安本丹のこと(増補版)
[本稿は、「04/01/19」作の旧稿である。「富山の薬売りと薩摩藩」の周辺」なる稿を書いていて、そういえば富山の薬に関連する駄文を綴ったことがあったと思い出し、ここに本稿を再掲する。原則、原文のまま。改行など若干変更。旧稿を温める…。なんと心温まる営為だろう!]
← 江戸時代の「反魂丹」の袋 (画像は、「置き薬>置き薬用語集>反 魂 丹(はんごんたん)」より。)
「安本丹のこと」
ある本を読んでいたら、久しぶりに「安本丹」なんて言葉を目にした。その本とは、芳賀徹著の『詩歌の森へ』(中公新書)である。その言葉が出てくる脈絡が揮っている。
(念のために断っておくが、「安本丹」とは、「やすもとたん」(あるいは「やすもとあきら」)と読むのではない。そう読んで絶対に悪いとは言わないが。実際、このような名前の方がいらっしゃらないとも限らないし。ただ、文章や内容の都合上、「あんぽんたん」と読んでもらいたいのである。)
江戸の市民は日々に言葉のエスプリをたのしんでいたという主旨の話の中で「安本丹」なる言葉が登場するのである。
「安本丹」なる人物が登場するわけではない。
「そういえば平賀源内の戯作小説『根南志具佐(ねなしぐさ)』(一七六三年)では、天照大神が弟の素盞鳴尊(すさのおのみこと)の「何事も麻布」なのを嘆き、「あの通の安本丹にては行末心もとなし」と心配したという。この「麻布」とはなんぞ。麻布といえば六本木、だがいったいどこに六本の木があるのか。つまり木(気)が知れぬ(あるいは赤坂、青山、白銀、目黒はあっても黄が知れぬ)とのしゃれだった」(上掲 p.284)
この引用文中の「白銀」とは「白金」のことだろうと思うが、碩学に文句も付けられないし、もしかしたら昔は「白金」を「白銀」と表記したのかもしれないし、釈然とはしないが、まあ、保留のまま先へ進もう。そういえば、確かに地名に「黄」が付くものは当該の界隈にはなかった…な。
さて、「安本丹」という言葉を聞くと(目にすると)、富山の人間は黙って通り過ぎることはできない。少なくともガキの頃には、さんざんこの言葉絡みの歌(?)を聞かされたし、または歌ったものだったからである。
富山出身の小生の記憶では、「越中富山の反魂丹、鼻くそ丸めて安本丹」というフレーズだったはずである(「反魂丹(はんごんたん)」はともかくとして、この場合、「安本丹」を「あんぽんたん」と正しく読むことが肝要。そうでないと語調や語呂が面白くない)。
が、ネットで検索したら、「越中富山の安本丹それで悪けりゃ反魂丹」というフレーズが見つかった(文末註参照)。
もしかしたら、こちらのほうが正しいのかもしれない:
「菰野町 越中国布市藩 文 郷土資料館・佐々木 一」
↑ 【越中富山の売薬さん】という名前のお菓子。「やさしい味わいのミルク饅頭」らしい…。「リブラン」で発売している。早く食べてみたい。
言うまでもなく、反魂丹とは、売薬さんで有名な富山の生薬の一種である。 どうも、忸怩たる思いが消えない。そう、反魂丹とは、「はんごんたん」と読むのが正しいのだろうが、ガキの頃は、なぜか「まんきんたん」と読んでいた。「反」を「万」と読み違え(わざとだったろうか)、誰かがドジをすると、「越中富山のマンキンタン、鼻くそ丸めて安本丹、やーいやーい」と囃すようにこのフレーズを使ったのである。
品のいい小生自身については、こんな下品なフレーズを使った経験は当然ながら記憶からは削除されている。
ということでさっさと本題に戻ろうと思ったら、気軽には見過ごすことの出来ないサイトを見つけてしまった:
「越中富山の反魂丹」
(ちなみにこのサイトは、読み物がとても面白い)
まさに、「反魂丹をマンキンタンと呼んでいた」というのだが、冒頭に付された一句が気に食わない。「京童は反魂丹をマンキンタンと呼んでいたように思う。」というのだ。この一文をさらに読むと、なんだか癪に障るが、まあ、仕方ないのか。
でも、「京童は反魂丹をマンキンタンと呼んでいた」のだとしたら、富山の大切な名物・富山を象徴する産物である「反魂丹」をマンキンタンと読み替え、囃し言葉に使っていたとは、つまりは、上方からの賎称を鵜呑みにして使っていたことになる。今更ながらに悔しい。そして不明を恥じる。
気を取り直して本題である。
そもそも「反魂丹」とは何か、じゃない、「安本丹」とは何ぞや。
(「反魂丹」という名称の由来は、「魂を呼び戻す」ことからだとか。「置き薬>置き薬用語集>反 魂 丹(はんごんたん)」など参照。)
→ 江戸時代の「反魂丹」の処方書 (画像は、「置き薬>置き薬用語集>反 魂 丹(はんごんたん)」より。)
冒頭でも示したように、使われる脈絡からして、人をコバカにする際に使われる言葉のようである。困った時の「広辞苑」だ。
すると、「アホタラの撥音化か」と注された上で、「(1)愚か者をののしっていう語。あほう。ばか。(2)カサゴ(笠子)の俗称。(寛政の末江戸に出まわったが、味がよくなかったのでいう)」とある。愚か者とか、あほうとか、ばかとか、よく言うものだ。小生でもさすがにこんな言葉は使わなかったが(だら! なら昔、使った…)、天下の「広辞苑」からの引用だ、誰からも文句は出ないだろう。
もっと詳しく知りたいと思い、ネットで調べてみた。すると、例のサイトをヒットした。「日国フォーラム」である。その「問題47」に「朝鮮あさがおを原料にした薬の名、あるいは魚のカサゴの異名、さらに南京豆の殻のような形のらくがんの一種の名にもなったことばは何でしょう?」という問いがあり、その答えが「安本丹」なのである。
その答えを引用すると、次のようである:
カサゴは煮付けやから揚げで美味しい魚ですが、寛政年間に江戸市中に出回った際には、当時の江戸っ子の舌には合わず、まずい魚とされたところから名づけられたようです。「あんぽんたん」と言われたらくがんは、軽くて、口の中ですぐ溶け、かさはあるが、中味が少なかったといいます。
「広辞苑」での説明で、いきなり「カサゴ」が出てきて戸惑ったが、なるほど、魚のことだったのだ!
← 「株式会社美都家(みつや) 反魂丹(はんこんたん) (画像は、「私の1押し 反魂丹(反魂丹)」より。) これは…効きます。富山の和菓子ですし。
とにかく今の引用で分かったことは、「安本丹」とは、もともとは「朝鮮あさがおを原料にした薬の名」であり、「カサゴ」と呼ばれる魚だが、江戸市中に出回った際には江戸っ子の舌に合わず、その不味さを薬である「安本丹」のようだと表現されたのであり、さらに、「あんぽんたん」と言われたらくがんが、評判が今一つだったことも「あんぽんたん」のイメージを決定付けることに関係していたということだ(あくまで説である。他にも考える余地がありそうだ。たとえば、「広辞苑」にもあったように、「アホタラの撥音化か」という説も探求してみると面白いかもしれないし)。
ただ、「「あんぽんたん」と言われたらくがん」という表現が、スッキリしない。この落雁が売り出された際、(まさかとは思うが)わざわざ「あんぽんたん」と命名されたのか、それとも別の名前があったが、まずかったので、いつしか「あんぽんたん」と言われるようになったのかが、はっきりとは分からない。
しかし、まあ、不味い魚を恐らくは良薬は口に苦しの伝で、「朝鮮あさがおを原料にした薬」も苦ったのだろうけれど、でも、生薬でもっと口に苦いものは他にたくさんあったろうに、どうして「安本丹」という薬(の名称)が使われたのだろうか。
やはり、語調というか語呂が滑稽で、且つ、使いやすいということもあったのだろうか。
だとしたら、「反魂丹」も似たり寄ったりの場面で使われる恐れがあったわけである。桑原桑原…と思ったら、「京童」どもに「マンキンタン」と殊更に読み替えられ、しかも、富山のガキである我輩も事情を知らないとはいえ囃し言葉として使っていた!
幼き日の思い出をこんな悲しい形で思い出すことになろうとは、思いも寄らなかった。返す返すも悔しい。
ここで最後にちょっとした疑問。何故、生薬の類いでは、「安本丹」とか、「反魂丹」とか(ああ、並べて使いたくない…)、「丹」を使うのか。ま、この疑問の探求はまた別の機会に譲ろう。
(04/01/19記)
08/07/29 追記:
「越中富山の反魂丹、鼻くそ丸めて安本丹」と覚えていたフレーズだが、どうやら小生の記憶には大きな不備があるようだ。
「友里の《日本語講座・メルマガ留学》【三字熟語編】 安本丹(あんぽんたん)」によると、正確には下記のようだとか:
越中(えっちゅう)富山の反魂丹(はんごんたん)
鼻くそまるめて萬金丹(まんきんたん)
それをのむ人安本丹(あんぽんたん)
正確な文言を知ることができてよかった。旧稿は温めるものである!
→ 「安本丹 キャミソール」!! (画像は、「安本丹 アイテム一覧 オリジナルTシャツ&オリジナルグッズストアUPSOLD」より。) 「安本丹 オリジナルグッズ」なんてのがあるなんて、初めて知った。
参考:
「越中富山の反魂丹 大塚 哲哉」
「お江戸今昔堂 富山の薬売りと反魂丹」
「池田屋安兵衛商店 反魂丹伝説」
「反魂丹伝説の成立について―『富山反魂丹旧記』の再検討」
「社会評論社 玉川信明セレクション 日本アウトロー烈傳 第3巻 越中富山の薬売り 反魂丹の文化史 玉川信明」
「かまくらのとも●●白浪反魂丹 宮本 昌孝」
「意味の難しい熟語の問題です。「安本丹」とはどんな意味でしょうか? 町人思案橋・クイズ集」
「あんぽんたん - 語源由来辞典」
「風船から安本丹へ」
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