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2008/08/31

アメリカシロヒトリ!

[26日の昼前に書いた日記。]

今朝、母をリハビリのためデイサービスに送り出したあと、ゴミ出しに。

過日、伐採した枝葉が山のようにあって、ゴミを出すだけでも大変。一仕事。


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← 26日の夕景。近所の造成中の公園脇から。不穏な空模様が続いている。

ついでなので庭や軒下などの蜘蛛の巣などを払っていた。
庭木にも蜘蛛の巣が凄い。
竹ざおを持ち出して、蜘蛛君には悪いが、庭木の世話の際には邪魔になるので、巣を払うのは余儀ないこと。

その内、庭木の一本に不穏な気配を感じた。

目を凝らしてみると、門前にある梅の木の枝葉の色合いが茶褐色に変色している。

ああ、やられた!
アメリカシロヒトリだ!

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2008/08/30

二週間ぶりに図書館へ

富山で久しぶりの図書館」なる日記を書いたが、その時借りた本の返却の日が来た。
 返却の前日、なんとか読了。
 空模様が心配されたが、幸い雨に祟られることもなく、自転車で散歩を兼ね、街中へ。

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← 図書館の近くで見つけた噴水。夏の真っ盛りだったら、涼しげだったろうけど…。

 借りていたのは、ジョン・D・バロウ 著の『宇宙に法則はあるのか』(松浦 俊輔 訳 青土社)である。
「2004-06-24」の出版なのだが、実際には改装した本。最初に刊行されたのは、日本において宇宙論がまるでバブル経済の象徴の如く白熱していた頃で、その頃、スティーヴン・ホーキング著の『ホーキング、宇宙を語る』 (早川書房)がベストセラーになったというと、ピンと来る人も居るかもしれない。
 ということで本文が書かれたのは下手すると今から二十年ほど以前となる。

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2008/08/29

「何ゆえ浅草でサンバカーニバルが始まったのか:追記」アップ

何ゆえ浅草でサンバカーニバルが始まったのか:追記」アップしました。

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2008/08/28

浅草サンバカーニバル関連記事アップ

何ゆえ浅草でサンバカーニバルが始まったのか
30日(土)は浅草サンバカーニバルの日!
 以上、二つをアップしました。

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2008/08/27

「西牧徹の黒戯画的ユートピアとロリータ文化」アップ

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西牧徹の黒戯画的ユートピアとロリータ文化」アップしました。

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2008/08/26

風船爆弾から風船エコ発電へ

 過日、テレビで風船爆弾のことが特集されていて、折りしもオリンピック期間中だったが、ついこの悲劇の歴史的事実の場面に見入ってしまった。
「風船爆弾」とは、「太平洋戦争において日本陸軍が用いた兵器で」、「和紙で作られた気球に水素を詰め、大気高層のジェット気流に乗せてアメリカを攻撃しようとする兵器であ」った。

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→ 「風船爆弾」 (画像は、「風船爆弾 - Wikipedia」より。)

 小生がこの兵器の存在を知ったのは、多分、子供の頃、何かの漫画の本でのことではなかったか。
 その時は、そんな漫画みたいな兵器があるはずがない、現実離れしている、あっても効果などあるはずがないと小ばかにしていた。
 戦況の悪化で追い詰められていたとはいえ、「「ふ号兵器」という秘匿名称で呼ばれていた」真面目で必死な作戦を非現実的と勝手に断ずるなんて、今思うと忸怩たる思いがするばかりである。
 その後、テレビや雑誌などでも何度なく特集が組まれ、何度となく見聞きしてきた。

 戦争の負の歴史であり、細々と語られていたものが、戦争を実際に体験する人が減り、記憶が劣化する中、むしろ、こうした悲しい歴史の現実こそが語り継がれていくべきなのだろう。
 
 今日は、「風船爆弾」について若干、触れると同時に、「風船」の平和利用のアイデア(?)をメモしておく。

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2008/08/25

「08リベジ馬橋パレード画像情報」アップ

08リベジ馬橋パレード画像情報」アップしました。

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2008/08/24

幽霊の正体見たり枯れ尾花

 夏なので、定番の話題ということで、幽霊の話をちょっと。
 といっても、幽霊話については散々書いたので、(幽霊話は怖いし)今日は周辺をうろついてみるだけ。

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← 「ススキ」(尾花) (画像は、「ススキ - Wikipedia」より。)

幽霊の正体見たり枯れ尾花」という言葉…フレーズを知る人は少なからずいるのでは。
 では、このフレーズが、実は俳句であって、芭蕉の句であることを知る人は少ないのでは。
 小生も、ほんの数年前、拙稿「枯尾花」を書いた際に、あれこれ調べていて初めて知ったのだった。
 但し、複数のサイトでこの句が芭蕉の作品とされていることは確認したが、芭蕉の句集のどこに所収となっているのかなどは分からないままである。

 一説に拠ると(「落語・講談によく出ることば 話芸“きまり文句”辞典 [ゆ]で始まる語句・ことわざ」などなど)、「横井也有の「化物の正体見たり枯尾花」によるという」のだが。
「 「鶉衣」に記された也有の句のひとつ「化物の正体見たり枯尾花」は「幽霊の正体見たり枯尾花」と変化して広く知られている」というのだから、今はこの説を承っておく。
 多分、この説が正しいものと思う(断言する自信はない)。

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2008/08/23

足が重い…

[過日の日記「足が重い…」より転記。]

いつものように自転車に乗って買物へ。

足が重い。
漕ぐペダルが重い。
このところ、漕ぐペダルが重く感じてならない。
気分まで落ち込んでしまう。

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→ このところ日課になっているナス(やキュウリ)の浅漬け。日々、十本余りのナスが生(な)る。浅漬けの素や塩などで揉み込み、甕へ。

帰郷してのこの数ヶ月で十キロほど体重が減った。
ズボンのベルトの穴も二つ追加で(キリを使って)開けたが、そろそろ三つ目の追加も考えるほどに。

…もしかして、日々の草むしりのせいじゃなく、週に一度のプール通いのせいじゃなく(まだ三回目だ)、病気のせい?!

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「08馬橋パレード情報!」アップ

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← 一昨年の「馬橋パレード(坂川清流灯篭まつり)」の一幕。

08馬橋パレード情報!」アップしました。

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2008/08/21

「木版画家ジュデイオング(倩玉)」アップ

木版画家ジュデイオング(倩玉)」アップしました。

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2008/08/20

吹き溜まりの国

 今日8月20日は、「鎌倉時代の歌人・藤原定家の1241(仁治2)年の忌日」、つまり「定家忌」だという。
 小生は、藤原定家については周辺を巡るような記事しか書いていない。

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→ 過日、プールへ行ってきた。その道すがら、稲穂の海を愛でることができた。遠くには北アルプスの山々。たまたま電車が走っていた。不穏な空。案の定、夜から雨になり、翌日は雷雨に。

 例えば、「春の夜の夢の浮橋とだえして峰にわかるる横雲の空」などを採り上げた「横雲の空」であり、超新星繋がりでやや強引に藤原定家のことを訴状に載せた「土井さん、「超新星発見」から定家のこと」である。

 ここでは、看板(表題)と内容が一致しないこと甚だしい記事「侘と寂と宗教と」を再掲しておく(原文のまま。改行だけ一部変更)。
 もう、5年以上も以前に書いたもの。
 今だったらこんな内容の記事は書かないだろうなと思うと、ちょっと懐かしい。

 この記事も、内容的には藤原定家とはあまり関係がなく、話の取っ掛かりとして、定家の日記「明月記」の中の有名な言葉「世上、乱逆追討耳に満つと雖(いえど)も之(これ)を注せず、紅旗征戎(せいじゅう)吾事に非ず」を紹介している。

 旧稿を敢えて再掲したのは、実は、「移民1000万人受け入れ 国家戦略本部が提言」といったニュースが最近、一部で話題になったからである。保守派は予想通り反撥している。
 でも、日本って、元々は吹き溜まりの国、いろんな背景・事情を抱えた民族や人びとが寄り集まって成り立ち活気を持って来た国ではなかったかという認識が小生にはあるのだ。
 懸念のタネは一杯あるとしても、小生はこのヴィジョン(提言)に基本的には賛成なのである。

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2008/08/19

長谷川春草…独り居の夏になりゆく灯影かな

 今日8月19日は、俳人の長谷川春草(はせがわ しゅんそう)が生まれた日
 せっかくなので、現今にあって、彼の存在や句がどれほどのものなのか、ネットでちょっと調べてみた。
 すると、想像以上(失礼!)に彼の句が愛されていることを知った。
 
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← 作家・田川未明さんの手になるメッセージ入りフォト(田川未明さんのOfficialWeb:「mi:media」)

 長谷川春草とはいかなる人物であり俳人なのか。
 まずは、「私立PDD図書館」を参照し、簡単に紹介しておく:

1889. 8.19(明治22)
1934. 7.11(昭和 9)
◇俳人。本名は金太郎、通称は金之助。

 より詳しくは後述する。

 俳人なのである。とにかく句の数々を楽しんでもらおう。
 いずれも滋味溢れる佳句である。今も忘れられた存在でないわけだ。
 ある程度、年を重ねたほうが彼の世界に馴染みやすいかもしれない。
(リンクのURLは、句を見つけたサイトを示す。が、大概の句は複数のサイトで引用されていた。人気ぶりを示すものといえるのでは。)

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2008/08/18

「「阿弥陀鉤召図」を見つけた!」アップ

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「阿弥陀鉤召図」を見つけた!」アップしました。
「鉤召」は「こうちょう」と読むらしい(自信なし)。
「鉤召」とは、「鉤をもって衆生を引き寄せて菩提へと導く」こと(一般的には、「よい環境をつくる」こと)。
 よって、「阿弥陀鉤召」とは、阿弥陀様が鉤(かぎ)で以て、迷える(躊躇う)民衆(人間ども)を無理やり(?)…失礼…慈悲の念を以て菩提へ導くこと。

 うーむ、慈悲深い ? !

 いや、情け容赦ない ? !

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2008/08/17

小生 イヌにあわず

 コンラート・ローレンツ著の『人イヌにあう』(小原 秀雄 (翻訳)  (至誠堂選書 1) 至誠堂)を久々に読んだ。
 与謝野晶子訳『源氏物語』とローベルト・ムージル著の『特性のない男』(集英社)とほぼ相前後して読み始め、並行して読んできた本で、読む場所や時間の都合で本書を読み終えるのが最後になった。
 車の中で数頁ずつを読むだけなので、一ヵ月半ほど本書と付き合うことになったのである。

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← 小生が中学に入学した頃に画いた「おおかみおうロボ」! 犬の先祖はオオカミかジャッカルかキツネかなど、諸説があった。が、最近の研究で、犬がオオカミから派生したということが分かったという。「ペットコラム » 犬の起源を考える ②」参照。

 1966年の刊行だが、小生が手にしたのは昭和55年の発行。
 ということは、フリーター時代に買った本ということになる。
 小生は学生時代からのコンラート・ローレンツ(の本)のファンで、全部とは行かないが、翻訳された本の半分は買って読んでいるはず。
 例えば、本書のほかに、『攻撃 悪の自然誌(1・2)』(みすず書房, 1970年) 、『文明化した人間の八つの大罪』(思索社, 1973年)、『鏡の背面 人間的認識の自然誌的考察(上・下)』(思索社, 1974年-1975年)、『ソロモンの指環 動物行動学入門』(早川書房, 1987年)、『ハイイロガンの動物行動学』(平凡社, 1996年)など。

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2008/08/16

「Perle ペルレ…遍路の旅は六道の闇夜へと」アップ

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Perle ペルレ…遍路の旅は六道の闇夜へと」アップしました。

「ぺルレとはフランス(ドイツ)語で真珠の意味」のようだ。

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2008/08/15

お盆のこと 「おしょらい」のこと

 13日、墓参りに行ってきた。
 お墓は、我が家からゆっくり歩いても数分の場所にある。

 昔は田圃の原の外れにあった。近くには我が家の田圃の一部もあったらしいが、記憶があやふやである。
 お寺の境内にあるわけでもなく、野晒しの一角が墓地となっている。

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← 先週末のうちにお墓の掃除に行って来た。バケツにチリトリ、鎌、マイナスドライバー、2リットルのペットボトル2本、箒、ゴミ袋などなど。マイナスドライバーは何に使うか? お墓の古い蝋(多分、昨年の墓参りの時の名残り)や、お墓にこびり付いた苔や、コンクリートの透き間や境目から生えている雑草を根元から引っこ抜く。

 墓地。
 お墓が幾つも並んでいるから墓地。
 区画整理されたような最近の墓場とは様子が違う。

 地元に代々住む人たちの先祖が、どういう経緯(いきさつ)かは分からないが、あの広いとは言えない一角を墓を立てる場所として定め守ってきたのだろう。
 小生が子供の頃は、お盆には家族全員で墓所に向かい、墓を掃除し、蝋燭を立て、菊の花を花立に生け、墓の頭などから水を架け流し、最後にはお招来をした。

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2008/08/14

「バナナケースの謎」アップ

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バナナケースの謎」アップしました。

 このケースに入れたら、何故、茶色く変色しないのか?
 何故、持ちがいいのか?

 猜疑心の強い小生、ケースに防腐剤的な薬剤が使われているのかと一瞬、疑った。


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2008/08/13

平泳ぎに挑戦…気分は北島康介選手 ? !

久しぶりにプールへ」なる記事を書いて以来、ほとんど二週間ぶりにプールへ行ってきた。
 数ヶ月間に渡る草むしり・枝打ち(剪定)などの作業も峠を越えた(ということにしておく)ので、ここらで一休み。
 長く頑張ってきた自分へのご褒美という意味合いもある。
 与謝野晶子訳「源氏物語」をその日の午前、読了したこともあって、区切りをつけたいという気持ちもあった。

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← 温水プールの周辺の光景。広い駐車場。近くに数面のテニスコートやサッカー場、体育館などなど。入場料が二百円! しかも、会場への生き帰りには稲穂の海も見れる!!

 まずはようやく慣れてきたクロールでひと泳ぎ。
 体力がないので、25メートルを泳ぐたびに一休み。25メートルプールを片側泳ぐたびに休憩しつつ、また往路の25メートルを泳ぐ。
 何往復かするうちに、平泳ぎに挑戦してみようかという思いが微かに。
 そう、小生、平泳ぎが苦手なのである。

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2008/08/12

富山で久しぶりの図書館

 月曜日、野暮用を済ませ、待望の場所へ向った。
 自転車で二十分ほど。炎天下だったので普通なら帽子をかぶっていくところが、所用が入ったこともあって、忘失してしまった。

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→ 図書館の帰り、富山城址公園に立ち寄って緑陰や川の流れを愛でる。

 今年の二月末に帰郷した。
 東京では最寄の図書館へ平均すると週に一度は足を運んでいた。
 自分の願望としては書店へ足を運ぶほうが好き。
 書店へ行けば、新刊もあるけど、ちょっと棚を巡れば数ヶ月は店晒しになっているような本、印刷されて数年という本も少なからず見受けられる。
 さすがに古本屋ほどには古い本は置いてないが。
 でも、手元不如意でもあるし、家(東京でのワンルーム)に蔵書を置くスペースもなく、次第に本を買って読むという習慣からは遠ざかっていった。
 いやその前に、書店からさえも足が遠ざかった。

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2008/08/11

「架空凝視という病」再掲

架空凝視という病」再掲しました。

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「止まない雨はない」アップ

止まない雨はない」アップしました。
 断っておきますが、断固、駄文です。

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2008/08/09

忸怩たる思い ? !

 季語一覧を眺めつつ、今日は何を題材に雑文を綴ろうと、物色していた。
 そのうちに、「御来迎」という夏の季語に目が留まった。
御来迎」というと、小生の場合、富士登山での日の出の光景に尽きる。
 そうだ、季語随筆を綴りつつ、富士登山の思い出を綴ろう…。

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← 富士登山の際に記念(自分へのお土産)に買った杖。実際の登攀に使った長めの登山杖のほうも、今も所蔵している。

 と、思って、でもその前に「御来迎」のちゃんとした意味を調べようと、「御来迎」をキーワードにネット検索。
 すると、当然のことのように、「ブロッケン現象 - Wikipedia」がトップに浮上する。
 そうか、「御来迎」とは、「ブロッケン現象」のことなのだと今更ながらに知ったような次第。
 
 …が、である。
御来迎 の検索結果 約 10,800 件中 1 - 10 件目」を表示するネット検索結果のトップ頁には、その六番目になにやら何処かで見たような題名が見受けられるではないか。
「壺中山紫庵: 御来迎…ブロッケン」!

 これって我輩の記事ではないか!

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2008/08/08

蟻の列の延々と

 宮崎駿監督作品(「崖の上のポニョ」)がまたまた評判を呼んでいるようである。
海に棲むさかなの子ポニョが、人間の宗介と一緒に生きたいと我儘をつらぬき通す物語」だとか。
「海を背景ではなく主要な登場人物としてアニメートする」とも!

 過去の作品をチラッと見ただけだが、動物ともいえない主人公が活躍する世界はまさにファンタジーワールド。
 欧米にだってファンタジーワールドを描いた作品はあるが、どうしてもキリスト教的世界観の教訓めいたものがプンプンしていて、からなずもその世界に何処までも親しめるわけではない…と小生は感じる。
 その点、宮崎駿ワールドは、山川草木・森羅万象全てに神々というか魂の息衝いているのを嗅ぎ取っている。作品を素直に鑑賞すれば、日常を表面的に素通りしていては感付くことのできない、水面下の豊かな世界へすんなり誘ってもらえそう…な気がする。

 でもまともに見たわけじゃないので、印象に過ぎないし、さっさと話を先に進める。

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2008/08/07

「コウモリの夏」アップ

コウモリの夏」アップしました。

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2008/08/06

原爆忌…悲劇は今も

 広島では8月6日、長崎では9日が「原爆忌」である。秋の季語だというが、そんなことは今は頓着しない。
 戦後になって生まれた季語なのだ。俳句の上でどう扱われようと、夏の真っ盛りの出来事に由来する季語であることに変りはない。
 今日は、小生がこの数年に書き綴った原爆関連の記事を、文章の一部を抜粋する形で幾つか紹介する。
 文章は公表当時のまま。今となっては書き直したい部分も多々あるが、その都度の形を曝すのがいいのだろう。

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→ 岡本太郎作「明日の神話」(部分。小生、撮影)

祈り込め「明日の神話」これからも」(2007/06/30)
 原爆の悲惨と野蛮のことは、どんな形にしろ描ききれるものでもなければ表現し切れるものでもなかろう。ただ、誰かがその悲惨と残虐、蛮行、その中での人間ドラマを描こうとするし、訴え続けようとする。
 岡本太郎の作品「明日の神話」には、その強い意志があったことを誰しも感じるのではなかろうか。
 岡本太郎らの後に続く人の居ることを切に願う。

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2008/08/05

ムージルの『特性のない男』でさえもなく

 過日、ロベルト・ムージル著の『特性のない男』(加藤二郎/ 柳川成男/北野富志雄/川村二郎訳 河出書房 世界文学全集)を読了した。
 本書には『三人の女』(川村二郎訳)も所収となっていて、現在、こちらに取り掛かり中。訳もこちらは読みやすい。
『特性のない男』は、「加藤二郎/ 柳川成男/北野富志雄」諸氏の訳のようだが、読みづらい。
 訳が今ひとつなのか、もともと原書が独特な言い回しや比喩・表現に満ちているからなのか、原書を読んでいない小生には判断が付かない。

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← 「図書出版松籟社ホームページ ムージル著作集」(加藤二郎 訳)

 とにかく読みづらかった。小生は昭和55年頃に本書を買った。買うと堪え性なく、若さもあって勢いで読んだが、当時も文体(あるいは翻訳調)に難儀した印象だけが微かに残る。
 本書を買った頃は、それまでのフリーター時代にケリを付け、サラリーマンに、つまり何者でもない存在たることを選んだ時期でもある。

 今回は、約30年ぶり、二度目の挑戦ということになる。
 タクシー稼業ともとりあえずはおさらばし、家事三昧、生い茂る雑草に埋れる生活にあっての登攀。

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2008/08/04

熱帯夜ファンの風浴び夢心地

 熱帯夜を日々体験している。
 暑い盛りだから当然?
 エアコンのない、西日の当たる、窓外にはコンクリート舗装された道の走る部屋での熱帯夜なのである。
 話を先に進める前に、「熱帯夜」の定義(?)を示しておくと、「最低気温が25度以上の夜のこと」を指すという(「熱帯夜 - Wikipedia」参照)。

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→ 相変わらず日中は草むしりの日々。二日を費やして、やっと冬瓜(とうがん)の全貌が見えてきた。

 ちなみに、「一日(0~24時)の最低気温が25℃以上の日」については「特別な名称はない」のだとか。
 誰かうまいネーミングを考え出したなら、アイデアを捻った人の名前が、「熱帯夜」という名称を発案した「気象エッセイスト・倉嶋厚」同様、記録に残る可能性が大かもしれない。
 熱帯夜は、「俳句においては夏の季語。近代気象学を前提とする語であるため、伝統的俳諧や明治など近代初年の俳句においては作例をもたない」という。
 どんな句の作例があるのだろう。
 熱帯夜オイラはゆっくり寝たいやー、じゃ、川柳でさえもない。

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2008/08/03

「続:音と光のページェント:納涼花火大会へ!」アップ

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続:音と光のページェント:納涼花火大会へ!」アップしました。

音と光のページェント:納涼花火大会へ! 」の後半部分です。

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2008/08/02

「音と光のページェント:納涼花火大会へ!」アップ

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音と光のページェント:納涼花火大会へ!」アップしました。
 画像一杯 ? !

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2008/08/01

「蛍川」の周辺

 今春(それとも今冬の終り)に帰郷した。
 富山でもやはり車関係の仕事をしている。
 営業の都合で、富山市内外の各地を車で動き回っている。
 三月末だったか、四月初めのころ、「蛍川」という地名を耳にした。
 帰郷して間もない頃だったから、「蛍川」が地名だとさえ気付かなかったかもしれない。

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← 宮本輝著『蛍川・泥の河』(新潮文庫)

 まして、それが宮本輝の小説『蛍川』の舞台そのものだと気付くには、それから月に一度か二度、「蛍川」の周辺を通り過ぎる必要があった。
 小生はそれほど、鈍な奴なのである。
 この七月、偶然だろうが、三度ほど「蛍川」周辺を、ついには先日、とうとうまさに「蛍川」の地へ足を踏み入れた。
 といっても、夜だったし、目的を果たしたら、さっさと富山市内へ帰るので、実際は通り過ぎるだけである。
「蛍川」については、後日、改めて調べることとして、ここには宮本輝の小説『蛍川』(や『泥の河』)を読んでの感想文(というより小説の中味には立ち入らず、ほとんど思い出話の類いに留まっている)を再掲しておく。

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