教会の鐘の音が嘗て以上に生活の目安となって来そうです。

仕事にもよるでしょうが、時計が必要なのはやはり忙しい証拠ですね。

投稿: pfaelzerwein | 2008/09/26 14:10

pfaelzerwein さん

車のある生活。
東京では小生は車は持っていなかったのですが、タクシーの時計が便利でしたね。
でも、東京では到るところに時計があるので(例えば、本文には書き忘れたけど、コンビニの時計が便利だった)、自転車通勤の際も、いろんなところで必要がある際は利用させてもらった。

富山では、なかなかそうはいかない。

車でのアルバイトは、車が古いので時計の文字盤が見えづらいってことがあるのですが、自宅でも、食事の時間、買物の時間、洗濯・雑用と確かに時間に追われる生活を送っています。

でも、pfaelzerwein さんにコメントを貰って、そもそも一体、どんなときに一番、腕時計が必要なのか、思い起こしてみたら、そうだ、畑(庭)仕事の際だと気づきました。
春先から夏場にかけて、雨の日を除いてはほぼ毎日、畑や庭仕事(主に草むしりと剪定)をやってきましたが、困るのは時間が分からないこと。
携帯を持参して作業していたけど、真昼間に仕事するので文字が見えづらい。
で、時間が気になるので、家の居間の窓際まで行って時間を確かめていたものでした。
時間に追われていて、今の時間を知らないと、作業をどの段階で切り上げるか、判断が出来ないのです。

それはそれとして、腕時計を買うもっと他の理由があることに、少しばかり思い当たる節があります。
多分、次のブログ(日記)ではその辺りのことも含め、書くことになると思います。

投稿: やいっち | 2008/09/26 16:02

写真、使ってくださって有難うございます。きっとこれからはこの写真を見るたびに、「羊水の中の赤が記憶の海の底に焼きついているから」という、やいっちさんの名言を思い出すことでしょう。なんだか得した気分です。ふふふ。
でも都会では必要なかった腕時計が必要になった、って面白いですね。あたしは逆に東京を離れてから腕時計をしないようになりましたが、たしかに携帯以外で時間を確かめようとすると難しい。東京は色んなところにデジタルな時刻表示があったような気がします。あちらこちらから時計が迫ってきて、だから東京は時を刻むスピードが速いように感じたのかな。

「腕時計と万年筆」は懐かしいですねぇ。やっぱり入学祝いにもらって、ちょっとオトナになったような気がして嬉しかった。未だに大きな文具店とかに並んでいる万年筆を見るとつい眺めてしまいます。今は手紙を書くことも少なくなって、万年筆の使う機会もあまりないから眺めるだけで終わってしまうのだけど。それってちょっと淋しいことでもありますよね。

投稿: ミメイ | 2008/09/27 15:24

ミメイさん
コメント、ありがとう!
写真を使わせていただき、ありがとうございました。
写真に見合う文章を書きたかったけど、なかなか思い通りにはいかず、こういう形になりました。

腕時計、pfaelzerwein さんへのレスに書いたのですが、畑や庭仕事など表での作業が富山では増えたからのようです。
家事見習いのようなもので、時間に追われている生活だったりします。

万年筆、一昨年だったか、デパートへ行って、思い切って買ったのですが、箪笥の肥やし状態。
まあ、持っているだけで気分が違う…と思うけど。

投稿: やいっち | 2008/09/27 17:35

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