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2008/05/10

開かずの書棚を覗いたら(後篇)

 結果から言うと、拍子抜けの感が否めない。
 プラトン全集、ショーペンハウアー全集、小泉八雲関連書籍、埴谷雄高関連書籍、ユングやメルロー・ポンティ著作、マルクスの『資本論』、ドストエフスキー全集(二種類)…などなど。
 思ったほど意外な本には再会できなかった。
 まあ、取り留めのない読書をしていた小生のスタイルは昔も今も変わらないということか。

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→ ようやく開いたガラス戸(上段)。中の雑物は取り除いて撮影。

 そういった蔵書より、居並ぶ本の上や隅っこ、何故か後ろ側に隠されるようにして(?)あったその他の雑物が興味深かった。
 小生が78年に仙台から上京しアルバイト生活を送るようになった、そんな時期の生活ぶりを裏書きする諸々のものが少なからず見つかった。

 小生は15歳の頃から(手書きの)日記をつけていて、その習慣は今も続いている。その手書きの日記は唯一の例外を除いては一切公開したことがない(見せるに値しない)。

 小生の日記の特徴は、一人暮らしを始めた18歳以降、一貫しているが、家計簿を兼ねていること。といっても、集計はほんの一時期を除いてしていないのだが。

 要は買い物をした際の領収書は、入手した分に付いては日記の当該の頁に貼り付けるか挟むかして、とにかく全て保存していること。
 保存癖が徹底しているというのか、それとも捨てられないだけなのか、領収書は無論のこと、美術展や映画館などの入場券(判を押されているか、半券になっている)、アパートの契約書、古い通帳(何十冊)、手紙・葉書類…。

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← 書棚の下段(久しく開かなかった右側)。プラスチックの容器の中に細々と、フリーター時代のものが。

 東京暮らしの最初の十数年くらいまでは、せっせとダンボールに詰めて田舎に送付していたので、今から二十年ほど前までのものは大概は残っているやもしれない。

 今から二十年ほど前から以降のものは?
 ずっと同じ習慣(性癖というべきか)は保っていたので、つい最近まではあった!
 そう、今年二月末の帰郷(引越し)の際に部屋にあった雑物はほとんどを捨て去った。図録を含め蔵書さえ手放したのだ、瑣末なものなど引越し荷物に加えられるはずもない。
 何しろ、この二十年の手紙・葉書類も捨てたのである。

 まだ、断言はできないが、住所録も見当たらない。
 住所録は温存したつもりだったのだが、間違って捨ててしまったのか、引越し荷物のダンボール箱の何処かに埋れているのか。
 三月になって旧友から携帯で引越しの挨拶の葉書を出せよ、なんて言われたが、誰にも出せない!

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→ せっかくなので、焦げ茶色のガラス書棚の中など。中の蔵書は十年ほど前に収納したもので、小生にとって目新しくはない。

 さて、古い書棚からはいろんな細々したものが出てきた。
 例えば栞(しおり)。
 小生は美術展のチラシと栞を集めるのが趣味と言えば趣味かもしれない。チラシは美術展に行った際に入手し、栞は当然ながら本を買い求める際にゲットする。
 が、数十枚の栞を見ていて思い出が蘇った。
 このほとんどは、フリーター時代、バイト先で女子社員に貰ったものだったのだ。休憩の時だったか、仕事の最中のお喋りでだったか、小生が栞を集めている、なんてポロッと漏らしたのを覚えていてくれたのだろう、その社員さんが何十枚かを持ってきてくれたのだった!

 栞もチラシも、このところの手元不如意で共に蒐集が頓挫したままなのが淋しいが。
 でも栞が数十枚出てきたのは嬉しい、チラシも栞も引越し騒ぎにも紛れることなく三十年の間に集めたものを死守しているから、目出度く新旧の栞やチラシたちが合流と相成るわけだ。

 上でアパートの契約書などと書いているが、同時に東京暮らしを始めて間もない頃の年金手帳が出てきた。
 自分で殊勝にも年金に加入するはずもないから、バイト先の仲間に言われたのか、親に言われたのか。
 これで(多分断続的な納入だろうが)国民年金の加入歴は30年に及ぶかもしれない(未確認)。

 そのほかわけの分からないモノが種々雑多出てきた。
 でも、金目のものだけは出てこない!

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← 一部だけ公開。学生時代に使っていた簡易髪切り、爪切り、バイクの免許証入れ(仙台の自動車学校で貰った)、万年筆とスペアーのインク、インク消し、シャープペンの替え芯、ピンセット、印鑑入れ、部屋代の手帳、ナイフ! 

 …出てくるはずもないが。
 ただ、切手シートが多少ある!

 これは当然のことだが、15歳から二十歳までの日記・手紙・葉書の類いは一切出てこない。
 高校時代の日記は卒業の際に燃やしたし、大学に入って二年目までのものは二十歳の帰省の折にそれぞれ自宅のドラム缶ですべて焼却したのだ。
 一番熱かった時期の心の記録はもうこの世にはない。
 従って、開かずの扉をどれほど開いても現れてはこない。
 記憶や思い出という書庫には、あるいは焼け焦げ断片となった目には見えない記録が残っているような気がするのだけれど。

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コメント

カフカやポオ、安岡章太郎にセリーヌなど、
国見家の書棚に僕にとっても馴染み深い本が散見されて、
嬉しい限り。

ところで、僕もたまに実家に帰ると、
少年時に蒐めた本や切手や筆記具や美術展の半券やその他の諸諸に遭遇し、
要するにこれらは記憶の海の彼方から常にそして永遠に現在の渚に打寄せられる過去の時間の奇妙な破片群なのだと、
今さらながら感慨に耽ったりするわけですが、
これも人生の一つの妙味でしょうね。。

投稿: ゲイリー散人 | 2008/05/10 22:35

日記って処分する時は(もう見ない)と当然思ってるんですが、この年になると(有ったら別の感慨があるかも)とは思います。ホンの少し手元に残ってる交換日記~今見ると笑えます!あ、女の子同士のですよ(笑)

投稿: ちゃり | 2008/05/10 22:58

ゲイリー散人さん

さすがに意想外のものってほどじゃなかった。でもやはり、30年ほど前の引き出しを開けたようで、懐かしくもあり、そういえばこんなものもあったな、とか。
万年筆のスペアーインクがやたらと多い。
学生時代の一時期、万年筆を持っていること、使えることが嬉しくてならなかった。
日記も講義ノートも万年筆。
そもそもボールペンが嫌いだったし(今も嫌い。実用性が高いから使うけど):
http://homepage2.nifty.com/kunimi-yaichi/essay/essay4a.html#watch

投稿: やいっち | 2008/05/11 00:30

ちゃりさん

>日記って処分する時は(もう見ない)と当然思ってるんですが、この年になると(有ったら別の感慨があるかも)とは思います。

全くその通り。
若い頃の日記、特に高校時代の日記を燃やしてしまったことは、返す返すも惜しいことをしたと思ってます。
当時は失恋の痛みもあって(実は誤解だった)、高校卒業時に、家に残しておいたら親に読まれるかも、なんて心配もあったし、好きな人と別れて遠くの町へ去る勢いもあって、感傷の心のままに燃やしてしまった。
やはり、若いってことだね。

まあ、恋文は燃やして正解だけどね。

投稿: やいっち | 2008/05/11 00:36

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